首都ワシントンの「トランプ・ホテル」の前で抗議活動する若者ら=2016年11月15日、西田進一郎撮影
首都ワシントンの「トランプ・ホテル」の前で抗議活動する若者ら=2016年11月15日、西田進一郎撮影

グローバル海外特派員リポート

子供の心にも「分断」移民と多様性の米国はどこへ?

清水憲司 / 毎日新聞北米総局特派員(ワシントン)

 米大統領選は大方の予想を覆し、共和党のドナルド・トランプ氏(70)が勝利した。金融市場は株高・ドル高と好意的に反応し、政策面でも環太平洋パートナーシップ協定(TPP)からの離脱を除けば、今のところ現実路線へと修正する兆しを見せている。ただ、反移民的な姿勢の大統領誕生で、封印されていた差別の感情が噴き出す恐れもある。身近で感じるのは新政権への高揚感ではなく、社会が負った深い傷だ。

 筆者が住むのは首都ワシントンを囲むように位置するメリーランド州。各国の大使館や国際機関があり、国際色豊かなワシントンに通勤する人々が多く、同州の人口構成は白人が6割で最も多いものの、黒人が3割、中南米系が1割で続き、日本人を含むアジア系も6%を占める。近所の中学校も「約60カ国から来た生徒がいる」と多様性を誇る。伝統的に民主党が強く、同州の選挙人はヒラリー・クリントン氏(69)が獲得すると確実視され、実際にその通りの結果になったため、選挙戦の騒がしさとは無縁だった。

大統領選の投開票日直前に開業したトランプ・ホテルの前では、「恥を知れ、トランプ」という横断幕が掲げられた=米ワシントンで2016年11月、清水憲司撮影
大統領選の投開票日直前に開業したトランプ・ホテルの前では、「恥を知れ、トランプ」という横断幕が掲げられた=米ワシントンで2016年11月、清水憲司撮影

 しかし、この静かな街にも変化が見え始めた。特に子供たちの心は揺れている。トランプ氏当選の翌朝、イスラム教徒の小学3年生の女の子は「私たち、どうなっちゃうのかな」と心配そうな顔で学校にやってきた。トランプ氏が選挙中、「イスラム教徒を入国禁止にする」と述べたからだ。

高校生のデモ行進で起きたトラブル

 筆者の子供が通う高校では、数百人の生徒がトランプ氏の差別的な発言に抗議するため、「私の大統領ではない」というプラカードを掲げ、毎日のようにデモ行進をするようになった。平穏に行われていたが、ある日、事件が起こった。トランプ氏の決めゼリフ「米国を再び偉大に」と書かれた赤い帽子をかぶって参加した白人の男子生徒が、他の生徒ともめ事になって殴られたという。

 国民の「分断」に敏感になっている米紙ワシントン・ポストや地元テレビ局が大きく報じたが、殴られた生徒が「何が起こったか覚えていない」「自分にも表現の自由がある」と話したというだけで、もめ事がなぜ起きたのかは伝えなかった。

トランプ氏の大統領当選後にメリーランド州で行われた、高校生のデモ行進を報じる米紙ワシントン・ポスト
トランプ氏の大統領当選後にメリーランド州で行われた、高校生のデモ行進を報じる米紙ワシントン・ポスト

 学校で生徒たちが話したところによると、発端は殴られた白人の生徒が、黒人を差別する言葉を使い、他の生徒のスニーカーにつばを吐きかけたことだったという。よく考えずに行動した結果かもしれないが、トランプ氏当選にショックを受けた生徒には我慢ならない出来事だったのだろう。

 高校の校長は事件を「受け入れがたい」としたうえで「我々の学校はこの国の縮図です。意見の違いに敬意を表しなければなりません。理解してもらうことよりも、互いを理解するよう努める時です」と呼びかけた。

 トランプ氏は全米で起こっている抗議デモについて「プロがやっている」と述べ、党派争いの延長線上ととらえているが、実際はそうではない。心配されているのは、社会に差別を容認する雰囲気が広がることだ。

70人しか働いていない巨大製鉄所

 一方、トランプ氏勝利の原動力になった米中西部の「ラストベルト」(さびついた工業地帯)の苦悩は深い。オハイオ州にある周囲を回るのに車で15分以上もかかる巨大な製鉄所では、うち捨てられた高炉が寂しそうに建っていた。リストラを重ねた結果、わずか70人しか働いておらず、近くの鍛造会社幹部は「まるでゴーストタウンだ」とつぶやいた。自動車大手フォード・モーターが2年前に閉鎖した工場を訪ねると、街を支えているのは巨大なカジノだった。

米鉄鋼大手の工場では、うち捨てられた高炉が寂しそうに立っていた=米中西部オハイオ州クリーブランド近郊で2016年3月、清水憲司撮影
米鉄鋼大手の工場では、うち捨てられた高炉が寂しそうに立っていた=米中西部オハイオ州クリーブランド近郊で2016年3月、清水憲司撮影

 ニューヨークやワシントンがある東海岸、シアトルやシリコンバレーなど先端企業を抱える西海岸ではなく、保守的でさびれつつある中西部こそが米国の「ハートランド」(心臓部)と言われる。

 オハイオ州立大学で19年間、日本語教育を続けている湯浅悦代・東アジア研究センター長(50)は「グローバル化、アメリカ以外のものを否定しているかのように見える中西部も、決してシンプルな一枚岩の社会ではない」と話す。「国際化という考え方にきしみが見られる今だからこそ、中西部と世界、中西部と日本の関係が深まり、共存の文化が育っていってほしい」と願っている。

中国製品流入でリストラを重ねる米鉄鋼大手の工場。正門前には再就職をあっせんする立て看板が立っていた=米中西部オハイオ州クリーブランド近郊で2016年3月、清水憲司撮影
中国製品流入でリストラを重ねる米鉄鋼大手の工場。正門前には再就職をあっせんする立て看板が立っていた=米中西部オハイオ州クリーブランド近郊で2016年3月、清水憲司撮影

エルサルバドルから歩いて越境してきた移民の子

 米国の学校では、英語が母国語ではない子供たち向けの特別授業が行われている。筆者の子供が出席していた小学生の授業で、若い女性の先生が「みんなはどうやって来たの?」と尋ねた。

 口々に「飛行機」「自動車」と答えたが、中米エルサルバドルから来た男の子は「歩いてきた」という。いつもの冗談だと思った先生は何度も同じ質問をしたが、答えは変わらなかった。男の子の家族が本当に何千キロもの距離を歩いて米国までやってきたことを悟った先生は、声を上げて泣き始めた。移民を喜んで受け入れられる「強い米国」をこそ取り戻してほしいと思う。

 <「海外特派員リポート」は原則、土曜日に更新します>

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清水憲司

清水憲司

毎日新聞北米総局特派員(ワシントン)

1975年、宮城県生まれ。高校時代まで長野県で過ごし、東京大学文学部を経て99年毎日新聞社に入社。前橋支局を経て2004年経済部に移り、流通・商社、金融庁、財務省、日銀、エネルギー・東京電力などを担当し、東日本大震災後には特別報道グループで核燃料サイクル政策も取材した。14年北米総局の特派員となり、米国経済の動向や企業取材を担当している。

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