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社会・カルチャー週末シネマ

不平等も不条理も善悪も乗り越えるバンコクの夜と愛

勝田友巳 / 毎日新聞学芸部長

富田克也監督「バンコクナイツ」

 映画はしょせん絵空事、画面に身を委ねて一時の夢物語を楽しめばいい。しかし中には、心して見ておくべきだと言いたくなる映画もある。富田克也監督・脚本「バンコクナイツ」はそんな1本だ。作品として100点満点とはいかないが、今、日本で作られ、公開されることに大きな意味がある。この映画は事件である。

タニヤ通りに生息するわけありタイ人と日本人たち

 舞台はタイの首都バンコク。日本人相手の風俗店が軒を連ねる裏町、タニヤ通りの一軒で働く娼婦のラック(スベンジャ・ポンコン)は売れっ子で、豪華なアパートに暮らす。

 日本語が話せるラックは日本人のビンをヒモに、バンコクを訪れる日本人の上客をつかんでいる。タイ東北部イサーンの出身で、故郷の母親と弟妹、親戚は彼女の仕送りに頼って生活していた。

 そのラックの前に、昔の恋人、オザワ(富田克也)が現れた。元自衛官のオザワは除隊後も日本に居場所がなくてタイに流れ着き、ネットゲームで日銭を稼いで暮らしている。小遣い稼ぎの仕事でラオスに行くオザワにラックが同行し、途中ラックの故郷に立ち寄った。2人とその周囲の人間模様を描きながら、日本と東南アジアの歴史と現在に分け入っていくのである。

 タニヤ通りには、入れ墨のあるガイドのしんちゃん、何でも屋の金城や菅野、オザワの自衛隊時代の上司、富岡ら、わけありげな日本人がたむろしている。タイの娼婦を得意になって買う日本人観光客。その金をしたたかにあこぎに搾る娼婦たち。日本人の高齢富裕層に現地妻をあっせんする怪しげな企業家。そのかすりを吸い取る、タイの底辺に“沈没”した日本人。

 ラックの故郷に行けば、若い女たちは当然のように娼婦として体を売っている。オザワの前には、森に住む老人の霊が現れる。ラオスではベトナム戦争の傷痕を目の当たりにし、新天地を求める日本人の若者たちを知る。映画は、こうした現実に善悪の判断を持ち込まない。はびこる不平等と不条理を怒るでもなく哀れむでもなく、あるがまま映し出そうとする。

「国道20号線」「サウダーヂ」チーム期待の新作

 オザワを演じ、監督、脚本も兼ねた富田や、共同脚本の相澤虎之助らで作る、映像制作集団「空族」(くぞく)の新作だ。「国道20号線」「サウダーヂ」など、日本の隠された現実を暴く作品で高く評価されている。今作では、富田がタイに1年以上滞在して取材し、現地の人々を出演させてタイ、ラオスでロケ撮影した。

 完璧な傑作とは言い難い。編集は時にぎこちなく物語の流れは滞るし、俳優の演技も、たどたどしさがのぞく。それでも、低い視点から描かれた裏通りには、見たことのない日常がある。そこは混沌(こんとん)として暴力的で猥雑(わいざつ)で、しかしエネルギーに満ちている。

 毒々しいネオンの輝きと路地の暗がりに、日本と東南アジアのいびつな関係が浮かび上がる。そのゆがんだ世界を貫いて語られるラックとオザワの愛は、痛々しくも、力強い。

●出演:スベンジャ・ポンコン、スナン・プーウィセット、チュティパー・ポンピアン、伊藤仁、川瀬陽太、田我流、富田克也ほか/脚本:相澤虎之助、富田克也/富田克也監督、3時間2分/2017年2月25日(土)テアトル新宿ほか反撃のロードショー開始! 全国順次公開

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勝田友巳

勝田友巳

毎日新聞学芸部長

1965年、茨城県出身。北海道大文学部卒。90年毎日新聞に入社し、松本支局、長野支局などを経て、東京本社学芸部。映画を担当して15年、新作映画を追いかける一方、カンヌ、ベルリンなど国際映画祭や撮影現場を訪ね、映画人にも話を聞いて回る日々。毎日新聞紙面で「京都カツドウ屋60年 馬場正男と撮影所」「奇跡 軌跡 毎日映コン70年」の、2本の映画史ものを連載中。

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