スキル・キャリア職場のトラブルどう防ぐ?

新入社員を「透明人間化」しない上司や先輩の役割は

井寄奈美 / 特定社会保険労務士

 A男さんは昨年、従業員数約200人の小売業に入社した新卒社員の一人です。最初は会社の雰囲気になじめず、働き続ける自信を失いかけましたが、あることがきっかけで立ち直りました。きっかけを作ったのは同社2代目のB社長(40)でした。

活気あふれる会社に入った内向的な新卒社員

 同社は創業35年。先代のときは仕事が増えたり、退職者が出たりすると中途採用で社員を補充していました。しかし、B社長が就任した10年ほど前から新卒採用を始め、社員数を増やし、事業を拡大しました。新卒社員を育て、会社の方針をしっかりと身に着けてもらいたいという考えからでした。

 現在、社員の平均年齢は下がり、会社には活気があふれています。A男さんが出席した入社式では、同社の方針などを記した「クレド」というカードが配られました。B社長は、社員の日々の成長と顧客の笑顔のために仲間と一緒にがんばり、前向きな職場環境を目指すと宣言しました。

 B社長は声が大きく、仕事もプライベートも精力的に活動する人です。職場を回って若手社員にも積極的に声をかけていました。ところがA男さんは、B社長や会社の雰囲気が苦手でした。A男さんは内向的なタイプで、自分のペースでコツコツと静かに仕事をこなしたいと考えていたのです。

存在感を失った新卒社員が社員旅行で……

 A男さんは入社後、B社長や他の社員の元気さに圧倒され、自分の意見をはっきり言うことができませんでした。そして、他の社員から「会社の雰囲気に合っていない人」と思われているだろうと勝手に考え、ますます萎縮しました。

 一方、他の社員からは、A男さんが周囲に壁を作っているように見えたそうです。A男さんに声をかける人は徐々に減り、やたらと元気な社員の中でA男さんは透明人間のような存在になっていきました。

 入社して数カ月後、毎年恒例の社員旅行が行われました。A男さんは、B社長と同じグループでした。旅行では早朝散策があり、グループで遊歩道を一緒に歩きました。A男さんは道端に咲く花をスマホで撮影するために立ちどまったところ、皆から少し遅れてしまいました。

 「置いて行かれた」と気づいたとき、後ろに人の気配を感じて振り返ると、B社長がA男さんのスマホの画面をのぞき込んでいました。そして、「花を撮影するときは花心に焦点を合わせるといいよ」とアドバイスしてくれたのです。

 A男さんはてっきり、B社長が自分を注意しにきたのだと思いました。ところが、B社長はせかすことなく、A男さんの撮影が終わるまで待ってくれました。そして、2人は他の社員のところまで並んで歩きながら写真の話をしました。

 B社長は聞き上手でした。A男さんは、これまでB社長の話を聞くことはあっても、自分の話を聞いてもらうのは初めてでした。社内で自分は忘れられた存在のように感じていましたが、B社長に存在を認めてもらったようで気持ちが和んだそうです。

社長との会話が殻を破るきっかけに

 もちろんB社長は、採用面接でA男さんが内向的なことをわかっていました。しかし経験上、同じタイプの人材だけでなく、違うタイプの人材を採用した方が、組織にプラスになると考えていました。

 そして、A男さんの上司からは、現場になじめないA男さんの対応について相談を受けていました。そこで、社員旅行でA男さんと同じグループに入り、直接話をしてみたのです。A男さんもB社長と話せたことがきっかけで、少しずつ自分の殻を破り社内での発言も増えていきました。他の社員のA男さんに対する意識も変わり始めたそうです。

 新卒社員は社会経験が少なく、入社当初は不安を抱えながら仕事をしています。A男さんのように、他の社員が会社になじんでいく中で、自分だけが取り残されていると感じている人もいるかもしれません。

 社員にはそれぞれ個性があり、自己アピールが得意な人もいれば苦手な人もいます。今後、人材難に拍車がかかる中、新卒社員は組織の将来を担う貴重な戦力です。経営者や上司、先輩社員は、積極的に新卒社員が会社になじんでいく手助けをする役割も持っているでしょう。

 <「職場のトラブルどう防ぐ?」は原則金曜日に掲載します>

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井寄奈美

井寄奈美

特定社会保険労務士

大阪市出身。2015年、関西大学大学院法学研究科博士前期課程修了。現在、大阪大学大学院法学研究科博士後期課程在籍中(専攻:労働法)。01年、社会保険労務士資格を取得。会計事務所勤務などを経て06年4月独立開業。井寄事務所(大阪市中央区)代表。著書に『トラブルにならない 小さな会社の女性社員を雇うルール』(日本実業出版社)など。http://www.sr-iyori.com/

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