スキル・キャリア職場のトラブルどう防ぐ?

転職や独立の時は「退職日と年金」に注意しよう

井寄奈美 / 特定社会保険労務士

 30代後半のA男さんは、従業員数50人ほどの金属加工会社で働いていました。しかし、5年前の入社時からほとんど給料が変わらないことが不満で、転職することを決めたのですが、退職日の取り扱いで思わぬ不利益を被ることになりました。

退職日を月末の1日前にされた結果……

 ある日、A男さんに前の職場の元上司から連絡があり、「うちの会社に来ないか」と誘われました。元上司も転職し、業界内で業績がよいといわれる会社で働いていました。今の会社より高い給料を提示されたこと、元上司とまた一緒に働きたい気持ちが高まったことで、A男さんは転職を決意しました。

 転職先には約2カ月後の6月1日に入社することが決まり、A男さんは5月31日付の退職届を会社の上司に提出しました。するとすぐに総務部の課長に呼び出されて、「うちの会社は、月末日付の退職届は慣行として受け付けません。その前日の5月30日付で受理します」と言われました。

 会社の給料の締め日は月末でした。A男さんは「5月の給料はどうなるんですか。末日の31日の分は払ってもらえないのですか?」と聞くと、「給料は5月31日の分を含めた1カ月分を全額支払います」と言われました。

 A男さんはなんだか腑(ふ)に落ちませんでした。しかし次の職場も決まっています。「辞めるときに会社ともめたくない」という気持ちがあり、課長の言うとおりに退職届の日付を訂正して提出し、引き継ぎも終えて新しい会社に移りました。

年金事務所から突然届いた通知

 新しい会社で働き始めたある日、年金事務所から国民年金への加入を促す通知がA男さんと妻あてに届きました。A男さんには、パート勤務する妻と小学生の子供が2人います。会社では厚生年金に加入し、給料から保険料が天引きされていました。妻は結婚して以降、A男さんの扶養家族です。年金の手続きをしたことはありません。

 不審に思って年金事務所に問い合わせると、「前の会社を5月30日に辞めて、6月1日からまた厚生年金に加入されていますが、5月31日は会社員ではなかったので国民年金への切り替えが必要です。5月分の国民年金保険料を納めてください」と言われました。同様にA男さんの妻も扶養家族から外れたため、その分の年金保険料を負担しなければならない、と説明されたのです。

 5月31日に退職していれば、年金保険料を含む社会保険料は、会社と折半で負担し給料から天引きされ、手続きは必要ないはずでした。しかし、月末の1日前に退職したことで、A男さんは国民年金への切り替え手続きが必要になったのです。自分と妻の5月分の国民年金保険料3万円超を負担することになってしまいました。

空白の日を放置すると将来的に不利益を被ることも

 会社はなぜわざわざ月末の1日前を退職日に指定したのでしょうか。その理由は、会社が社会保険料負担を免れるためと考えられます。

 社会保険料は、1カ月単位で計算されます。月の途中に入社や退職などした場合、末日の職業の種類などでその月に加入する保険制度が決まります。月の途中で退職して末日に無職であれば、その月は国民年金に加入すべき立場とされるのです。

 A男さんも、5月は国民年金に加入すべき立場でした。会社は、A男さんの5月分の社会保険料を折半で負担する必要がなくなるのです。

 もし、A男さんが面倒だからと国民年金保険料を支払わなかった場合、この5月分の保険料が未納になります。将来、その分だけ老齢年金の受給額が減ってしまいます。また老齢年金を受給するには、原則300カ月(25年)以上、保険料を納めなければなりません(2017年8月から原則120カ月<10年>に短縮)。1カ月の加入期間の違いで老齢年金が受給できない、ということも起こりえるので、注意が必要です。

 転職する時は、退職日と新しい勤務先の入社日との間に“空白となる日”が発生しないように注意しましょう。“空白の日”がなければ転職の時、基本的に年金や健康保険の手続きは必要ありません。転職や独立を決意した会社員が、退職日を月末の1日前としたり、転職先の入社日との間に空白の日ができてしまったりするのは、メリットがあるとは言えないのです。

 退職とは、働く人の申し出により会社との労働契約を解除することです。民法627条は、期間の定めのない雇用の場合、契約解除の申し出(退職届)から2週間後以降に解除が成立すると規定しています。なお、会社によっては、「退職日は給与の締め日とする」などの規定を設けていることがあります。その場合は退職日について人事部門としっかり話し合った方がいいでしょう。

 転職の際の“空白の日”を避けるためには、前の会社の退職日に合わせて転職先の入社日を決めたり、転職先の入社日に合わせて退職日を決めたりするとよいでしょう。年金に関する手続きや不利益を避けることができます。

 <「職場のトラブルどう防ぐ?」は原則金曜日に掲載します>

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井寄奈美

井寄奈美

特定社会保険労務士

大阪市出身。2015年、関西大学大学院法学研究科博士前期課程修了。現在、大阪大学大学院法学研究科博士後期課程在籍中(専攻:労働法)。01年、社会保険労務士資格を取得。会計事務所勤務などを経て06年4月独立開業。井寄事務所(大阪市中央区)代表。著書に『トラブルにならない 小さな会社の女性社員を雇うルール』(日本実業出版社)など。http://www.sr-iyori.com/

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