スキル・キャリア部下を伸ばす上司 ダメにする上司

部下の見えない努力を正しく導くのが上司の仕事

細川義洋 / ITコンサルタント

 女子フィギュアスケートの浅田真央さんが引退を表明しました。浅田さんのパフォーマンスに多くの国民が感動し続けたのは、華やかな舞台の裏で行われていた並々ならぬ努力を知っていたからでしょう。

 陰で努力するのは、社会で働く多くの人も同じはずです。ただ、残念なことに昨今の人事評価は、最終的に社員が出した結果に重点を置く「成果主義」が増えています。例えば、積極的に後輩に話しかけて相談に乗ったり、帰宅後に仕事に関する勉強をしたりしても、直接的な評価につながるケースはまれです。

 それでも、せめて自分の上司には、努力していることを知ってほしいし、評価してもらいたいと思うのが部下でしょう。筆者もそんな部下の一人でした。

人事評価制度の不満を上司にぶつけると……

 入社から10年がたち、課長昇進を狙っていたころ、人並みに陰の努力をしていたつもりでした。酒は飲めませんが、後輩たちを頻繁に誘い、ときには相談に乗ることもありました。IT技術者でしたが、顧客への提案に役立てばと、資格を取るわけでもないのに畑違いの金融関連の勉強をしていました。

 ところが、会社は人事評価で陰の努力などまったく考慮しません。課せられた目標は、売り上げやコスト削減などの数字(成果)だけ。当時の成果は芳しくなく、徐々に自分の“陰の努力”に疑問を持ち、何の利益もないのではないかと思うようになりました。

 やがて会社の人事評価制度に不満を募らせました。さらには、自分の努力を評価してくれる別の会社があれば転職したい、などと考えるようになっていました。

 直属の上司と面談した際に、そうした不満をぶつけたことがあります。会社の制度のことですから、納得できる答えが返ってくることなど期待していませんでした。しかし、上司の対応は、意外なことに筆者を前向きにしてくれたのです。

ホワイトボードの「黒い字」と「赤い字」

 人事評価に関する“愚痴”を聞いた上司は、「君が管理職に昇進するにはさ」と言いながら、会議室のホワイトボードに黒いペンで「課長」と書き、その下に身に着けるべき能力を書き始めました。

 「ウェブシステムの開発技術」「金融業の業務知識と提案力」「部下の本音を聞き出す能力」「リーダーシップ」といったことが議論している間に並んでいったのです。これらの能力が備われば、課長に推薦できると言います。

 次に上司は赤ペンを持ち、陰で努力したり苦労したりしていることを書き始めました。部下を飲みに誘うことは、身に着けるべき能力の「部下の本音」の近くに、金融関連の書籍を多数読んでいることは、「金融業の業務知識」の近くにといった具合です。話し合いながら、他の努力も探り出されました。

 書き終わると、上司は「残念ながら、赤い字は会社として評価できるところではない。会社は黒い字、成果だけで社員を評価せざるを得ないからね」と指摘して、次のように続けました。

 「だから、これは君個人の心の中の通信簿だ。誰も評価しないけど、それでもやるべきことを自分で自己採点して、自信をつけたり方向修正したりするためのね。私はその陰の努力が目標に対してズレていないかどうかをアドバイスすることはできる。例えば、課長という目標に向けた努力の仕方が正しいかどうかをね」

陰の努力を目標につなげる

 少し救われた気がしました。陰の努力は表からは見えないので客観的な評価はできません。ただそれが間違っていないことを確認して自己採点するものであれば、前向きに捉えることができます。心のモヤモヤは、「誰からも評価されない不満」ではなく、「陰の努力がやがて結果につながることに確信が持てない不安」だったことに気づきました。

 努力がムダではないことに確信が持てれば、他人が見ているかどうかは大した問題ではなかったのです。

 部下たちは、見えないところでさまざまな努力や工夫をしていることでしょう。それが成果につながらず悩んでいる部下もいるかもしません。そうした状況でも、部下が陰の努力を続けていくには、上司が「俺はわかっているぞ」と伝えるだけでは足りません。目標へとつながっていることを実感させて、やる気を維持させるのが上司の腕の見せどころなのです。

 <「部下を伸ばす上司 ダメにする上司」は毎週火曜日掲載です。次回は4月25日です>

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細川義洋

細川義洋

ITコンサルタント

1964年、神奈川県生まれ、立教大学経済学部経済学科卒。NECソフト(現NECソリューションイノベータ)、日本IBMでシステム開発やコンサルティングを行う。著書に「なぜ、システム開発は必ずモメるのか?」「IT専門調停委員が教える モメないプロジェクト管理77の鉄則」(日本実業出版社)などがある。

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