スキル・キャリア思いを伝える技術

言葉そのものよりも“言葉の動機”を探ると嫌われる

川井龍介 / ジャーナリスト

 作家であり多くの英文学の翻訳をこなす村上春樹氏が、最初に読んだ英語の本は、ロス・マクドナルドの短編集だったといいます(毎日新聞5月11日夕刊)。ハメット、チャンドラーにつづくハード・ボイルド小説の作家ですが、1950年代のカリフォルニアをこんなにも暗く描いた人はいないとも言われるクールな作風で、純文学に勝るとも劣らない深い心理描写がマクドナルドの魅力の一つになっています。

 その彼の後期の作品「別れの顔(The Goodbye Look)」のなかで、私立探偵リュウ・アーチャーが、精神科医の夫をもつ女性と打ち解けて交わす会話があります。夫と心をうまく通わせることができないと感じ、なんでも見透かすような態度の夫に反発を覚える彼女は、冷静なアーチャーにこうこぼします。

言葉の深読み、先回り

 「夫に何か話そうとしても、あの人にはそれが聞こえないの。あの人はその言葉の動機を聞いているの。私がなんでそんなことをいうのか、その動機を考えているだけ」

 なかなか深い表現です。こんなことはあなたのまわりにも起きていないのでしょうか。たとえば、あなたが「うちの会社はほんとに人使いが荒くて、ちょっとがまんできない。疲れた」と先輩に言ったとします。とにかく実情を誰かに話したかったのが理由です。

 しかし、これを聞いた先輩は、その言葉通りに受け取るよりも「こいつ、ひょっとして、おれになんとかしてくれって言いたいんじゃないか」とか、「おれも人使いが荒いって言いたいのかな」と、先回りというか深読みしたとします。

 これが、彼女のいう、言葉そのものよりもその言葉の動機を探るということです。

 記者やカウンセラーなど人から何かを聞き出す仕事をしている人にとっては、身についている聞き方で、職業上必要なものでしょう。思っていることを明快に話すことが苦手な人もいますし、内容によってはうまく話せないことは誰にでもあります。また、本当のことを言いたくないため、あるいは言っても理解されないと思えば、“うそをつく”ことは誰にでもあるはずです。

 だから、言葉通りに話を聞いたのでは、ほんとうのことはわからないことはあります。しかし、まずはその人の言っている言葉そのものを解釈し、反応することが第一ではないでしょうか。先回りされるのは、往々にしてあまり感じのいいものではありません。

 先の例についていえば、「それっておれに何かしてほしいってことなの?」などと言う前に、「そうだな、大変だな。おれもそう思うときがあるよ」と、まずは相手の気持ちに寄り添ってからでも遅くはないでしょう。

「自分の考えをぶつける」ケース

 言葉そのものの意味を解釈しない、もっとひどい例があります。例えば、部下の仕事の仕方に疑問を抱いて、「どうして○○君は、いつも報告書を出すのが遅いんだろうか。なにかやり方に問題があるのかな」と、素朴に同僚に尋ねたとします。そのとき、「そんなこと言ったってしょうがないよ。ああいう部下を持ったのが不運だと覚悟しないと」などと返事されたらどうでしょう。

 よくあるコミュニケーションのパターンではあります。しかし、「どうして?」と、疑問に思って尋ねたにもかかわらず、それには答えず、疑問自体を否定するようにして、逆に自分の考えをぶつけてくるわけです。

 自分の意見をしっかり持っている、力強い論者によくみられる例ですが、言われた方は「もうあの人にこの種の話をするのはやめよう」と思ってしまいます。

 こうしてみると言葉そのものの意味をとらえる、というのは意外に難しいものです。深読みしたり、自分の言いたいことを優先したりと言葉通りに捉えられないケースはいろいろです。

 いずれにしても、言葉そのものをまず正しく解釈するには、余計なことは抜きにして、まずは言われていることにじっくり耳を傾け、言葉が意味していることだけを冷静に考えるのが大切ではないでしょうか。

 <「思いを伝える技術」は、隔週水曜日に更新します>

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川井龍介

川井龍介

ジャーナリスト

1980年慶応大学法学部卒。新聞記者などを経てフリーのジャーナリスト、ノンフィクションライター。実用的な文章技術を説いた「伝えるための教科書」(岩波ジュニア新書)をはじめ「大和コロニー~フロリダに『日本』を残した男たち」(旬報社)、「フリーランスで生きるということ」(ちくまプリマ―新書)を2015年に出版。このほか「ノーノー・ボーイ」(ジョン・オカダ著、旬報社)の翻訳をてがける。

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