随所にある壁で分断されているベルファスト西郊の住宅地(写真は筆者撮影)
随所にある壁で分断されているベルファスト西郊の住宅地(写真は筆者撮影)

グローバル藻谷浩介の世界「来た・見た・考えた」

北アイルランド数奇な運命 ひと気のないベルファスト

藻谷浩介 / 地域エコノミスト

英国・北アイルランド編(1)

 英国の正式名称は「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」(UK)だ。イングランドに、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドなど自治政府を持つ大小地域が合体している。世界都市ロンドンから一歩出ると見えてくる、同じ島国でも日本とは完全に異質の多様性。EU(欧州連合)脱退でさらに複雑さを増しそうな、地べたの現実とは。その北アイルランド編第1回。

ダブリンから足早にベルファストへ

 2016年5月中旬、ロンドンで講演をした機会に、アイルランドと英国各地(北アイルランド、スコットランド、ウェールズ、そしてロンドン以外のイングランドの中から4都市)を巡った。

 筆者はそれまで、ロンドンを3回訪問した以外に英国の他の部分に行ったことはなく、またアイルランド共和国(以下「アイルランド」)も欧州の独立国の中で唯一、未訪問で残っていたことから、この機会にと、4泊の中に詰め込めるだけ詰め込んだのである。ちなみにその時点では、その翌月に国民投票で「ブレグジット(英国のEU離脱)」が決まるとは予想もしていなかった。

土曜日の夕方、にぎわうダブリンの飲食街
土曜日の夕方、にぎわうダブリンの飲食街

 肌寒い土曜日の夜20時台。フィンランド・ヘルシンキ経由で着いたアイルランド共和国の首都ダブリンで筆者は、飲食街を埋め尽くす酔客の群れに圧倒された。しかし皆さん、ビールの系統かウイスキーか、あるいはワインを飲んでいるかで、港町だというのに食欲をそそるようなつまみを食べている人は見当たらない。

 筆者はアルコールに弱いので、後ろ髪も引かれずに街の北東にあるコノリー駅に向かい、英国領である北アイルランドの中心地ベルファストに向かう国際特急「エンタープライズ号」に乗った。

ダブリンとベルファストを約2時間で結ぶ「国際特急」の車内(撮影はダブリンへの帰路の昼間)
ダブリンとベルファストを約2時間で結ぶ「国際特急」の車内(撮影はダブリンへの帰路の昼間)

工業都市ベルファストは港町の香り

 “国際”といっても同じアイルランド島の北東部を走るだけであり、2時間少々の乗車の間に変わったのは、次第に客が減り、車内の空気がどんどんと物憂くなっていったことだけだった。車窓は暗かったが、明るくても国境をいつ越えたかはわからなかっただろう。

 ダブリンからベルファストへは、ちょうど東京から福島県いわき市へ、という距離感の移動だ。アイルランドと北アイルランドの境界線も、関東と東北の境のような感じだ。丘陵地の中にぐねぐねと引かれていて、横断する道路も無数にある。

 通貨はユーロからポンドに替わるが、出入国管理はない。膨大な数のチェックポイントを設置するのはお金の無駄だし、やれば通勤通学の経路が分断されてしまう例も多々出るだろう。

土曜日深夜、閑散としたベルファスト中央駅
土曜日深夜、閑散としたベルファスト中央駅

 終点のベルファストは、造船や航空機産業の集まる工業都市だ。20世紀初頭に客船・タイタニック号が建造された場所でもある。ベルファスト中央駅に降りると、下関や長崎や台湾の基隆のような、港町の終点駅に共通の香りがした。

アイルランドと北アイルランドの格差

 翌日曜日の午前中、重く雲が垂れこめ、時にぼそぼそと雨の降るベルファスト市街を歩き回る。欧州の町の日曜日は、店も開いていなければ活気もないのが通り相場だが、それにしても通行人が少ない。

 日曜日なので、観光名物のセントジョージ市場が、由緒あるレンガ造りの建物の中で開催されるのだが、店のバリエーションも豊かで、品ぞろえのセンスも「さすが英国」という感じのものも多かったのだけれども、人の出は今一つだった。

日曜日の朝、霧雨に煙るベルファストの街
日曜日の朝、霧雨に煙るベルファストの街

 ベルファストはそもそも産業構造の変化に乗り遅れているのだろうが、それにしてもダブリンとの活気の差は歴然で、これでは英国の面目にもかかわるだろう。

 いや実際には、英国には失うほどの面目はない。アイルランドの1人当たりGDP(国内総生産)はルクセンブルクに次ぐEU2位で、英国の1.5倍もあるのだから。2009年のユーロ・ショックで大打撃を受けたアイルランド経済は、ITや金融を中心に急速に持ち直した。

 原動力は、低めのビジネスコストと少ない規制、英語の通じる環境という、EUの中での比較優位だ。EUへの加盟継続は、今や英国側より豊かになったアイルランドの生命線なのである。そんな最中でのブレグジット騒動を、アイルランド国民は、英国から企業を移転させるチャンスだと、ほくそ笑んで見ているだろう。

観光名物のセントジョージ市場だがどことなく閑散と……
観光名物のセントジョージ市場だがどことなく閑散と……

多数決なら実現しないアイルランド再統一

 ケルト人(アングロサクソン族などのいわゆる「ゲルマン民族」が渡来する前の欧州の先住者)の血を濃く残すアイルランドは、1652年、清教徒革命でイングランドの独裁者となったオリバー・クロムウェルに侵略され併合されてしまう。

 その後の長き独立闘争を経て、第一次大戦後の1922年に自治権を回復したのだが、その際に英国政府は、多年の移民により英国系住民の多い北部6州と、他の20州を分けて、それぞれに自治政府を設立させるという手法を取った。

 北部の6州は翌日に自治権の放棄と英国への再統合を宣言(現在の北アイルランド)。残りの20州は1937年に独立を果たし(現在のアイルランド)、第二次大戦では中立を維持、1949年に英国女王を国家元首とする英連邦も脱退して共和国となったのである。

人通りの少ない日曜日午前のベルファスト都心
人通りの少ない日曜日午前のベルファスト都心

 共和国側に「北アイルランドを英国から取り戻したい」という欲求があるのは当然だ。だが、北アイルランドの住民は過半数が英国残留に賛成のまま、今日に至っているのである。ベルファストでいえば10:9くらいの僅差だが、英国民であり続けたい人の方が多い。つまり民主主義的に物事を決めるのであれば、アイルランドの再統一はそうそう進展しようがない。

 経済的な損得だけで言えば、北も英国などについていないで、アイルランドに戻った方が得策のようにも思う。だが人の心はそんなに簡単なものではない。ベルファストの住宅街に分け入っていくと、「どうにもこうにも、そうはいかないのだろうな」という現実に出くわした。(続く)

 <次回「残るテロの傷痕 ブレグジットで揺れる北アイルランド」>

    ◇    ◇

 この連載は、余計な予習は無用、スマホ無用、ぶっつけ本番の「世界のまちかど見聞記」である。「世界中の国に行きたい」という子供時代の夢を捨てきれない中年男が、可能な限り多くの世界の街にほんの短時間でも降り立ってひたすら歩く。世界の片隅に身を置いてこそ見える現実をリポートする。

藻谷浩介の世界「来た・見た・考えた」は毎週月曜日の更新です。英国・北アイルランド編は全2回>

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藻谷浩介

藻谷浩介

地域エコノミスト

1964年山口県生まれ。平成大合併前の約3200市町村のすべて、海外95カ国を私費で訪問し、地域特性を多面的に把握する。2000年ごろから地域振興や人口問題に関して精力的に研究、執筆、講演を行う。著書に「デフレの正体」「里山資本主義」ほか多数。国内の鉄道(鉄軌道)全線を完乗した鉄道マニアでもある。

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