中国スーパーリーグ「杭州緑城」監督時代の岡田武史さん=2012年2月25日、平川昌範撮影
中国スーパーリーグ「杭州緑城」監督時代の岡田武史さん=2012年2月25日、平川昌範撮影

グローバル海外特派員リポート

「サッカーが日中の懸け橋に」岡田元日本代表監督の思い

赤間清広 / 毎日新聞中国総局特派員(北京)

 元サッカー日本代表監督で、現在は日本サッカー協会副会長を務める岡田武史さん(61)が9月19日、中国・北京の日本大使館で講演を行った。

 日本政府が主導するスポーツを通じた国際貢献事業「スポーツ・フォー・トゥモロー」の一環。中国のプロサッカーリーグ、スーパーリーグの名門「杭州緑城」を率いた経験を持つ岡田さんは中国でも知名度が高く、中国内の少年サッカー指導者を中心に約220人が詰めかけた。

 岡田さんが語る中国への思い、そして中国サッカーの問題点とは--。

中国サッカーの現状や課題について講演する岡田武史さん。鋭い指摘に会場からは拍手やどよめきが沸いた=北京市の日本大使館で2017年9月19日、赤間清広撮影
中国サッカーの現状や課題について講演する岡田武史さん。鋭い指摘に会場からは拍手やどよめきが沸いた=北京市の日本大使館で2017年9月19日、赤間清広撮影

「チャレンジ」求め中国へ

 岡田さんが杭州緑城の監督に就任したのは2011年12月。前年のW杯南アフリカ大会で日本代表をベスト16に導いた名将の去就に注目が集まる中、サッカー先進地とは言えなかった中国行きの決断に驚きが広がった。

 「ワールドカップ後、Jリーグを含めいろんなチームからオファーをもらった。中国を選んだ理由の一つは新しいチャレンジをしたかったから。これから恐らく、いろんな面で世界の中心になっていく中国をこの目で見てみたかった」

 講演やその後の取材で岡田さんは当時を振り返った。

 中国に渡った翌年、日中間に緊張が走る。日本政府による尖閣諸島国有化をめぐって中国内の対日感情が悪化。各地で反日デモが起こり、日系スーパーがデモ隊に襲われるなど被害が広がった。

中国国旗を掲げ、日本の尖閣諸島国有化に抗議する反日デモの参加者=2012年9月16日、隅俊之撮影
中国国旗を掲げ、日本の尖閣諸島国有化に抗議する反日デモの参加者=2012年9月16日、隅俊之撮影

 しかし、中国全土が反日一色だったわけではない。

 「尖閣デモの時、杭州のフロントスタッフが『気分悪いだろうから』と気を使ってオーナーの別荘に連れていってくれた。俺、オーナーのクルーザー乗っていたもん」

 地元サポーターは就任以来、スタジアムで岡田さんの顔写真が入ったフラッグを掲げ続けてくれた。「中国に来て一回も嫌な思いをしていない」と回想する。

国境を超えた「仲間」が平和につながる

 岡田さんは現在も頻繁に中国に足を運び、中国サッカーの底上げに貢献している。この日も講演終了後、三菱グループ9社の協賛で開かれた中国の障害者サッカー大会を視察。関係者と交流を深めた。

 中国と絆を深める背景にはこんな思いがある。

 「間違いなく言えるのは、たった一人の自分の子供を日本の戦場に送りたいと思っている(中国人の)親は一人もいないということ。日本人も一緒です。8割から9割の国民が『そんなことをしたくない』と思っていても、引くに引けなくなって戦争が起こるというのが歴史なんです」

 「そんな時に、国境とは別の『サッカー仲間』というボーダーが平和に役に立つんじゃないか。そんな思いもあって中国に行った」

講演には中国のサッカー指導者ら約220人が詰めかけた。スライドに次々と示されるコーチングなどに関する解説を、スマホで記録する参加者も多かった=2017年9月19日、赤間清広撮影
講演には中国のサッカー指導者ら約220人が詰めかけた。スライドに次々と示されるコーチングなどに関する解説を、スマホで記録する参加者も多かった=2017年9月19日、赤間清広撮影

 日中関係が将来、最悪の事態に行き着いてしまうことがあってはならないという願いだ。今でも杭州緑城時代に指導した選手からの連絡は多く、結婚式に招かれることもあるという。「これは国境とは違う仲間だと思っている」

指導次第で選手はどのようにも変わる

 そんな岡田さんだからこそ、中国サッカーの問題もよく見える。中国では指導者は絶対的な存在だ。満足いくプレーができなかった選手に対する鉄拳制裁も珍しくない。岡田さんも中国の指導者やチーム関係者から「中国人は殴らないと分からない」と何度も忠告を受けたという。

 しかし、そうした発想を持つ指導者こそが中国サッカーの最大の問題だと岡田さんは言う。

 「指示、命令ではなく、自ら考え、動き出すように促すのがコーチング。アメとムチで従わせるのはコーチングではない。調教だ」「よく中国人指導者は『中国人は違う』と言う。同じですよ。指導次第で選手はどのようにも変わる」

 講演の中で、会場から大きな拍手が起こる場面があった。参加者から「中国サッカーと日本サッカーの違いは何か」と質問が飛び、岡田さんが中国サッカーの隠れた問題点を鋭く切った時だ。

 「中国サッカー界のトップにサッカーを強くしたいと思っている人がいない。みんな自分の出世ばかり考えている」

 この日は北京だけでなく、高速鉄道で5時間近くかかる上海からも岡田さんの話を聞きに来た指導者がいた。中国サッカーへの愛情と厳しい視線。岡田さんの存在は中国サッカーにとっても貴重な存在だ。

岡田武史さんの略歴

子供たちからサインを求められる岡田武史・FC今治代表(左)=2016年9月25日、加古信志撮影
子供たちからサインを求められる岡田武史・FC今治代表(左)=2016年9月25日、加古信志撮影

 大阪府出身。早大卒。現役時代は日本代表DFとして24試合に出場。1997年、W杯フランス大会アジア最終予選中にコーチから日本代表監督に昇格、日本を初のW杯出場に導いた。2010年のW杯南アフリカ大会ではベスト16に進出した。11年から2年間、杭州緑城監督。帰国後、FC今治代表を務める傍ら、16年3月から日本サッカー協会副会長としてサッカーの普及、強化に取り組んでいる。

 <「海外特派員リポート」は原則、土曜日に更新します>

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赤間清広

赤間清広

毎日新聞中国総局特派員(北京)

1974年、宮城県生まれ。宮城県の地元紙記者を経て2004年に毎日新聞社に入社。気仙沼通信部、仙台支局を経て06年から東京本社経済部。経済部では財務省、日銀、財界などを担当した。16年4月から現職。中国経済の動きを追いかけている。

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