思い邪なし

思い邪なし6 新発見の手紙(三)

北康利 / 作家

序章 はじめにまず“思い”ありき

新発見の手紙(三)

 全(す)べて会社が良くなる事だから、自我本位の“おれのものだ”式の考へ方は止めなければいけないのでしょうが、しかしそれでは小生が余りにもかわいそうです。

 そのかわりに、抜ぐんの課長への出世であり会社幹部対等で相談其の他が出来るようにしたと云(い)へばそれ迄ですが、それよりも彼等と一緒に仕事をするならば、又つぶしてしまふと思へますので、断然反対をして、その意見が通らないので、ここ迄して来た仕事を部下を“ジリ貧”に追込むのを見るのはしのびないからと云って辞表を提出しました。

 所が会社幹部並びに社長が驚いて、君が辞めると会社全部がつぶれるから思ひ直してくれと再三再四云はれ、社長の家にも数回呼ばれてさとされ、又重役クラスからも何回となく云はれました。

 社長も君を失ふ様な事になると社長の世間への面目が立たない、どうか思ひ直してくれと云はれて居ります。

 社長も又同時に松風全体の再建は不可能かも知れないが、其の時迄おってくれと云はれました。

 辞表出した直后、前部長が小生と同一意見であったので二人でパキスタンへ行く計畫(けいかく)をして居りましたが。小生の辞める事を聞いた外部の人及び元常ムが動き出して、特殊磁器の新会社設立を持出して来ましたので会社に思ひ直したと返事が出来なくなりました。又、辞表迄出してすぐに引込めてと云ふ事は余りにも軽率に見へます。

 其の間、新会社設立の方はどんどんと進み、今月末から建設にかかる様になる見込です。会社は本日総ム部長が呼びまして、月給を二万一千円にするからとの事でした。

 給料が上がって会社に残ったら小生の信念がすたります。ことわりました。しかし上げるつもりらしく“けろり”としていました。

松風工業時代に職場の仲間と(稲盛氏は右端)
松風工業時代に職場の仲間と(稲盛氏は右端)

 今夜から新会社の建設図面を作る事にして居ります。

 現在の状態から行きますと、今月で会社を辞めて一旦故郷に歸(かえ)り、十日くらいして再度上京して建設にかかる様になる予定です。

 今迄に育てて来た部下の主なる連中(全部で六十名いますが)八名は小生について出て来ます。(松風では特殊磁器はつくれなくなるでしょう)

 男子一生の仕事、精魂をつくしてやってみるつもりです。資金は建物・土地を別にして八百万~一千万円の予定です。

 メンバーは前常ム、前部長(青山)、北大路の他、資本家です。これをはじめるとなると一度かへりますのでその時に詳しく話します。

 さて朝子の件ですが、十一月は早すぎると云ふので二月と云ふ事になっていましたが、今度この様に事情が変化して来ましたので十二月初旬に結婚してはと考へて先方にも云ってあります。明日頃、返事をもってくる事になっています。

 <京セラを創業した稲盛和夫名誉会長の半生記「思い邪(よこしま)なし」を、作家の北康利さんの執筆でお届けします。毎日新聞経済面との連動企画です。次回「思い邪なし7 新発見の手紙(四)」>

経済プレミア最新記事へ

「思い邪なし」連載ページへ

北康利

北康利

作家

1960年生まれ。東大法学部卒業後、富士銀行(現・みずほ銀行)入行。富士証券投資戦略部長、みずほ証券財務開発部長などを経て、2008年みずほ証券を退職し、本格的に作家活動に入る。著書に「白洲次郎 占領を背負った男」、「吉田茂 ポピュリズムに背を向けて」など。

イチ押しコラム

藻谷浩介の世界「来た・見た・考えた」
地下化されたワルシャワ中央駅上の広場。スターリン建築と民主化後のビルが林立する(写真は筆者撮影)

西に移動させられた国ポーランド 首都ワルシャワの今

 ◇ポーランド・ワルシャワ編(1) 36年前、高校の文化祭のディベートで、「史上最大の英雄は誰か」というお題に、「ポーランドで共産…

メディア万華鏡
週刊文春11月1日号

メディア騒がすドタキャン沢田研二の「格好いい老後」

 騒ぎ過ぎじゃないか。取り上げ方の息もなんだか長い。ジュリーこと沢田研二さん(70)が、10月17日にさいたまスーパーアリーナで予…

職場のトラブルどう防ぐ?

「部下の夫から連日クレーム」42歳女性上司の困惑

 A美さん(42)は、夫が院長を務めるクリニックの事務長を務めています。2カ月前から経理担当として働いているB子さん(33)の夫か…

ニッポン金融ウラの裏

進む「キャッシュレス化」誰が責任を負っているのか

 キャッシュレス決済を巡る論議が高まり続けている。政府も外国人旅行者の増大を踏まえて、キャッシュレス化推進の旗を振り続けている。社…

知ってトクするモバイルライフ
デザインや機能を一新した「iPadプロ」。左が11型、右が12.9型

新「iPadプロ」はホームボタンなくして超高性能

 アップルは、米ニューヨークで10月30日(現地時間)、「iPadプロ」の新モデルを発表した。11月7日に発売される予定で、価格は…