社会・カルチャー戦国武将の危機管理

「足利将軍が欲した手土産を献上」若き家康の狙いは?

小和田哲男 / 静岡大学名誉教授

 徳川家康がまだ松平元康といっていたとき、第十三代将軍足利義輝に馬を献上したことがあった。馬といっても、ふつうの馬ではなく、「早道馬」といわれる飛脚用の馬で、当時としても貴重な馬だったと思われる。

 では、家康がなぜ将軍に馬を贈ったのだろうか。実は、これが家康の危機管理の一環だったのである。

 家康は永禄3(1560)年5月19日の桶狭間の戦いで今川義元が織田信長に討たれるまで、今川家の人質で、家臣の扱いを受けていた。本来、松平家は西三河の独立した戦国大名であったが、家康の父松平広忠のとき、義元の保護下に入り、竹千代といっていたのちの家康を人質として出していたのである。

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小和田哲男

小和田哲男

静岡大学名誉教授

戦国大名・今川氏のお膝元で、徳川家康の隠居先でもあった静岡市で1944年に生まれる。72年、早稲田大学大学院文学研究科博士課程修了。専門は日本中世史。戦国時代史研究の第一人者として知られ、歴史番組でおなじみの顔。趣味は「城めぐり」で、公益財団法人「日本城郭協会」の理事長も務める。主な著書に「戦国の群像」(2009年、学研新書)、「黒田官兵衛 智謀の戦国軍師」(13年、平凡社新書)。公式サイト https://office-owada.com