思い邪なし

思い邪なし51 鹿児島大学時代(一)

北康利 / 作家

第一章 勝ちに見放されたガキ大将

鹿児島大学時代(一)

 当時の鹿児島大学工学部は、化学、電気、機械、建築の四学科から成り、学生数は工学部全体でも六、七十人と少ない。学科の壁は低く、教員と学生の距離感の少ないアットホームな雰囲気だった。

 稲盛は工学部応用化学科で有機化学を専攻することにした。阪大薬学部を目指した動機と同じで、製薬に携わりたいとの思いからだ。

 「将来何かあったらおれが薬を作ってやるから」

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北康利

北康利

作家

1960年生まれ。東大法学部卒業後、富士銀行(現・みずほ銀行)入行。富士証券投資戦略部長、みずほ証券財務開発部長などを経て、2008年みずほ証券を退職し、本格的に作家活動に入る。著書に「白洲次郎 占領を背負った男」、「吉田茂 ポピュリズムに背を向けて」など。