思い邪なし

思い邪なし54 鹿児島大学時代(四)

北康利 / 作家

第一章 勝ちに見放されたガキ大将

鹿児島大学時代(四)

 成績に自信のあった稲盛は、担当教授の竹下寿雄から、

 「学科創設以来、学業においても人間的にももっとも優れた学生だ」

 と太鼓判を押されていたという(針木康雄『稲盛和夫』)。当然、就職に苦労するなどとは考えていなかったが、現実はそう甘くはなかった。

 大学に入った頃は朝鮮戦争特需に沸いていたが、卒業前年の昭和二十九年(一九五四年)ともなるとその反動からくる不況のまっただ中にあり、求人が極端に少なく就職は一転して狭き門となっていたからだ。おまけにできたばかりの鹿児島大学の認知度は低く、企業の設ける学校ごとの採用枠に名前のない場合が多かった。戦後乱立した新設の国立大学は「駅弁大学」と揶揄(やゆ)されたが、当時の鹿児島大学工学部は国立でさえなかったからなおさらだった。

大学時代の稲盛氏(前列右)
大学時代の稲盛氏(前列右)

 困り果てた稲盛に川上が助け船を出してくれた。叔父が通産省で鉱山局長をしていたのだ。後に中小企業庁長官、参議院議員となる川上為治である。川上は彼に稲盛のことも含め口添えを頼もうとした。

 ところが昔も今もそうだが、大学生は社会常識をさほど知らない。事前の連絡をせず、先方の意向も確認しないまま、いきなり稲盛と連れだって上京してしまった。

 夜行に乗って午前六時前に東京に着き、東京駅にある東京温泉に入ってさっぱりして朝食をとった。

 先方の戸を叩(たた)いたのはなんと午前七時半ごろだった。いくら何でも早すぎる。しかも突然の訪問だ。叔父は怒って出てこなかった。

 それでも叔母が気を利かして川上だけは寝室に通してくれたが、稲盛は玄関に立ったままである。叔父は布団の上に起き上がって、川上の顔を見るなり、

 「何しに来たんだ!」

 と一喝した。

 一応、来訪の趣旨は述べたが、こんな状態で快く口利きなどしてくれるはずがない。

 帰鹿後、川上は母親から、

 「お前が悪いんだ」

 と叱られたが、稲盛に申し訳なくて、その後、その叔父とは疎遠になった。

 コネはもうあきらめた。好き嫌いなど言っていられない。当初の希望だった薬品会社ははなからあきらめ、好調だった石炭や石油といった資源エネルギー産業を狙った。

 まずは第一志望だった帝国石油を受けたが落ち、積水化学も落ち、受ける企業受ける企業ことごとく落とされて目の前が真っ暗になった。

 (みすぼらしい格好で面接を受けたからだろうか…)

 頭の中でマイナスの想念がぐるぐると駆け巡って精神的に追い詰められていく。

 一方の川上も川崎製鉄、大阪ガスと立て続けに落とされ、大阪ガスでは機械科出身は一人しか採用枠がないと言われて唖然(あぜん)としたが、なんとか無事クボタに入社が決まった。それからは互いに就職のことには触れづらくなり、稲盛は孤独感にさいなまれた。

 <京セラを創業した稲盛和夫名誉会長の半生記「思い邪(よこしま)なし」を、作家の北康利さんの執筆でお届けします。毎日新聞経済面との連動企画です。次回「思い邪なし55 セラミックスとの出会い(一)」>

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北康利

北康利

作家

1960年生まれ。東大法学部卒業後、富士銀行(現・みずほ銀行)入行。富士証券投資戦略部長、みずほ証券財務開発部長などを経て、2008年みずほ証券を退職し、本格的に作家活動に入る。著書に「白洲次郎 占領を背負った男」、「吉田茂 ポピュリズムに背を向けて」など。

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