藻谷浩介さん(2017年11月21日、中村藍撮影)
藻谷浩介さん(2017年11月21日、中村藍撮影)

グローバル藻谷浩介の世界「来た・見た・考えた」

私の旅の極意「“犬棒”能力」を発揮してその国を知る

藻谷浩介 / 地域エコノミスト

藻谷浩介氏に聞く(2)

 藻谷浩介氏が世界各国を歩き、見て、感じたその国の生き様を、深い歴史と地理の知識を加味して斬る「藻谷浩介の世界『来た・見た・考えた』」。好評連載の裏側をインタビューで聞きました。3回にわたり掲載します。その第2回。(聞き手=経済プレミア編集部・平野純一)

地理は歴史の微分、歴史は地理の積分

 --この連載は、藻谷さんの無類の地理好きが生かされていますね。

 ◆藻谷浩介さん 私は大学時代に自転車部に入って、日本全国を走り回りました。人力で地をはいながら、その土地土地の郷土史を学び直し、地形や気候という地理的事象が、近代化以前の交通や経済にいかに大きな影響を与えていたかを学んだのです。

 古代ギリシャの歴史家ヘロドトスは「地理と歴史は表裏一体」と語ったそうですが、まさにその通りでした。私なりに言い換えれば、「地理は歴史の微分、歴史は地理の積分」です。地理は未来に続く歴史の現時点での断面であり、歴史はその時代時代の地理が積み重なってできているのです。

モスクワの赤の広場で(記事中の写真は藻谷浩介氏撮影)
モスクワの赤の広場で(記事中の写真は藻谷浩介氏撮影)

 地理を考えないと歴史の把握も難しくなります。たとえば邪馬台国論争ですが、魏志倭人伝の順路の記述は、対馬-壱岐-松浦郡-糸島郡-博多湾まで地理の教科書のように正確なのに、その先はまったくアバウトになる。もし邪馬台国が大和だとすると、なぜその途中にも数十はありそうな国への言及がほぼないのか。大阪湾から大和まで陸行1カ月というのも無理がある。つまり博多から先の記述の信頼性はがぜん低いわけですが、地理感覚なき文献史学では、博多までと区別なく金科玉条と扱ってしまいがちです。

 逆に歴史を勉強していない人が外国に行って書くことは、「建物がこんなにきれい」とか「ご飯がこんなにおいしい(あるいはまずい)」とか。どうしてこのような建築物が建っているのか、どうしてこのような料理が生まれたのかという歴史的な経緯にまったく触れていない文章は、読んでいて面白くないのです。

大発展を遂げたタイの首都バンコクの摩天楼。いわゆる「グラマラス」な光景の典型
大発展を遂げたタイの首都バンコクの摩天楼。いわゆる「グラマラス」な光景の典型

「気づく力」があるかどうかが大切

 --藻谷さんは行く先で「必ずここは見る」というところはありますか。

 ◆それはありません。「ない」というところが逆に私の特徴だと思います。強いて言えば観光都市よりも先に首都、博物館や史跡よりも駅や広場や商店街、ということですが、必ずそうしているわけでもありません。

 何を見るべきかなどの予習はせずに、歩いて行く方向を直感で決め、歩きながら見たままを感じるのが基本です。実際、この連載では毎回違うテーマに出合って掘り下げていますよね。

 こういう歩き方に必要なのは、私が名付けたことですが「“犬棒”能力」です。「犬棒」とは「犬も歩けば棒に当たる」のこと。うまく棒に当たるには、偶然を超えた“能力”が必要です。どっちの方向に歩いて行くのが勉強になって面白いのか、直感を鍛えるわけですね。

バンコクには随所に貧しいスラムも
バンコクには随所に貧しいスラムも

 もし、大事な場所を見逃すとすれば、それは「“犬棒”能力」の研鑽(けんさん)不足と思ってあきらめます。多年鍛えてきたおかげでしょうか、ガイドブック通りに名所を巡るよりも、より多くのことに気づきます。

 --それは面白い考え方ですね。

 ◆情報過多の時代には、珍しいやり方かもしれませんね。ですが、予習したものが実際にそこにあるのを確認して写真を撮るだけ、の方がよほど面白くないでしょう。私はよく各地の有志に呼ばれて、日本の地方都市や里山や、たまに海外で一緒にまち歩きをするのですが、歩きながら気づいたことを話し続けると、地元の人に驚きつつ喜んでもらえます。このまち歩きは「ブラタモリ」より前からやっているのですが、“ブラモタニ”と呼ばれています。

藻谷浩介さん(2017年11月21日、中村藍撮影)
藻谷浩介さん(2017年11月21日、中村藍撮影)

 つまり「“犬棒”能力」とは気づく力でもあるのですね。その際のコツは、「なぜここにこんなものがあるのか」と、頭を素にして考えること。そしてそれ以上に、「なぜここには、他所にはある○○がないのか」と考えることです。

 あと、強いて言えば、インフラのメンテナンスの状態は、国情をよく反映するのでチェックします。また、政府が外国人に見せたがる、劇作家・評論家の山崎正和の言葉を借りれば「グラマラス」な場所と、その対極にある庶民の住む場所を比較するようにしています。

現地の人と話して情報をより深く

 --イギリスのチェスターで出会ったレストランの白人女子学生の話はおもしろかったですね(昨年10月9日掲載)。彼女は「ロンドンなんて行きたくない」と言っていました。

 ◆私は日本語以外は英会話しかできませんが、相手も英語が話せるのであれば、得られる情報量は飛躍的にアップします。連載の中ではいちいち誰と話したとは書いていませんが、行く先々で機会をとらえては、英語を解する現地の人と会話をします。

英チェスターの城壁から見た旧市街の一角
英チェスターの城壁から見た旧市街の一角

 ジョージアでも、ホテルの朝食の時に2時間もアメリカ人と話していました。彼が言うには「ジョージア人にはいまでもスターリン(ジョージア出身)が好きな人がいるよね」。

 スターリンはむちゃくちゃな強制移民を行いました。コーカサス3国を書いた時(昨年6月19日~8月14日掲載)にはまだ気づいていなかったのですが、後日ネットをいろいろ検索していて、コーカサス北麓(ほくろく)のロシア・チェチェン共和国の首都グロズヌイから、中央アジアのキルギス共和国の首都ビシケクに、週に1便直行便が飛んでいることを発見しました。

英チェスターの城壁の外にある運河の夜景
英チェスターの城壁の外にある運河の夜景

「アナロジー」を考えて将来を見通す

 --すごいところまで見てますね。

 ◆グロズヌイ-ビシケク間の航空便なんて、誰が乗るのか? ビシケクと隣国のウズベキスタンの首都・タシケントとの間にすら直行便はないのに。推理するに、北カフカス系の孤立言語を話すチェチェン人が、スターリン時代にキルギスに強制移住させられたのでしょう。今でも親戚関係が残っているので、この2都市の間に流動があるのではないでしょうか。そう思って地図を見ていたら、キルギスの西端にグロズヌイと読める町も見つけました。

緑あふれるキルギスの首都ビシケクの公園で遊ぶ子供たち。中央アジアだがスラブ系の顔も多い
緑あふれるキルギスの首都ビシケクの公園で遊ぶ子供たち。中央アジアだがスラブ系の顔も多い

 この推理は、かつて飛んでいた宮崎-高知便の存在理由からの類推です。宮崎に行った時に、「高知県民と宮崎県民の間には親戚が多いんだよ。宮崎には高知から移住してきた人が多いから」と聞きました。宮崎市は県庁所在地で唯一、江戸時代には何もなかったところが発展した町です。ですから戦前には、高知から多くの移住があったのですね。

 ですがその宮崎-高知便は、代が重なって親戚関係が薄れたことで、今はなくなりました。ということは、同じような構造で成り立ってきたグロズヌイ-ビシケク便も、いずれなくなるかもしれない……と考えが及ぶわけです。

 ここで重要なのは「“アナロジー(類推)”による“構造”の比較」です。文化人類学や言語学の手法ですね。異なった場所で目撃した事象の背後に、共通する構造を導き出せれば、いま起きていることの将来を見通す能力が身につくのです。

ビシケクの街頭で会食する地元ビジネスマン。アジア系とロシア系
ビシケクの街頭で会食する地元ビジネスマン。アジア系とロシア系

暗記の知識より構造を理解する力

 --それを可能にするには、ベースとしての幅広い知識が必要ですね。

 ◆まあそうですね。それはある程度は必要です。ですが、暗記勉強ばかりしてきた日本の“知識人”に不足しているのは、知識という名のテキスト情報ではなく、類推を通じて情報に縦横に串を刺し、全体の構造を把握する訓練です。それは「デフレの正体」を書いている時にもつくづく感じました。

 「歴史は繰り返す」というのは、まったく同じことが繰り返されるということではなく、同じ構造が繰り返し再現されるということです。過去の出来事から構造を理解すれば、未来の出来事も予測できるわけです。ぜひこの連載から、私が現場経験から推理してきた、21世紀の世界の構造を読み取ってください。(次回「藻谷流ネット駆使の効率的旅行スケジュールの組み方」)

    ◇    ◇

 この連載は、余計な予習は無用、スマホ無用、ぶっつけ本番の「世界のまちかど見聞記」である。「世界中の国に行きたい」という子供時代の夢を捨てきれない中年男が、可能な限り多くの世界の街にほんの短時間でも降り立ってひたすら歩く。世界の片隅に身を置いてこそ見える現実をリポートする。

藻谷浩介の世界「来た・見た・考えた」は毎週月曜日の更新です。藻谷氏へのインタビューは全3回>

経済プレミア最新記事へ

「経済成長なき幸福国家論-下り坂ニッポンの生き方」(平田オリザ、藻谷浩介著 毎日新聞出版) 定価1000円(税別)
「経済成長なき幸福国家論-下り坂ニッポンの生き方」(平田オリザ、藻谷浩介著 毎日新聞出版) 定価1000円(税別)

経済成長なき幸福国家論」発売中

 藻谷浩介さんが平田オリザさんと対談して今の日本の立ち位置、日本の文化、地方の生き方、日本の未来--を語る「経済成長なき幸福国家論-下り坂ニッポンの生き方」が毎日新聞出版から好評発売中です。

藻谷浩介

藻谷浩介

地域エコノミスト

1964年山口県生まれ。平成大合併前の約3200市町村のすべて、海外95カ国を私費で訪問し、地域特性を多面的に把握する。2000年ごろから地域振興や人口問題に関して精力的に研究、執筆、講演を行う。著書に「デフレの正体」「里山資本主義」ほか多数。国内の鉄道(鉄軌道)全線を完乗した鉄道マニアでもある。

イチ押しコラム

藻谷浩介の世界「来た・見た・考えた」
地下化されたワルシャワ中央駅上の広場。スターリン建築と民主化後のビルが林立する(写真は筆者撮影)

西に移動させられた国ポーランド 首都ワルシャワの今

 ◇ポーランド・ワルシャワ編(1) 36年前、高校の文化祭のディベートで、「史上最大の英雄は誰か」というお題に、「ポーランドで共産…

メディア万華鏡
週刊文春11月1日号

メディア騒がすドタキャン沢田研二の「格好いい老後」

 騒ぎ過ぎじゃないか。取り上げ方の息もなんだか長い。ジュリーこと沢田研二さん(70)が、10月17日にさいたまスーパーアリーナで予…

職場のトラブルどう防ぐ?

「部下の夫から連日クレーム」42歳女性上司の困惑

 A美さん(42)は、夫が院長を務めるクリニックの事務長を務めています。2カ月前から経理担当として働いているB子さん(33)の夫か…

ニッポン金融ウラの裏

進む「キャッシュレス化」誰が責任を負っているのか

 キャッシュレス決済を巡る論議が高まり続けている。政府も外国人旅行者の増大を踏まえて、キャッシュレス化推進の旗を振り続けている。社…

知ってトクするモバイルライフ
デザインや機能を一新した「iPadプロ」。左が11型、右が12.9型

新「iPadプロ」はホームボタンなくして超高性能

 アップルは、米ニューヨークで10月30日(現地時間)、「iPadプロ」の新モデルを発表した。11月7日に発売される予定で、価格は…