思い邪なし

思い邪なし69 スト破り(二)

北康利 / 作家

第二章 京セラ設立

スト破り(二)

 稲盛のスト破りは経営者におもねったわけでも何でもなかったが、経営者側は稲盛の意図を誤解した。

 工場に常務がやって来て、感激の面持ちで、

 「ありがとう!」

 と稲盛の両手をつかんで握手すると、ポケットに何百円かの紙幣をねじ込んだのだ。

 稲盛にすれば心外だ。

 「何されるんですか!」

 と言ってすぐにその金を突き返した。

 「こんなものをもらうためにしてるんじゃないです。われわれの仕事を守るためにやってるんです。会社のためにやってるんじゃありません」

 後年、“生意気だった”と述懐しているが、若者ならではの正義感が伝わってくる。そんな稲盛の男気に部下たちも男惚(ぼ)れし、彼らの結束は否応なく高まっていった。

 だがそんな中にあって特磁課の中にただ一人、稲盛がどんなに頑張っても“箸にも棒にもかからない”若者がいた。しょっちゅうサボるし、言うことを聞かない。そういう者がいると職場の士気が下がる。

 ある日、彼を呼んで、

 「態度を改めるか、それが嫌なら辞めてくれ」

 と引導を渡した。

 ところがそれでも態度は改まらない。しかたなく稲盛は労務部長に、

 「あの男をクビにしてくれ」

 と言いに行った。

 だが労働組合が強いからそんなことはできない。労務部長は言を左右にするばかり。強くお願いすると、以前のスト破りのことまで持ち出され、まるで起こさなくてもいい騒ぎをわざと起こしているかのような言い方までされた。

 組織で敵を作るとろくなことはない。本人からか労務部長からか、稲盛の動きが労働組合に伝わってしまったから大変だ。数日後、稲盛は人民裁判にかけられることになった。

 会社の玄関を入ったところに池があった。その脇に碍子(がいし)を入れる木箱をいくつも積み上げ、その上に立たされた。

 「ここに立っている男は、我々組合の善良なる仲間を、理由もなく懲戒解雇にしようとしている。そのような横暴は許せない」(『人生と経営』)

「人生と経営」
「人生と経営」

 という組合幹部の発言を皮切りに、稲盛を取り囲んでいる組合員たちが口々に彼をののしり始めた。

 稲盛は少しも臆することなく反論した。

 「みなさん、あなた方はこの男がどれほどいい加減な男であるか、それを知っていて弁護しようと言うのですか。それを知った上で、なおもこの男のほうが正しいと言われるなら、私はすぐにでも会社を辞めましょう」

 そう言って一歩も譲らなかった。その後も、稲盛は組合とことあるごとに対立していった。

 <京セラを創業した稲盛和夫名誉会長の半生記「思い邪(よこしま)なし」を、作家の北康利さんの執筆でお届けします。毎日新聞経済面との連動企画です。次回「思い邪なし70 一回目の辞職願(一)」>

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北康利

北康利

作家

1960年生まれ。東大法学部卒業後、富士銀行(現・みずほ銀行)入行。富士証券投資戦略部長、みずほ証券財務開発部長などを経て、2008年みずほ証券を退職し、本格的に作家活動に入る。著書に「白洲次郎 占領を背負った男」、「吉田茂 ポピュリズムに背を向けて」など。

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