良寛の像=新潟市の西大畑公園で2011年5月21日、川畑さおり撮影
良寛の像=新潟市の西大畑公園で2011年5月21日、川畑さおり撮影

スキル・キャリア思いを伝える技術

良寛さんの戒め「長すぎる話、自慢話、下品な言い方」

川井龍介 / ジャーナリスト

 作家の沢木耕太郎氏が「言葉もあだに」というエッセーで、つい余計なことを言い気まずい思いをした話を書いていました。銀座のバーで隣り合わせた音楽関係者らしき客と歌謡曲の話をするうちに、その人が高名な作詞家とも知らずに「最近はろくな作詞家がいない」と言い、さらに、その人が書いたかもしれない歌詞を「つまらない」と評してしまったというのです。

 このあと幸いにも沢木氏が好きだと言った歌が、この作詞家の作品だったこともあり、会話の続きが良い方に展開していったのでよかったのですが、この種の「不適切な発言」は、時と場合によっては大ごとになったと自戒を込めて沢木氏は書いています。

 酒が入ってつい口を滑らしたり、言わなくてもいいことを言ってしまうのはよくあることです。しかし、酒の勢いがなくても、毎日の会話やメールのやりとりで、ものの言い方や内容を、「しまった」と悔やんだり、「あれはまずかったんじゃないの」と言われて反省することがあります。他人の言動も同じです。

 くどい話、自慢げな言い方、人の話を遮ってしまうことなど状況はいろいろです。これらは昔からことわざなどに表れ、教訓として伝えられています。

良寛が残した「戒語」

 江戸時代後期の禅宗(曹洞宗)の僧侶、良寛が残した「戒語(かいご)」と呼ばれる箴言(しんげん=戒めとなる言葉)集は、コミュニケーションのうえで留意すべき事柄に満ちています。寺を持たず修行僧として草庵で暮らした良寛は、子供たちをはじめ人々に親しまれると同時に、多くの漢詩や和歌をよみ思いを込めました。

 思いやりのある言葉を意味する「愛語(あいご)」を尊重した良寛ですが、思いやりのない言葉を言わないようにすることも大切だとして残したのが「戒語」です。自筆のものと弟子の貞心尼がまとめたものを総称してこう呼ばれているようです。

 「戒語」について、作家の新井満氏が現代的な自由訳をつけて、「良寛さんの戒語」(考古堂書店)としてまとめています。全部で90項目になる、“注意事項”のような短い言葉(戒語)は、実にシンプルですが、訳が言葉を補ってその意味をわかりやすく説いています。

 読んで説教臭さを感じる人もいるかもしれませんし、今の世の中ではピンとこないものもあります。しかし、なるほどと反省させられることが多く、それでいて楽しく読めます。一例をあげれば、「さしでぐち」です。訳は「わきから口出しして、出しゃばってはいけません」となっています。

良寛(右)と弟子・貞心尼の像=新潟県長岡市の「良寛の里美術館」で2015年4月26日、桐山正寿撮影
良寛(右)と弟子・貞心尼の像=新潟県長岡市の「良寛の里美術館」で2015年4月26日、桐山正寿撮影

作家の新井満氏が90項目を解説

 新井氏は、この90項目について「ことばの使い方、会話の進め方に関する戒語」、「会話の内容やテーマに関する戒語」、「会話にのぞむ姿勢や品性に関する戒語」の三つに分類できそうだと言います。

 そして、全体を通して、戒語に託した良寛の思いとして、「何事も過ぎることは、いけませんね」(長すぎる話、早すぎる会話、大げさな話しぶり、など)、「自慢話はいけませんよ」、「品よく会話しましょう」という三つをあげています。

 90項目の一つに、「さとりくさきはなし」があります。「悟ってもいないのに悟りすましたような話しぶりは、いけません」という訳がついていますが、これなど冒頭の沢木氏の自戒の例と重なるところがあります。

 また、「おしはかりの事を 真事(まこと)になしていふ」というのもあります。これは「たぶんそうではなかろうかと、想像や推量で判断したことを、事実であったことのように話しては、いけません」という訳がついています。報道機関による誤報への戒めにもとれます。

 国会議員が沖縄での在日米軍機の事故について、「何人死んだんだ」というヤジを国会で飛ばしました。これなどは、あてはまる戒語がいくつもあるでしょうが、なにより「物いひの きはどき」でしょうか。新井氏の訳は「下品なしゃべり方は、やめましょう」です。

 <「思いを伝える技術」は、隔週水曜日に更新します>

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川井龍介

川井龍介

ジャーナリスト

1980年慶応大学法学部卒。新聞記者などを経てフリーのジャーナリスト、ノンフィクションライター。実用的な文章技術を説いた「伝えるための教科書」(岩波ジュニア新書)をはじめ「大和コロニー~フロリダに『日本』を残した男たち」(旬報社)、「フリーランスで生きるということ」(ちくまプリマ―新書)を2015年に出版。このほか「ノーノー・ボーイ」(ジョン・オカダ著、旬報社)の翻訳をてがける。

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