2028年の夏季オリンピック・パラリンピック(以下、五輪)の開催地として米ロサンゼルスが選出された。17年9月のことだ。ロサンゼルスでの夏季五輪開催は1984年以来となる。

 五輪成功の鍵、セキュリティーをどう担保するか、ロサンゼルスの現地メディアは開催地選出が見えてきた17年夏の段階で報じ始めた。

 実際、96年のアトランタ五輪時には開催中にアトランタ市内の公園で爆弾テロが発生、1人が死亡、111人が重軽傷を負った。犯人の男は別の爆弾事件にも関わり逮捕され、05年に終身刑の判決を受けた。

 01年9月の同時多発テロの翌年に開催されたソルトレークシティー冬季五輪では、セキュリティー予算が従来よりも増強された。爆発物や銃、テロなどの物理的な脅威だけでなく、電力や医療などの重要インフラへのサイバー攻撃にも備えなければならない。

ソルトレークシティー冬季五輪の会場の周りを警備する兵士=2002年2月4日、平田明浩撮影
ソルトレークシティー冬季五輪の会場の周りを警備する兵士=2002年2月4日、平田明浩撮影

情報共有の枠組みスタート

 サイバーセキュリティー強化の動きは既に始まっている。五輪対策に限定したものではないが、ロサンゼルス市は17年8月、サイバー攻撃に関する情報や対策についての知見を官民で共有するための枠組みを始めると発表した。

 この枠組みには中小企業も加わる。中小企業はヒト・モノ・カネが大企業より限られ、サイバーセキュリティー対策が取りにくい。その足元をついた攻撃が行われているためである。

 17年10月にはカリフォルニア大学バークレー校がロサンゼルス五輪組織委員会との協力の下、「五輪スポーツのサイバーセキュリティー 新しい機会と新しいリスク」というリポートを出した。五輪会場の運用はもちろんのこと、競技の結果を左右するようなリスクを想定した対応が必要だとしている。

リスクを予想したリポート

 こうしたリポートが出たのは、過去の五輪がサイバー攻撃を受けているからだ。16年9月、世界反ドーピング機関は、ロシアのハッカー集団が同機関のデータベースに侵入し、リオ五輪関係選手のドーピング検査結果など機密情報を盗み出してインターネット上に流出させたと公表した。

 12年のロンドン五輪では、開会式会場の電力システムがサイバー攻撃によって狙われていた。停電の可能性もあると英国の情報機関から開会式当日に五輪のサイバーセキュリティー責任者に警告の電話が入ったが、幸い回避できた。

ロンドン五輪の開会式=2012年7月28日、望月亮一撮影
ロンドン五輪の開会式=2012年7月28日、望月亮一撮影

 ロサンゼルス五輪開催は10年後だ。今後の技術革新とそれに伴うサイバー攻撃の変化を考え、このリポートはかなり踏み込んだ内容となっており、五輪を含め今後の主要スポーツイベントが直面すると予想されるリスクシナリオを挙げている。

 会場システムや採点システム、写真・画像の再生システム、選手の食事などのケアシステム、交通へのハッキング、入場許可情報の改ざん、テロや拉致を助けるためのハッキング、パニックを引き起こすようなハッキングである。

採点システムや映像がハッキングされる可能性

 例えば、デジタル化されているスポーツの採点システムや映像システムがハッキングされ、結果が改ざんされる可能性が指摘されている。また、入場許可情報が改ざんされ、誰が正規に入場許可を得ているのか分からなくなり、混乱が生じる可能性もあるとしている。

 同大学は対策として、万が一に備えたバックアップ、アナログとデジタルの併用によるダブルチェックを推奨する。コーチや観客、さまざまなシステムに関わる技師に至るまで何らかのデジタル技術を使う以上、サイバー攻撃のリスクと無縁ではあり得ないとリポートは主張している。

 リポートは、個別具体的な対策提言にまで踏み込んではいない。今後の主要スポーツイベントに関わる全ての人がサイバーセキュリティーで何らかの役割を担っていると認識を改めなければいけないと結んでいる。

    ◇    ◇

 ネットワークを通じてデータや金銭を奪い、停電などの物理的な被害ももたらすサイバー攻撃。私たちは知らないうちにその脅威にさらされています。「サイバー攻撃の脅威」は、毎週木曜日に掲載します。

松原実穂子

松原実穂子

NTTチーフ・サイバーセキュリティ・ストラテジスト

早稲田大学卒業後、防衛省で9年間勤務。フルブライト奨学金により米ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院で修士号取得。その後、米シンクタンク、パシフィックフォーラムCSIS(現パシフィックフォーラム)研究員などを経て現職。国内外で政府、シンクタンクとの意見交換やブログ、カンファレンスを通じた情報発信と提言に取り組む。

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