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鉄道会社のドル箱「通勤定期」テレワークで大逆風

エコノミスト編集部
 
 

 コロナ禍での移動自粛が、人を目的地まで安心・安全に運ぶという鉄道事業の根幹を揺さぶっている。鉄道はこれからどう変わるのか。週刊エコノミスト7月28日号の巻頭特集「コロナ禍 鉄道の悲劇」よりダイジェストでお届けする。【エコノミスト編集部・村田晋一郎】

通勤電車は不要なものに?

 「社員に通勤を頑張らせることは、本当に必要でしょうか?」――。7月上旬から首都圏で流れているIT企業のテレビCMの文言だ。都心のターミナル駅で大勢の利用者がマスク姿で通勤する姿が映し出され、コロナ禍での電車通勤への危機感をあおる。そして、多様な働き方の選択肢の一つとしてテレワークを推奨し、そのIT企業が提供するテレワーク用ツールをPRしてCMは終わる。

 見方によっては、「電車通勤は悪で、通勤電車は不要なもの」というイメージを助長しかねない。こうしたテレワークを進める動きは、鉄道会社にとっては強い逆風だ。

 ただでさえ、コロナ禍で各鉄道会社は大きな痛手を被った。4月および5月は多くの会社で鉄道収入が前年同月比で50~70%減少。学校の休校や企業の在宅勤務導入で通学・通勤の定期収入が減ったところに、移動の自粛で国内旅行が冷え込み、非定期収入も大きく減った。

 需要の戻りがどの程度になるかは見通せていない。鉄道会社は2021年3月期の業績見通しを公表できず、ほとんどの会社が配当予想を見送っている。

 
 

 苦境に追い打ちをかけるのが、コロナ第2波への恐怖とテレワーク推進の流れだ。これを機に働き方を見直す企業もある。

 コロナ禍以前からテレワークを積極的に推進してきた富士通は、国内約8万人のグループ社員を対象に、自宅や最寄りのサテライトオフィスで働くテレワークを基本の体制に切り替えた。7月21日付で通勤定期代の支給を廃止するという。富士通に追随する企業が増えてくると鉄道会社としては痛い。

郊外拠点駅の方が落ち込み少ない

 日本は少子高齢化、人口減少に向かう。沿線住民が減少し、将来的に鉄道収入の減少が見込まれることから、鉄道会社は鉄道事業以外の収益の柱をつくるべく、経営の多角化を進めてきた。

 もともと鉄道会社のビジネスモデルは、鉄道事業を基本としつつ拠点駅の周辺で、商業施設やホテルを営み、また沿線の不動産開発を行い、さらに観光地の整備やレジャー施設を設けて集客するビジネスを展開している。

 経営の多角化を進める上で、各社がそれぞれの強みを生かして、鉄道事業以外でもサービス向上に努めてきた。そして、今や全売り上げに占める鉄道事業の割合は、JR各社平均は66.7%、大手私鉄平均では29.8%にまで減少している。

 今回のコロナ禍は多角化した事業それぞれに影響を与えているが、今後に向けた光明もある。それが郊外の拠点駅周辺の事業だ。

利用客が少なく閑散としたJR東京駅・八重洲口(2020年4月)
利用客が少なく閑散としたJR東京駅・八重洲口(2020年4月)

 緊急事態宣言下の自粛期間中に都心へ向かう人の移動は大きく減少し、都心の駅周辺の商業施設は大きく売り上げを落とした。逆にこれまで郊外から都心のターミナル駅まで買い物に来ていた層が、都心に出るのをやめ、近隣の拠点駅周辺の商業施設で買い物を済ませる動きがみられた。そのため、都心の商業施設よりも郊外の拠点駅の商業施設のほうが売り上げの落ち込みが少なく、また回復も早い。

 例えば、小田急電鉄について、小田急百貨店の4月、5月の売り上げは新宿店が前年同月比81.3%減、同72.8%減で推移したのに対し、藤沢店(ODAKYU 湘南 GATE)の売り上げはそれぞれ同55.2%減、同52.9%減で推移。新宿店に対して藤沢店の落ち込みは少なかった。

 また、西武鉄道について、西武ホールディングス(HD)広報によると、駅商業施設の売り上げは、4月は都心が前年同月比約90%減、郊外駅が同約50~60%減だったのに対し、6月は回復して都心が同約30~50%減、郊外が約10~20%減で推移している。郊外の落ち込みが少なかった要因は、地元密着型、生活密着型の店舗構成となっていることが大きいという。

新たな事業の掘り起こし

 一方、テレワークが進むとしても、すべての人が自宅で業務を行うわけではない。自宅近隣のサテライトオフィスを活用するならば、鉄道会社に事業機会が生まれる。郊外駅周辺にサテライトオフィスやテレワーク用のシェアオフィスの設置が進む可能性がある。

 テレワーク用の施設は、首都圏でJR東日本が駅ナカシェアオフィス事業「STATION WORK」を展開している。JR東日本広報によると、現在は都心部の駅が中心だが、郊外のベッドタウンの駅への展開も予定しているという。こうした動きが大手私鉄でも広がれば、郊外の拠点駅での需要創出になる。

 今後はこうした地域の需要を掘り起こしていくことが、移動減少によるダメージの補塡(ほてん)につながる。そのため郊外の拠点駅の重要性が高まっていくだろう。

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 この記事は、週刊エコノミスト7月28日号の巻頭特集「コロナ禍 鉄道の悲劇」の記事をウェブ用に編集したものです。連載「週刊エコノミスト・トップストーリー」は原則、毎週水曜日に掲載します。

週刊エコノミスト7月28日号

 
 

藤枝克治編集長率いる経済分野を中心として取材、編集するチーム。経済だけでなく社会、外交も含め幅広く取材する記者の集団であり、各界の専門家にコラムや情報提供を依頼する編集者の集団でもある。