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「若いうちから乳がん検診」は有効か

中村好見 / 毎日新聞 医療プレミア編集部

今解きたいがん治療の誤解【中編】

 北斗晶さんが乳がんを告白し、「若かろうが年を取っていようが乳がん検診に行ってください」と呼びかけ、乳がん検診を実施している病院への問い合わせが増えているといいます。ただ、日本の自治体などの乳がん検診の対象は40代以上。20〜30代の若い世代の検診は有効なのでしょうか。そして日本のピンクリボン運動の問題とは。誤解の多いがん予防や治療について、前回に引き続き日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科教授の勝俣範之医師に聞きました。

がん検診のメリット、デメリットを正しく知る

 −−北斗さんについては、乳がん検診を受けた後にがんが見つかったことも話題になりました。乳がん検診は結局、有効なのでしょうか。

 北斗さんの件に関して、私たちが学ぶべき重要なことがあります。それは「検診には限界があることを知る」ということです。まず、がん検診が有効ながんと、そうでないがんがあります。現在、検診の有効性がある程度科学的に示されているのは「大腸がん」「子宮がん」「乳がん」「肺がん」「胃がん」−−の五つです。さらに有効性が示されているがんでも、北斗さんのように、検診によって100%がんを見つけられるわけではありません。毎年検診を受けていても、数カ月で大きくなるがんもあります。それなのに「検診さえしておけば、がんは早期発見、早期治療できる」というような誤解を与えるキャンペーンや報道が多いと感じています。

20〜30代の検診の有効性は示されていない

 また検診の有効性は、年齢によっても議論があります。日本の乳がん検診は40代以上が対象です。一方、米国予防医療作業部会は2009年、それまで推奨していた40代のマンモグラフィー(乳房X線撮影)は、大規模追跡調査の結果、ほとんど効果がないので推奨しないという勧告を出しました。閉経前で乳腺密度が高い40代は、検診の精度が下がります。不必要な放射線照射や組織検査、過剰診断(※注)、過剰治療を受けて、無用な不安をかきたてられるデメリットの方が大きいという判断でした。アジアでは欧米より、閉経前乳がんのリスクが高いなど人種による違いもあり、お隣の韓国は日本と同じく40代から、カナダや英国では50代からと、国によって対応は分かれています。大切なのは検診のメリットとデメリットを正しく知った上で、選択することです。一方、20〜30代の検診の有効性は科学的に示されていません。デメリットをきちんと伝えることなく「若いうちからがん検診を受けよう」と呼びかけることは、控えるべきでしょう。ただ、家族歴や気になる症状がある人は乳腺専門医に相談し、検査を受けるべきかどうか検討してください。

日本のピンクリボン運動の問題とは

 −−今月は乳がん月間で、ピンクリボン運動などが展開され、盛んに検診が呼びかけられています。

 この時期が近づくと、正直憂うつになります。それは日本のピンクリボン運動が、「早期発見、早期治療」、つまり検診の啓発しかほとんどしないからです。ピンクリボン運動は米国で始まりましたが、検診については実はあまり強調されていません。「乳がんに対して理解を深める」というキャンペーンです。寄付金は、検診の啓発ではなく乳がんの治療研究に主に使われます。2013年の国民生活基礎調査によると、2012〜13年の2年間で日本の40〜60代の乳がん検診率は43.4%。70%以上が並ぶ欧米に比べるととても低い。だから検診率を上げるのは重要ですが、啓発だけでは効果が十分でないのは明らかでしょう。行政が検診台帳を整備して、乳がん検診を受けていない人への呼びかけを徹底すべきです。

 日本ではあまりに検診についてばかり言うので、検診せずにがんにかかった患者さんは「検診しなかった私が悪い」と思うようになりますし、周りの人も「検診しなかったから悪い」というレッテルを貼るようになります。若年性乳がんの患者さんもいます。がんになったことが悪いことをしたかのように扱われるのはどうか、と思います。

 −−レッテル貼りについては、がんに関する報道が増えた後、「がんになるような食生活や生活習慣だったのでは」「体を温めていたらがんにならなかったのに」「無用なマンモグラフィーを受けて被ばくしたせい」などの言説がSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)上などにあふれました。

「ピンクリボンキャンペーン」でライトアップされた清水寺の仁王門(左)と三重塔(右奥)=小松雄介撮影
「ピンクリボンキャンペーン」でライトアップされた清水寺の仁王門(左)と三重塔(右奥)=小松雄介撮影

 そういった情報は誤解を広げ、がん患者さんを助けるどころか傷付けるだけですね。がんは、家族歴も関係します。また、マンモグラフィーのデメリットは述べた通りですが、50〜60代は受けた方が、死亡率が下がることが科学的に示されています。また1回の撮影で乳房が受ける放射線の量(0.05ミリシーベルト)は、一般の人が1年間に受ける自然放射線量(2.4ミリシーベルト)の50分の1程度です。不必要な放射線は受けるべきではありませんが、健康影響はほとんどないと考えてよいと思います。今、大切なのは「がんは誰でもなる病気。がん患者さんを応援しよう。がん患者さんが安心して暮らせる社会を目指しましょう」という運動で、それが本来、ピンクリボン運動が目指すべき姿ではないでしょうか。

※注 過剰診断:検診では、健康に影響はなく、微小でその後も進行がんにはならないがんを見つける場合があります。これを「過剰診断」といいます。ただ今のところ、このようながんと普通のがんを区別することはできません。

   ×   ×   ×

 次回は、なぜ、科学的根拠のないがん情報が広まってしまうのか、インターネットやメディアの問題、また医療不信について聞きます。

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【プロフィル】

勝俣範之(かつまた・のりゆき):日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科教授

1963年生まれ。88年、富山医科薬科大学卒業。国立がんセンター中央病院内科、同薬物療法部薬物療法室医長を経て、ハーバード大学公衆衛生院留学。その後、国立がん研究センター中央病院乳腺科・腫瘍内科外来医長、11年より現職。専門は、内科腫瘍学全般、抗がん剤の支持療法、臨床試験、EBM(根拠に基づく医療)、がん患者とのコミュニケーション、がんサバイバー支援など。著書に『「抗がん剤は効かない」の罪』(毎日新聞社)『医療否定本の嘘』(扶桑社)がある。

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中村好見

中村好見

毎日新聞 医療プレミア編集部

なかむら・よしみ 1984年生まれ。2008年に毎日新聞社へ入社、高松支局などを経て14年にデジタルメディア局異動。ニュースサイトの編集に携わり、新しいニュースの見せ方、伝え方について日々研鑽中。幼少時に家族がくも膜下出血で倒れた経験から、医療とそれを取り巻く社会問題に興味を持つ。

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