医療プレミア実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

「子供のころかかったはず」の風疹抗体が消える謎

谷口恭 / 太融寺町谷口医院院長

理解してから接種する−−「ワクチン」の本当の意味と効果【6】

 「風疹に感染したことがある」という人の抗体検査をしてみると、抗体がないということがときどきあります。なぜなのでしょう。「(「子供のころに風疹に感染した」と言っている)あなたのお母さんが勘違いをしているんじゃないの?」なんて失礼なことは言えません。実は、私の“勘”ですが、こういうケースでは「お母さんの勘違い」ではなく、本当に医師が風疹であると「診断」し、そう患者さんや家族に伝えているケースが多いと思います。

風疹の“誤診”例(1) 実際は他の病気である可能性

 つまり、医師が「誤診」している可能性です。多くの場合、現在の大人が子供のころの風疹感染の話をしているのですから、数十年前のことです。現在と比べて当時は検査技術がそれほど発達していませんでしたし、医師の診断の手法、姿勢も違いました。何でもかんでも検査に頼る現代の医師と異なり、昔の医師は視診(目で見える症状で判断すること)だけで診断をつけていました。今でも検査をせず、問診と視診だけで風疹の診断をつける(これを「臨床診断」と呼びます)医師もいるはずです。実際、医師が風疹を診断したときに地域の保健所に提出しなければならない「届出用紙」には(1)検査診断例、(2)臨床診断例のどちらかに〇をつけなければなりません。検査をして診断をつけた場合は(1)に〇をつけ、検査をせずに診断をつければ(2)に〇をします。つまり、問診、視診による診断は今でも何ら間違った診断法ではありません。

風疹と麻疹(はしか)のワクチン接種を受ける子供=岩手県大槌町の同町役場仮庁舎で=2011年5月30日、兵藤公治撮影
風疹と麻疹(はしか)のワクチン接種を受ける子供=岩手県大槌町の同町役場仮庁舎で=2011年5月30日、兵藤公治撮影

 しかし、風疹はいかなるケースも視診と問診だけで診断がつけられるのかというとそう簡単な話ではありません。典型的な症例であれば診断は比較的容易ですが、なかには伝染性紅斑(リンゴ病)、手足口病、猩紅(しょうこう)熱、突発性発疹といった感染症や、川崎病、薬疹、全身性の湿疹やじんましんなどとの鑑別に悩むこともあります。つまり、結果としてこういった風疹でない疾患が風疹と「誤診」され、それを聞いたお母さんが風疹にかかったと思っているケースがそれなりにあるのではないか−−というのが私の「仮説」です。

「かかったはず」でも抗体検査がお勧め

 私は「誤診」をした昔の医師を非難しているわけではありません。精度の高い検査法がないのであれば経験に頼るしかありませんし、そもそも風疹は子供がかかってもほとんどは重症化しませんから(麻疹とは異なります!)、乱暴な言い方に聞こえるかもしれませんが、風疹を含めて「何もしなくてもいい軽い病気」と「重症性疾患」との鑑別ができればそれでいいのです。これが、もしも放っておいてはいけない病気、たとえば川崎病だったとしたらそれは問題です(とはいえ、初期段階の川崎病の診断をつけることは困難なのですが……)。

 ただ、子供の頃の診断が「誤診」であったとしてもそれでいいのですが、成人してから「抗体があるはず」と思い込むのは問題です。ですから、私は「かかったことがある」という人にも抗体検査を勧めているのです。

風疹の“誤診”例(2) 「こんな風疹もあるのか!」という例

 さて、ここからはこの「逆」のパターンを考えてみたいと思います。つまり、本当は風疹なのに別の病気と「誤診」されていないか、です。結論から言えば、これは「十分にある」と思います。自信を持って言うようなことではありませんが、私自身も「風疹は100%見逃さない」とはとても言えません。例をあげましょう。

【症例1】32歳男性

 数日前から発熱と皮疹(ひしん)。次第に悪化してきたため受診。受診時、倦怠(けんたい)感が強く会話も困難。熱は41.2度。顔面を除く全身に1cm程度のかゆみのない皮疹。頚部リンパ節の腫脹(しゅちょう=腫れ)を認める。

 私はこの男性をみたとき、まず麻疹を疑いました。他に鑑別に挙げたのが、薬疹、急性HIV感染症、マラリア、デング熱などで、風疹はまったくの「ノーマーク」でした。風疹がこんなに重症化するはずがないと判断したからです。しかし、私にとって幸運だったのは、最近東南アジア渡航で風疹に罹患する症例が増えてきているという情報が私に入っていたことです。そういうこともあって「まさか」と思ったものの、風疹IgM抗体を計測すると陽性。これは風疹ウイルスに感染すると体内で最初に作られる抗体です。これで風疹「確定」です。

 この症例の診断が付けられたのは、たまたま「風疹が流行しだした」という最新情報が入ってきたからです。そして、風疹はかなり重症化しても何の後遺症もなく治癒します。実際この症例も数日後には、あれほどの苦痛が“夢”であったかのように完治しました。治癒してしまえば再診されないでしょうから永遠に診断がつくことはありません。

 もうひとつ例をあげましょう。

【症例2】28歳女性

 数日前から両側上肢(左右の腕)に薄い皮疹が出現した。痛みもかゆみもなく放置していたが消えず、「見た目」が気になって受診。皮疹以外の症状はなく元気で食欲もある。

 湿疹であればかゆみが伴うのが普通ですし、重症感はまったくありませんが、季節は夏でしたから、女性の腕は「見た目」が気になるところです。通常このような軽症例では採血はおこないません。無駄な検査はおこなわない、というのが私のポリシーです。しかし、この皮疹はどこか気になります。熱のない伝染性紅斑や手足口病の可能性はあるかもしれません。不安の強い患者さんの「採血してください」という言葉もあり、結局採血をおこないました。このときも風疹は完全にノーマークでした。

風疹ウイルスの電子顕微鏡写真=米疾病対策センター(CDC)ウェブサイトより
風疹ウイルスの電子顕微鏡写真=米疾病対策センター(CDC)ウェブサイトより

 しかし、結果をみて驚きました。「異型リンパ球」の数が上昇していたのです。これは、何らかの感染など体が外敵からの攻撃を受けてリンパ球が活性化し、形状が変わったもの。通常、体が正常であれば認められません。このとき肝機能異常も同時に認めれば過去に紹介したキス病やサイトメガロウイルス感染症を真っ先に疑うのですが、肝機能は正常。となると、疑うべきはHIV、結核、麻疹、風疹など。全例ではありませんが風疹でも異型リンパ球が上昇することがあります。問診からHIV、結核などは可能性が低いと考え、風疹IgM抗体を計測すると陽性。これで「確定」です。

軽症にも重症にも……振幅の大きな風疹の症状

 このケースでは患者さんの「採血してください」という言葉がなければ採血していなかったかもしれません。しかし、発熱がなく、リンパ節の腫れもなく、腕に限定して薄い皮疹が出るだけの風疹とは……。成人の風疹は子供と異なり「重症」になることもあれば、逆に「軽症」で済むこともあるようです。

 昔の医師だけでなく、私を含めて現在の医師も風疹の「誤診」はしばしばあることなのかもしれません。

ワクチンシリーズ第1回はこちら

医療プレミア・トップページはこちら

谷口恭

谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト

イチ押しコラム

人類史からひもとく糖質制限食

糖質含むカロリー制限食では糖尿病を防げない?

 福岡県久山町は、福岡市の東に隣接する人口約9000人の町です。九州大大学院のチームが1961年以来、40歳以上の町民を対象に脳卒…

無難に生きる方法論

高齢化で深刻さ増す「心疾患の終末期ケア」

 私の専門分野である循環器科をめざす若い医師が減っているという。循環器科の治療対象は心血管の病気、いわゆる心筋梗塞(こうそく)や大…

旅と病の歴史地図

「海外出張183日」高裁が過労死を認めた理由

 ◇首相の外遊は過重労働? 政治家の海外出張を「外遊」と呼びます。その字を見ると遊びのようにとられますが、この「遊」は「旅」を意味…

超高齢化時代を生きるヒント

「痛みと医療費」二重に苦しむ若年がん患者たち

 高齢化社会をどう生きるか、高齢化社会を支える仕組みが今後どうなるのか--本連載はこれらを中心にお伝えしていますが、若い人から「高…

医をめぐる情景
ドクターヘリで搬送され、救命救急センターに移される負傷者=ドラマのロケ地でもある千葉県印西市の日本医科大千葉北総病院で

障害があっても強く生きる患者と、勇気もらう医師

 ◇ドラマ「コード・ブルー-ドクターヘリ緊急救命-」第3シーズン(2017年) 事故で突然、大切な身体機能を失うことがある。不意に…

Dr.林のこころと脳と病と健康

演技性パーソナリティー障害のうそが肥大する土壌

 ◇うそつきは病気か【5】 自分を実際よりよく見せるためにうそをつくのは、誰でもある程度までならすることです。ではそういう普通の人…

Dr.米井のアンチエイジング・セルフチェック チャートでわかる、あなたの機能年齢 北海道大学COI×医療プレミア