クスコで出会った先住民。薬草の話をしてくれた
クスコで出会った先住民。薬草の話をしてくれた

ペルー・クスコ:古都の市場にて

 クスコの市場で、手が何本も生えた干からびたヒトデを発見した。黄色と紫のヒトデが、窓から差し込む光で怪しく輝いている。ヒトデが生息する海からクスコまで、直線距離でも500kmは離れている。しかもここは標高3400mもある山の上。もしかして、インカの人たちはヒトデを食べていたのか? もしかすると、薬なのか? なぜヒトデが、こんな山奥で売られているのか−−。

高山の市場にヒトデを買いに来る人は…

 頭の中で「なぜ?」が渦巻いて、ヒトデを売っている店員に疑問をぶつけてみた。勢いよく熱く尋ねたせいか、店員はしばらく両手をあげて驚いた顔をしたあと気を取り直し、得意気に「これはシャーマンがセレモニーで使うものですよ」と返してきた。シャーマンとは巫女(みこ)や祈祷師(きとうし)のような宗教的職能を持つ人のことだ。「えっ、シャーマンが市場に買いに来るのですか!」と思わず大きな声を出すと「大勢やってきますよ」と、ごく当たり前のように答えた。店を見渡すと、ヒトデの周りにはカラフルな石が雑多に置かれ、手前に巨大な柱サボテンが並べられていた。ここはシャーマン御用達の店なのだ。そういえばペルーに来る前の日に、エクアドルの博物館の学芸員が「クスコの近くには、シャーマンが大勢暮らす村がある」と話していたことを思い出した。

シャーマンの看板が立ち並ぶ村

 市場で紹介してもらったタクシーに乗り込むと、ドライバーが「シャーマン村はとても有名ですよ。ブラジルやアメリカなどから大勢の観光客がやってきて、大型バスで村に乗りつけるほどです」と運転しながら話しかけてきた。シャーマンに詳しそうなので「シャーマンが使う薬草の話を聞きたいのですが、知りあいにシャーマンはいますか?」とストレートに質問してみた。するとドライバーはすぐに顔見知りのシャーマンに電話をかけ始め「セレモニーなしで20米ドルだそうです」と教えてくれた。かなりビジネス化したシャーマンだな……と思いながらも、好奇心がわいてきた。

 町を出発して約30分、タクシーは砂ぼこりの巻き上がる横道へ入り、目的地の村に到着した。村のあちこちにシャーマンの看板が出ていた。閑散とした村の建物の間を、女性に引かれた馬が通り過ぎていく。いよいよシャーマンと対面するときがきた。動物の骨をかぶって登場するのだろうか。緊張が高まる。

シャーマンはポロシャツ姿で現れた

 ドアがゆっくりと開き、迎え入れてくれたのは、意外にもポロシャツを着た普通の男性だった。「私の名前はヨハンです。どうぞお入りください」。足を踏み入れた瞬間、部屋の薄暗さと、とどまった空気の重さを感じた。

 「たくさんのシャーマンの看板を見かけましたが、この村には何人のシャーマンがいるのですか?」と尋ねると、ヨハンは「だいたい30人ほどのシャーマンが住んでいます」と静かに答えた。部屋には窓が一つもなく、小さな電球とろうそくをともした明かりだけが頼りだ。暗さに目が慣れ、部屋の様子が徐々に見えてくる。ヨハンが座る後ろの壁には南米に生息するネコ科の猛獣、ジャガーの大きな毛皮が張り付けられ、鳥の羽、乾燥した植物やヒトデ、サンゴ、十字架も並ぶ。棚にはたくさんの石が置かれ、すぐそばの壁には何枚ものキリストの絵があった。

伝統的な薬草のスペシャリスト

 部屋の空気が循環していないので、息苦しい。「薬草について調べているのですが、シャーマンがよく使う薬草はなんですか?」と聞くと、ヨハンはたくさんの植物の中からどれにしようかと選び出し、一つを手に取った。

 「ムニャといいます。ペルーの北ではチャンクアと呼んでいます。葉をお茶にして飲むと、胃痛が解消されるんです。子どもの額に貼って、邪気や病の気が入ってこないように守ることにも使います」。大きく目を見開いて話すヨハンの口ぶりは妙に説得力がある。ムニャはベネズエラから南米アンデスのボリビアまで広く分布しているという。胃腸の中にたまったガスを排出する効果があり、ペルーでは消化薬としてよく使う。調べてみると、鎮静効果もあって骨や歯に良く、ペルーの伝統料理にもよく使われているようだ。メントールが含まれ、エッセンシャルオイルとしても有効という。

 身ぶり手ぶりをまじえて、10種類ほどの薬草について話してくれたところで、そろそろ帰ることにした。これ以上この空間に長居をすると、何かに取りつかれてしまうような気がしたのだ。いくつか薬草を譲り受け、シャーマン村を後にした。

 うわさにたがわず、シャーマンが知る薬草の知識はすごかった。近代西洋医学が入ってくる前までの何千年という間、シャーマンは村で病をいやすスペシャリストとして、尊敬を集めてきたに違いない。現在でも廃れたわけでなく、西洋医学から見放された病を患う人が、ここペルーでは最後の砦のようにシャーマンを訪ねてくる現実がある。

「邪気」を払い快眠へいざなう薬草

 翌朝、シャーマンから譲り受けた薬草を持って、クスコの町へ出かけた。小さな女の子を連れた先住民の母親がいたので、さっそくそのうちの一つの薬草を取り出して声をかけた。「この植物を知っていますか?」「もちろんよ。サチャ・セドロンでしょ」

 サチャ・セドロンは、英名レモンバーベナともいい、日本でも手に入る。和名はコウスイボクだ。レモンのような爽やかな香りが不眠症に有効だという。また、お茶にして飲むことも多く、胃腸の調子を整え、消化を促進する作用がある。神経の緊張や不安を和らげる鎮静効果、さらに気管支の炎症を抑える働きもあり、子どもだけではなく、大人にも有用な薬草だ。母親は9カ月のステファニーちゃんを膝にのせ「額に貼ると邪気を追い払ってよく眠るの。小さな子どもにはよく使うわよ」と言いながら、サチャ・セドロンの葉の片面を少しなめて、ステファニーちゃんの額にペタッと貼り付けた。手慣れたものだ。ペルーやチリ、アルゼンチンが原産というだけあり、クスコでもとてもポピュラーなようだ。

 薬草本来が持つ鎮静作用が、シャーマンの宗教的力と結びついて、神聖な「邪気払い」の効果を引き出しているのだろう。薬草の故郷ならではの身近で神聖な使い方だ。

 次回は「インカの失われた都市」マチュピチュの森で出合った薬草を紹介する。

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鷺森ゆう子

鷺森ゆう子

エスノ・メディカル・ハーバリスト(民族薬用植物研究家)

さぎもり・ゆうこ 神奈川県生まれ。動物専門学校看護科卒。日本大学英文学科卒。1994年より動物病院で獣医助手として勤務する。同時に海や川の環境保全を行う環境NGOに携わり、海洋環境保全に関するイベントの運営などを行う。また中米のベリーズを訪れ、古代マヤ人の知恵を生かしたナチュラルメディスンに触れ、自然の薬に、より関心を持つようになる。このような体験を会報誌へ執筆する。95年から1年間、東アフリカのケニアにて動物孤児院や、マサイ族の村でツェツェフライコントロールプロジェクトのボランティアに参加する。このときサバンナでは、マサイ族直伝のハーブティーなどを体験する。帰国後は再び環境NGOなどに関わりながら、国内での環境教育レクチャーや、中米グァテマラの動物孤児院にてボランティア活動を行うなど、野生生物と人との共生について探求する。2006年から野生生物の生きる環境や、世界の自然医療の現場を巡る。

藤原幸一

藤原幸一

生物ジャーナリスト/NATURE's PLANET代表

ふじわら・こういち 秋田県生まれ。日本とオーストラリアの大学・大学院で生物学を学ぶ。現在は、世界中の野生生物の生態や環境問題、さらに各地域の伝統医学に視点をおいて取材を続けている。ガラパゴス自然保護基金(GCFJ)代表。学習院女子大学・特別総合科目「環境問題」講師。日本テレビ「天才!志村どうぶつ園」監修や「動物惑星」ナビゲーター、「世界一受けたい授業」生物先生。NHK「視点論点」「アーカイブス」、TBS「情熱大陸」、テレビ朝日「素敵な宇宙船地球号」などに出演。著書は「きせきのお花畑」(アリス館)、「森の声がきこえますか」(PHP研究所)、「マダガスカルがこわれる」(第29回厚生労働省児童福祉文化財、ポプラ社)、「ヒートアイランドの虫たち」(第47回夏休みの本、あかね書房)、「ちいさな鳥の地球たび」(第45回夏休みの本)、「ガラパゴスに木を植える」(第26回読書感想画中央コンクール指定図書、岩崎書店)、「オーストラリアの花100」(共著、CCCメディアハウス)、「環境破壊図鑑」(ポプラ社)など多数。

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