リオデジャネイロ五輪が閉幕して、3週間近くがたち、現地時間7日にはパラリンピックが開幕しました。また眠れない日が続きそうですね。今回の五輪、数々の名シーンがありましたが、中でも五輪精神を象徴するような場面が、陸上女子5000m予選のレースでありました。

 アメリカのアビー・ダゴスティノ選手とニュージーランドのニッキ・ハンブリン選手が接触して転倒、起き上がれずに泣き出したハンブリン選手に、先に立ち上がったダゴスティノ選手が「立って! ゴールに向かおう!」と声をかけ抱き起こしたのです。その後、脚を負傷していることが分かったダゴスティノ選手を、逆にハンブリン選手が励まし、共に完走しました。今回は、この2人に象徴される「助け合いの心」を起こすホルモンの一つ「テストステロン」についてお話しします。

リオデジャネイロ五輪・陸上女子5000m決勝で力走するニュージーランドのハンブリン選手(左から2人目)。予選で米国のダゴスティノ選手と接触、転倒し、決勝進出はならなかったが、両選手とも救済措置で決勝に出場した(ダゴスティノ選手はけがのため棄権)。左から3人目は日本の上原美幸選手=リオデジャネイロの五輪スタジアムで2016年8月19日、小川昌宏撮影
リオデジャネイロ五輪・陸上女子5000m決勝で力走するニュージーランドのハンブリン選手(左から2人目)。予選で米国のダゴスティノ選手と接触、転倒し、決勝進出はならなかったが、両選手とも救済措置で決勝に出場した(ダゴスティノ選手はけがのため棄権)。左から3人目は日本の上原美幸選手=リオデジャネイロの五輪スタジアムで2016年8月19日、小川昌宏撮影

助け合いの心を生むホルモン「テストステロン」

 テストステロンは、男性ホルモンの一つです。誤解しやすいのですが、男性の体でも女性ホルモンは分泌され、同様に女性でも男性ホルモンが分泌されます。以前は、男性には男性ホルモンしかない、女性には女性ホルモンしかない、と考えられていたのですが、最近は全く異なると分かっています。

 テストステロンは、女性でも男性でも運動に関係する重要な役割を果たしています。たとえば筋肉を強くする、運動をしようという意欲をもたらすなどの役割です。そして助け合いの気持ちを抱くのも、テストステロンの作用なのです。

 相手に対する気持ちにかかわるホルモンは、男性ホルモンにも女性ホルモンにもありますが、その方向性が少し違います。たとえば「愛」に関する作用では、女性ホルモンは家族などの身近な存在に対する愛を示すのに対し、男性ホルモンは、地球全体とか、仲間全体とか、かなり広い視野の愛を担当します。

 その意味で、テストステロンも男性ホルモンらしい作用をします。カードゲームでフェアな判断をする人はテストステロン値が高いことを明らかにした実験があります。昔は、テストステロン値が高いと性的異常であるとか、暴力的であるという大きな誤解がありましたが、実際にはテストステロン値が高い人は助け合い、協調性、フェアといった特徴がある行動を取ります。スポーツでのフェアプレーもテストステロンの作用の表れでしょう。ダゴスティノ、ハンブリン両選手の例は、テストステロン値の高い人が見せる行動の好例と言えます。

よい競技成績を出すにはテストステロンが必要

 そして我々の研究では、テストステロン値の高い人は、競技成績でもよい結果を残すことが分かっています。市民ランナーを集めて、テストステロン値と大会での成績を調べてみました。するとテストステロン値が高い人ほど、自己ベストを出す傾向が高かったのです。また過剰な練習をするとテストステロン値は下がります。適度な休憩を交えるとテストステロン値は高いまま維持でき、そうして試合に臨めば結果もよくなりました。

 オリンピックに出るレベルの選手は、本番までに綿密に計算して、練習量に緩急をつけています。これをスポーツの用語で「テーパリング」と言い、具体的には試合に向けて徐々に練習量や頻度を減らしていき、試合当日をベストの体調にすることを指します。我々の研究に基づきマラソンに限って言うなら、3週間ぐらいランニングをしたら1週間ほどのんびり休むことをお勧めます。また3カ月しっかり練習をしたら、1カ月はゆるめの練習にした方がいいでしょう。こうすると、練習中に刺激を受けた筋肉が休憩中にリカバリーをして、そのことが結果的にテストステロンの分泌を高めます。

 エリート選手の多くは3週間しっかり練習し、試合直前にリカバリーの時期を入れていきます。このリカバリー期にテストステロン値の高い選手ほど、よい記録を残すのです。助け合い、互いに感謝したダゴスティノ選手、ハンブリン選手は共に上手に試合前の調整をして、テストステロン値を維持したのでしょう。

世界を視野に語り合うことで、テストステロン値を高く

 このことはスポーツに限る話ではありません。日常生活でもテストステロン値を高く維持することができます。私からの提案は、「大きな視野での会話をすること」です。今、世界では、戦争、テロ、貧困、差別など日本では想像しにくいさまざまな問題が日常的に起きています。地球儀を片手に、そんな話題でお子さんと会話をするだけでも、テストステロンの分泌は高まり、「助け合いの気持ち」を生むことができるでしょう。試してみてください。

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奥井識仁

奥井識仁

よこすか女性泌尿器科・泌尿器科クリニック院長

おくい・ひさひと 1999年東京大学大学院修了(医学博士)後、渡米し、ハーバード大学ブリガム&ウイメンズ病院にて、女性泌尿器科の手術を習得する。女性泌尿器科とは、英語でUrogynecology。“Uro”は泌尿器科、“Gynecology”は婦人科を意味し、“Urogynecology”で、両科の中間にあたる部門という意味がある。都内の複数の大学病院から専門領域の診療に関する相談を受けながら、「よこすか女性泌尿器科・泌尿器科クリニック」を運営し、年間約800件の日帰り手術を行っている。水泳、マラソン、トライアスロンなどのスポーツ、音楽(サックス演奏)が趣味で、さまざまなスポーツ大会にドクターとして参加している。著書に「人生を変える15分早歩き」「ドクター奥井と走るランニングのススメ」(いずれもベースボールマガジン社)など。

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