病気を知る40代からのアクティブ体づくり講座

終末期リハビリで前向きに生きる力を

萩野浩 / 鳥取大学教授

リハビリテーションで「全人間的復権」【4】

 がんなどで、死期が迫る終末期の患者さんにもリハビリテーション(リハビリ)が行われていることは知っていますか? 生きていくために機能回復・維持を目的にする「リハビリ」と「終末期」の組み合わせは、一見矛盾するように見えますが、それは違います。リハビリは、このシリーズの初回「機能回復だけではないリハビリの役割」で説明したように、患者さんのQOL(Quality Of Life=生活の質)を最大限に引き上げ、「人間としての尊厳」を保つことを目指すものです。終末期においてもそれは、変わりありません。さらに、終末期のリハビリでは、機能の回復や維持ばかりではなく「最期まで生きる力を持ち続ける」という見えない効果も期待されています。シリーズの最終回は、終末期の患者さんに対するリハビリについて、あり方や意義について紹介します。

患者さんの安寧と高いQOLが目的

 人生の最後、終末期におけるリハビリは、主治医▽リハビリ担当医▽看護師▽作業療法士▽薬剤師--など、複数の職種の支援者がチームを作って行われます。私自身がリハビリ医を担当する、鳥取大学医学部付属病院のような急性期病院のほか、自宅や施設など、いかなる場所においても行われており、「患者さんが安寧に過ごし、いかにその人自身が持つべき高いQOLを得るようにしていくのか」ということに主眼が置かれています。

 終末期のがん患者のリハビリについて紹介します。終末期を迎えたがん患者は、一般的には、痛み▽倦(けん)怠感▽体重減少▽食欲不振▽吐き気▽便秘▽呼吸困難▽不眠--などの症状が表れます。これらの症状が起きると、体全体の運動機能が低下しますし、できなくなることが一つ増えると、さらにできないことが増えていく--という悪循環に陥ることが多いのです。このような悪循環が、患者さんのQOLの低下を招いていきます。

 死ぬ間際まで、自分で料理を食べて、トイレにも行ける--。リハビリを行うと、このような基本動作が亡くなる間際まで継続できる可能性が高まります。「寝たきりにならず、QOLを維持したままで、人生の最期まで人としての尊厳を保ちたい」。これは、多くの人が希望とする状態ではないでしょうか。

基本動作を維持する

 終末期のリハビリでは、日常の基本動作が自力で継続できるよう、ベッドに座る▽ベッドから立ち上がる▽トイレまで歩く--などの動作について、トレーニングし、リハビリのスタッフの補助を受けながらもできるだけ自力で行えるようにします。症状が進む前からリハビリを始めれば、この基本の動作が継続できるようにすることが可能です。

 終末期のリハビリの対象は、がん患者だけに限りません。重度の心不全患者や慢性呼吸器疾患(COPD)▽肝硬変▽腎不全▽ALS(筋萎縮性側索硬化症)--など、症状が徐々に進行して、苦しみを伴い死に至る疾患はもちろんのことですが、全ての疾患が対象となります。

 例えば、末期の心不全は、肺のうっ血による呼吸困難と顔や手足などがむくむ浮腫に苦しむケースを多くみかけます。合併症で肺炎を併発し、呼吸しづらい中、亡くなります。終末期のリハビリでは、その人らしく、安らかに過ごしてもらうことを目的としていますから、呼吸が苦しい患者さんに対しては、基本動作のトレーニングというよりは、呼吸を促すための胸のマッサージを行っていきます。このように、疾患によってリハビリのやり方はさまざまで、患者さん一人ひとりの状態によって方法を変えていきます。一方、比較的元気な人には、終末期であっても、筋力アップのために自転車こぎを勧めることもあります。

抵抗していた患者さんも満足する

 終末期のリハビリは、多種多様ですが、リハビリと聞いた途端、抵抗する患者さんも数多くいらっしゃいます。患者さんの心中は、「死ぬのに、今さら……」ということなのかもしれません。私が担当した患者さんの中でも、リハビリに対して、「痛みをがまんしながら手足を動かす」というイメージを持っている人が多いようでした。そのイメージが強いために、「治療でただでさえつらいのに、リハビリなんて嫌だ」と思われてしまう。そのような患者さんに対しては、まず終末期のリハビリに対する誤解を解いてもらうために、「息苦しくなった呼吸を助けたり、寝返りを楽にしたりする」という、実際のリハビリ内容を説明して納得してもらいます。そして、当初、抵抗していた患者さんもリハビリを受けるとほとんどが満足されます。

スタッフとのコミュニケーションが大事

 リハビリチームの中で、患者さんに接する時間が比較的長いのは、理学療法士や作業療法士などのリハビリを専門とするスタッフたちです。専門スタッフは、リハビリを続ける中、患者さんと何度も会話を重ね、コミュニケーションを深めます。その中で、人生経験や希望を聞く機会が多くあります。実は、このコミュニケーションこそが大事なのです。リハビリ自体も当然重要なのですが、その課程で生まれた患者さんとスタッフのコミュニケーションにこそ、意義があります。誰かに支えられ、生きる力を保ち続ける--。そのような実感が、患者さんが前向きに生きる意欲を高め、気持ちを安定させるという、目に見えない効果を生み出すのです。

 近年、医療全体における在宅医療の割合が高まっており、そこでも終末期のリハビリに対するニーズが高まっています。病院において、がんのリハビリは医療保険の適用となります。在宅では介護保険を適用することが可能です。希望する人は、入院中なら主治医やリハビリ担当医に相談し、在宅の場合はケアマネジャーさんに伝えてください。

人生確かめ、生きることに前向きになれる

 「がんが進行し、薬は効かない」と告げられ、余命を知った多くの人は「何のために生きているのか」と思い悩むと思います。そんな中でも、リハビリを行うことで、誰かの支えを受けながら、自らの生きる力をできるだけ維持することができます。患者さん自身が、自分の人生を確かめつつ、生きることに対して前向きに思えるようになることが、終末期のリハビリにおける本質的な意義なのです。【聞き手=編集部・吉永磨美】

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萩野浩

萩野浩

鳥取大学教授

はぎの・ひろし 1982年鳥取大学医学部卒業。同学部整形外科助手、講師、付属病院リハビリテーション部長などを経て現在、医学部保健学科教授(付属病院リハビリテーション部長兼務)。専門は骨粗しょう症、関節リウマチ、運動器リハビリテーション。特に骨粗しょう症治療の経験が深く、国際骨粗鬆(しょう)症財団(IOF)アジア太平洋地域代表、日本骨粗鬆症学会理事など要職を務める。保健師、看護師、臨床検査技師などを対象に骨粗しょう症診療のコーディネイター役「骨粗鬆症マネージャー」を養成する日本骨粗鬆症学会のレクチャーコースでは講師役も務める。著書に「骨粗鬆症治療薬の選択と使用法―骨折の連鎖を防ぐために」(南江堂)など。

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