健康に暮らす赤ちゃん学へようこそ

胎児期から始まる赤ちゃんの味覚体験

鈴木敬子 / 毎日新聞 医療プレミア編集部

 連続講座「赤ちゃん学入門講座~ヒトのはじまりを科学で探る~」(同志社大学主催)の内容を紹介する連載第3回のテーマは、「赤ちゃんの『食べる』」です。赤ちゃんがさまざまなものを食べるようになっていく過程と、望ましい食環境や食事場面における大人の関わり方について、食行動の発達を研究している上野有理・滋賀県立大学人間文化学部教授が解説します。

味覚と嗅覚の情報が合わさった「風味」が重要

 皆さんには食べ物の好き、嫌いがありますか? そもそも、私たちには生まれつき食に関する好みがあり、その判断には味覚だけでなく、五感すべてが関わっています。なかでも嗅覚の関わりは強く、食べる時に口の中から鼻に抜けるにおいの通り道を通じて、おのずとにおいの情報も伝わります。鼻をつまんでこの通り道を遮断してしまうと、味が分かりにくくなります。つまり、普段私たちが好き、嫌いと言っている味とは、においの情報がセットになった「風味」であることが多く、これが食べ物のおいしさの判断に関係しているのです。

 視覚と風味の関連も指摘されています。例えば、チェリーの風味が付加された赤と緑の溶液をそれぞれ成人に飲んでもらい、付加された風味を尋ねると、赤い色の溶液の方が言い当てられる割合が高くなります。チェリーは赤いですから、それに合致した視覚情報が付随することでより正確に判断できると言えるでしょう。味や風味の判断には五感すべてが関わっているうえに、それぞれが単独で働くのではなく、お互いに作用しあっているのです。

味覚はのみ込む判断の最後のとりで

 では、味覚はどのような役割を果たすのでしょうか。五感の情報をもとに食べ物を口にした結果、体調が悪くなっては困りますから、味覚は最終的にのみ込むかどうかを判断する感覚として大切だと言われています。

 私たちが感じる味や風味は、基本的に甘み、酸味、苦み、塩味、うまみ--の5種類です。このうち、少なくとも甘み、酸味、苦みは、生まれてすぐの赤ちゃんも区別しているようです。生後2時間の赤ちゃんの口の中に味のついた溶液を入れ、どのような表情をするか観察した研究があります。苦み、酸味を注入したときは眉間(みけん)にしわを寄せ、鼻の周りも中央に寄せるような反応が見られました。一方、甘みではリラックスしたような表情で舌をペロペロと動かしたのです。塩味、うまみに関しては生後変わるなどの意見があり、結果が混沌(こんとん)としているのですが、どちらかというと好的な反応が返ってくると言われています。

 味覚から得られる情報は、口に入れたものがどういうものかを判断する指標になります。甘みは炭水化物など、エネルギー源になるものが多く、甘みを感じさせるものが口に入ってくると、「エネルギー源だからのみ込んでいい」というシグナルになるのです。一方、腐ったものは酸っぱくなるので、酸味は腐敗物の指標になり、苦みを感じるものは「毒があるかもしれない」という判断のもとになります。例えば植物は動物から自分の身を守るために毒素を持っている場合が多く、苦みとして存在することが多いでしょう。したがって甘み、酸味、苦みを区別し、体内に取り込むかどうかを判断することは生物学的に妥当な意義があるのです。塩味はミネラル源、うまみはたんぱく源の指標になるので、どちらかというと好的な反応が返ってくるというのも納得がいくのではないでしょうか。

食べる前から食べ物に関する経験は始まっている

 五感はそれぞれいつごろ発達するのでしょう。これには順序があり、皮膚感覚(触覚)は妊娠2~3カ月、味覚と嗅覚は妊娠4カ月、聴覚は妊娠6~9カ月ごろと言われています。視覚はおなかの中では未熟な状態で、生後に発達します。

 離乳食が始まるのは一般的に生後5~6カ月ごろです。しかし、それ以前に食べ物に関する経験は始まっていることが、いくつかの研究から知られています。実は羊水にはお母さんが食べた物の風味が移ることが分かっています。妊娠後期(妊娠28週以降)にもなると、胎児は1日に羊水を200~760mL程度飲むと言われ、すでに味覚、嗅覚が発達した状態で風味が移った羊水を飲んでいるのです。母乳にもお母さんが食べた物の風味が移ります。

 実際に物を食べるようになった時、このことが赤ちゃんの反応と関係があるかどうかを調べた研究があります。妊娠後期のお母さんたちに一定期間、ニンジンジュース、または水を飲んでもらいます。そしてお母さんたちから生まれた赤ちゃんが5カ月のころにニンジンジュースを味わわせたところ、ニンジンジュースを飲んでいた妊婦から生まれた赤ちゃんでは比較的反応がよかったそうです。つまり、羊水を通して経験した風味は、生後も受け入れやすくなるのです。母乳でも同様の結果が得られました。人工乳は風味に変化はありませんが、母乳はお母さんが食べた物によって、風味にバリエーションが生まれるので、新しい物を食べる時にも受け入れやすくなると考えられています。

さまざまな風味を経験すると新しい物を受け入れやすい

 羊水や母乳を通してさまざまな風味を経験していても、赤ちゃんは離乳食を口にして初めて、実際の味や風味を知ります。新しい物に対して赤ちゃんがどのような反応を見せ、それまでの経験と照らして違いが生じるかどうかを調べた研究があります。まず、離乳食を始めて少したった子たちにピューレ状のニンジンを食べさせ、好みを観察します。その後、(1)毎日ニンジンのピューレを食べる(2)毎日ジャガイモのピューレを食べる(3)ニンジンを含まない他の野菜のピューレ3種類を日々変えながら食べる--の3群に分けてこれを9日間行い、10日目にニンジンピューレを食べさせて反応を調べました。すると(1)と(3)は最初に食べた時より食べる量が増えるなどの好反応が見られたのに対し、(2)ではこうした反応は得られませんでした。(1)と(2)から、ある風味を繰り返し経験した方が受け入れやすくなると言えます。しかし、これだけではニンジンピューレを食べていなかった(3)で受け入れ度が上がったことを説明できません。そこで、いずれの群も経験したことがないチキンのピューレを食べさせたところ、(3)だけ他の群に比べて受け入れ度が高かったのです。つまり、さまざまな風味を経験すると新しい物を受け入れやすくなると考えられます。

 そもそもヒトには新しい物を警戒する「新奇性恐怖」という反応があり、このピークは2~6歳とされています。食べ物の好き嫌いがはっきり出てくるのは2歳以降と言われ、一因に新奇性恐怖が関係していると考えられています。新しい物を受け入れてもらうには繰り返し経験させることが大事ですが、その回数は少なくとも8回以上、あるいはもっと必要だという研究もあります。つまり、2~3回食べさせて嫌そうな反応を示したからといってあきらめるのではなく、もう少し根気強く繰り返し経験を積ませてあげることが、その後の好みに影響を与えるかもしれません。

ご褒美と引き換えだと好みが減退する

 赤ちゃんには周りの大人が食べ物を提供し、食環境をつくります。どのような食環境を提供するかによって赤ちゃんの食や好みが左右されることを示唆する研究を紹介しましょう。1歳~1歳半ごろの子どもに、なじみのない食べ物を差し出します。お母さんから出されると受け取って食べますが、初対面の訪問者から差し出された物は食べませんでした。初対面とはいえ、食べ物をあげる前に20分以上一緒に遊んでコミュニケーションをとっているのですが、受け取らなかったのです。しかし、初対面の訪問者でも、自分で食べてみせた後に差し出すと受け取りました。子どもは相手が誰か、そしてその相手が何をしているかということに敏感なのです。

 状況によっては、何と言って食べ物を差し出すかも重要です。子どもがあまり好きではない物を「食べたら○○していいよ」など“ご褒美”と引き換えに食べさせようとすると、その場では食べますが、あとから好みを調べると減退したという報告があります。子どもはその食べ物をご褒美を得るためのツールとみなし、「それだけの価値しかない」と捉えるため、もともと好きではない物の価値がさらに下がるのです。

認めてあげることが自立した食への近道

 食事の際に大人が栄養バランスを気にする一方で、子どもはよく「むら食い」をします。例えばある日の朝食はガッツリ食べて、昼食はほとんど食べず、夜はまあまあ食べたとします。昼食の摂取量が少ないと心配になりますが、1日に食べた量をトータルで見ると、前後の日とほぼ同じ量を食べている、という報告があります。また、4歳ごろの子を対象にした実験で、見た目は全く同じですが、片方は高カロリー、もう片方には低カロリーになるように仕組まれた軽食を与えます。子どもたちはそんなことは知らずに同じ量を食べ、その後の昼食タイムで「好きなだけ食べていい」という状況に置かれます。すると、どちらの群でも前の食事と合わせた摂取カロリーの総計が同じくらいになったそうです。つまり、子どもたちは摂取カロリーを自分で調節できるのです。

 それにもかかわらず、大人が「お皿にあるものは全部食べなさい」などと言うと、食についての学びにつながらず、自己判断ができなくなってしまうという指摘があります。また「食べて」とプレッシャーをかけると食べる量が減ってしまうようです。赤ちゃんの食は他者が関わりながら進められていきます。その時にあれこれ口出しするのではなく、やってみせてあげたり、やっている姿を認めてあげたりすることが、自立した食を支えていくために重要なのです。

   ◇   ◇   ◇

うえの・あり 滋賀県立大学人間文化学部教授。1974年イラク生まれ。京都大学大学院理学研究科博士課程後期単位取得満期退学。理学博士。東京大学21世紀COEプログラム「心とことば-進化認知科学的展開」特任研究員、日本学術振興会特別研究員、滋賀県立大学人間文化学部准教授などを経て、2017年より現職。

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鈴木敬子

鈴木敬子

毎日新聞 医療プレミア編集部

すずき・けいこ 1984年茨城県生まれ。法政大卒。2007年毎日新聞社入社。岐阜支局、水戸支局、横浜・川崎支局を経て、15年5月からデジタルメディア局。

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