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赤ちゃんの目で見える大人と違う世界

鈴木敬子 / 毎日新聞 医療プレミア編集部

 連続講座「赤ちゃん学入門講座~ヒトのはじまりを科学で探る~」(同志社大学主催)の内容を紹介する連載第4回のテーマは、「赤ちゃんの『見る』」です。赤ちゃんの見ている世界と大人が見ている世界はどう違うのでしょうか。日本赤ちゃん学会事務局長でもある山口真美・中央大学文学部教授が、最新の脳科学の研究を紹介しながら、視覚の発達過程や赤ちゃんの見方に寄り添ったコミュニケーションのポイントなどについて解説します。

赤ちゃんははっきりとした色やメリハリのついた物が好き

 中央大学で赤ちゃんの研究を始めて10年以上たちます。この間、毎年のべ約700人の赤ちゃんに来てもらい、主に生後9カ月までの赤ちゃんを対象に「見ること」の発達に関する研究をしています。米国で生後4カ月ごろの赤ちゃんにさまざまな色を見せ、どの色を好むか調べた研究がありますが、何色が好きだったと思いますか? 結果は青、赤、紫でした。日本では赤ちゃん向けの製品にピンクや茶色のものも多いですが、これらの色の好みは低かったのです。また、何となく柔らかい色のものが多いですよね。お母さんに安心感を与える効果はあるかもしれませんが、赤ちゃんには見えないのです。むしろ赤ちゃんは青、紫、赤など“ビビッドカラー”が好きで、白と黒だけのメリハリのついたものも好きです。こうした赤ちゃんの好みを踏まえ、企業の絵本やおもちゃ作りに協力しています。

 赤ちゃんの視力はどのくらいでしょうか。実は、生まれた時は0.02くらいです。生後6カ月ごろで0.3くらい、大人と同じように見えるようになるのは小学校1年生くらいですから、赤ちゃんの視力は時間をかけて発達していきます。よく「赤ちゃんは視力が悪いので、近づいて見てあげよう」と言われますが、これは間違いです。残念ながら、赤ちゃんの物の見え方は近づいても遠ざかってもぼんやりとしています。目から入ってきた情報は脳にいきますが、脳が未発達で大人のようにその情報を処理できないので「よく見えない」のです。ですから、近づいてあげれば見えるわけではありません。

注視をコントロールできるようになるのは6~8カ月

 見ることは月齢によってどのような違いがあるのか説明しましょう。同じ赤ちゃんが3カ月と8カ月の時に、お母さんの膝の上で女性の顔が映ったモニターをしばらく見てもらいます。赤ちゃんは人の顔を見るのが好きで、何かをしゃべりながら喜んで見ていますが、だんだん飽きてきます。8カ月にもなると、学習が早くなる分、飽きるのも早くなりますから、膝の上で体を動かし「もう嫌だ」という意思表示のような行動を示します。しかし、3カ月の赤ちゃんはじっと見ています。3カ月の赤ちゃんは飽きていないのでしょうか? よく観察すると分かるのですが、少しモゾモゾして、ズルズルと下に落ちていこうとするタイミングがあります。このくらいの微妙な変化だと、お母さんは気付かないこともあるでしょう。3カ月の子は、嫌になっても視線を動かして避けることが自由にできません。たとえばテレビ番組をおとなしくずっと見ている時、「この番組が好きなんだ」と思うかもしれませんが、そういうわけではないのです。6~8カ月になると自分の注視をコントロールし、意思表示もできますが、その前の月齢ではそれができないことを頭に入れておいてほしいと思います。

脳の発達と視覚の関係

 このように、月齢が上がるにつれて見ることの能力は少しずつ発達していきます。それを支えているのが脳の「第一次視覚野」という部位で、目から入った情報が送られ、最初に活動するところです。

 私たちは感覚の多くを視覚から受け取っています。そのため、視覚は複雑な脳の使い方をし、ものを見る時に複数の経路を使い分けています。脳の一番後方が第一次視覚野で、そこから上に行く経路は動きの処理に関わり、横に行く経路は形の処理に関わります。私たちは頭頂で空間、頭の横で形、右耳の奥付近で顔を見て、それらの情報をうまく連携させながら知覚しているのです。

 視覚に関わる能力を月齢別に見てみましょう。動きを見る能力は最も早く、2カ月ごろに発達します。動きの中でも自分に近づいてくる動き、飛び込んでくる動きに対して感度が高く、これは自分に対する脅威を避けるために大切な情報で、ヒトとして生きていくために必須の能力と言えるでしょう。3カ月ごろは形を認識する能力は未熟で、たとえば円形の後ろに四角形があっても静止したままでは気付くことができません。お母さんのことも視覚的には髪形で覚えますので、髪形が変わってしまうと、お母さんでも分からなくなることがあります。しかし、図形を動かしたり、表情を変えたりすると気付くことができます。それが5カ月になると静止しても形を認識できるようになり、さらに7カ月では陰影から物の形や位置が分かるようになり、リアルな空間の世界を知覚できるようになります。これまでの研究成果をもとに、月齢に応じたアニメーションを楽しむことができる「赤ちゃんシアター」を作成しましたので、ぜひお子さんと一緒に見てみてください。

 3カ月の赤ちゃんの見え方(写真参照)を体験してもらいましょう。赤ちゃんから見ると、どれだけ近づいてもこのくらいぼやけています。ぼやけてはいても、この人が笑っているのが分かりませんか? 視力が悪くても、表情、特に笑っている顔はよく分かります。つまり、目の前に映っている映像が粗いからこそ、むしろ相手の表情に敏感になるのです。3カ月の赤ちゃんの見方を実感してもらうと、赤ちゃんにとって何が重要か分かってもらえるのではないでしょうか。

5カ月児と接するときは正面を向いて

 顔を見る時は、大人は耳の後ろにある右STS(上側頭溝=表情や視線・顔の識別に関わる脳の側頭葉にあるシワの一つ)という部分が活動し、右半球が優位になります。生後5~8カ月の赤ちゃんも顔を見ると大人と同じように脳が活動するかどうかを調べました。すると、女性の正立顔を見た時に、大人と同じように右脳が活性化しました。

 新生児の時から顔らしきものを好むという報告もあります。ただし、正面の顔だけです。では横顔はいつ理解するのでしょうか。5カ月児と8カ月児に正面の顔と横向きの顔を見せ、同じ方法で脳の活動量を計測してみたところ、8カ月児は正面、横向きのどちらも活動しました。ところが5カ月児では、正面の顔では活動しましたが、横顔では変化がありませんでした。5カ月児は横顔を顔と認識できないので、接する時に正面を向いてあげなければいけません。

言葉を覚える前に色を区別できる

 私たちが色を区別するのはいつごろでしょうか。「サピア=ウォーフ仮説」といって、言葉を理解して初めて色が分かるという有力な仮説がありました。私たちが見ているものをどう規定するかは感覚より言葉が先か、それとも感覚があってその次に言葉が出るのか、ということが重要なポイントでした。

 大人は色を見る時、脳の左半球で判断します。左半球は言語野です。では、赤ちゃんではどうでしょうか。生後5~7カ月の赤ちゃんに色のついた丸や三角の図形を見せ、その色が同じ緑でもやや色合いが違う「カテゴリー内」の変化と、緑と青に変化する「カテゴリー間」の変化を経験させ、どちらの変化の時に脳の活動量が増えるか計測しました。これを右半球と左半球の両方で調べます。すると、カテゴリー間の変化では脳は強く活動しましたが、カテゴリー内の変化の時はあまり活動が見られませんでした。つまり、赤ちゃんも大人と同じように色の違いを知覚でき、色の名前が分からなくても区別する能力があると証明できたのです。一方、左右差ははっきりしませんでした。この結果から、色というのは先に見えるという感覚があり、そこから次に言葉へと発達していくというわけです。

赤ちゃんは金色が好き

 同じ色に関連して、色に光沢感をつけると好んで見てくれるかどうか、そして金色は赤ちゃんにとっても特別かを調べました。黄色に光沢感を付けると金色になります。5~6カ月児と7~8カ月児に黄色と緑色の図形を見せ、注視する時間を計ったところ、違いはありませんでしたが、両方に光沢をつけたところ、7~8カ月児は金色を注視する時間が長かったのです。7~8カ月の赤ちゃんは金色が好きで金色を理解していると言えるでしょう。なぜ金色が好きなのかは、太陽光や照明の光と似ているからではないかと考えています。三次元の立体を知覚したり、影を認識したりできるようになるのも7~8カ月と言われ、このころの赤ちゃんは身の回りの空間、質感、材質感がだいたいわかるようになります。立ち上がったり、ハイハイしたりして自由に動けるようになる前に、複数の手がかりを統合してものを知覚できるようになるのは、不思議です。

 生後9カ月ごろまでは、大人のように立ち歩いたり、言葉をしゃべったりしない赤ちゃんですが、こんな劇的な変化を内に秘めているのです。気をつけてほしいのは、生後半年くらいまでの赤ちゃんの視力は未発達のままということ。その代わり、動いている物はよく分かるという特徴があります。目の前で動いてあげる、声をかけてあげる、表情を作ってあげる--。赤ちゃんと接する時はこうしたことを心がけてみてください。

   ◇   ◇   ◇

やまぐち・まさみ 中央大学文学部心理学研究室教授(認知心理学)。日本赤ちゃん学会事務局長。お茶の水女子大学大学院人間文化研究科人間発達学専攻博士後期課程単位取得退学。ATR人間情報通信研究所客員研究員、福島大学生涯学習教育研究センター助教授、中央大学文学部助教授を経て、2006年より現職。顔の研究者としても知られ、日本顔学会理事も務める。脳の発達と視覚形成に関するアプローチから、発達障害の研究にも力を入れている。

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鈴木敬子

鈴木敬子

毎日新聞 医療プレミア編集部

すずき・けいこ 1984年茨城県生まれ。法政大卒。2007年毎日新聞社入社。岐阜支局、水戸支局、横浜・川崎支局を経て、15年5月からデジタルメディア局。

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