病気を知る実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

頼れる薬で治せない!? トリコモナス感染症

谷口恭 / 太融寺町谷口医院院長

抗菌薬の過剰使用を考える【18】

 流産や奇形のリスクなどから妊娠中には飲んでもいい抗菌薬は限られています。そして数少ない飲んでもいい抗菌薬では治せない感染症があり、その一つであるクラミジア子宮頸管(けいかん)炎の妊娠中の感染には要注意、というのが前回述べたポイントです。

 もちろん妊娠時に注意すべきなのはクラミジアだけではなく、B型肝炎ウイルス、梅毒、HIVなど多数あります。その中で今回取り上げたいのが「トリコモナス膣炎(ちつえん)」です。

 実は、私は数年前まで、妊娠中にトリコモナスに感染しても「二つの理由」からそれほど大きな問題はないと思っていました。ですが、現在はその考えを改めています。それを説明する前に、まずはこのトリコモナスという感染症についておさらいをしておきましょう。

サウナや銭湯でも感染するトリコモナス膣炎

 トリコモナスは「原虫」に分類される寄生虫で、鞭毛(べんもう)と呼ばれる毛のようなものを動かして(膣内などで)泳ぐことができます。大きさは、大きいものならば10×20μm(1μmは1000分の1mm)程度。肉眼では見えませんが顕微鏡で観察することができます。私は、時間に余裕があれば、顕微鏡で観察したトリコモナスを診察室のモニターに映して、動いているところを患者さんに見てもらうようにしています。

 トリコモナス膣炎は性感染症の一つですが、銭湯やサウナ、岩盤浴などでの感染も少なくありません。なぜそのようなことが断言できるかというと、長年性交渉がない患者さんが大勢いますし、まだ一度も性交渉の経験がない感染者もいるからです。

無症状なのがやっかい でも薬で治療可能?

 トリコモナス膣炎の症状は「おりものの量が増えイヤな臭いがする」というものですが、これはある程度進行した場合です。女性の感染者の約3分の1は無症状とする報告があります(注1)。無症状ならいいのでは?と考えた人もいるかもしれませんが、実際はその逆で「無症状」であるが故にやっかいなのです。感染すればすぐに強い症状が出る疾患なら、速やかに医療機関を受診することになりますから、早期治療がおこなえます。無症状であるために長期間発見されず、妊婦健診時に初めて発見されることになるのです。この点は前回紹介したクラミジア子宮頸管炎と同様です。

 やっかいな点はまだあります。淋病(りんびょう)やクラミジアは女性より男性に症状が出やすいのですが、トリコモナス感染症は男性には症状が出にくく気付きにくいのです。これを示した研究が米国にあります。トリコモナス膣炎に罹患(りかん)している女性の男性パートナー261人を調べたところ、71.7%がトリコモナス陽性で、そのうち76.8%はまったくの無症状だったのです(注2)。男性パートナーの4分の3以上が無症状。これが意味することは重要です。トリコモナス感染症を含む性感染症は、性行為があれば必ず感染するわけではありません。つまり、妊婦健診を受けてトリコモナスが陰性だったとしても、男性パートナーが(例えば前のパートナーからうつっていたとして)感染に気づいておらず、健診後の性行為で妊婦さんに初めて感染させる、ということが起こりえます。これもクラミジア子宮頸管炎と同種のリスクと言えます。

 淋病やクラミジアは膣内での感染から子宮を経て腹腔(ふくくう)内感染に進展、さらに重症化すれば腹膜炎に進行し、妊娠中にこのようなことがあれば胎児が(ときには母体も)危険です。一方、トリコモナス膣炎にはそういった進行はまずありませんから、膣内の感染を治せばいいことになります。その治療にはメトロニダゾールという膣錠を用います。感染が膣内にほぼ限定し、感染しても膣錠で治せる。これが「妊娠中のトリコモナス膣炎は問題ではない」と以前の私が考えていた一つ目の理由です。

薬がだんだん効かなくなっている

 ところが、この膣錠が効かない例が数年前から増えています。これを証明する大規模調査はありませんが、私が診ている症例でいえば、10年前なら膣錠で治りきらずメトロニダゾールの内服錠を使わなければならなかったのはせいぜい1~2割程度でしたし、「膣錠が苦手」という患者さんに内服錠を処方すると保険診療が認められない(審査機関で査定される)ケースもよくありました。これの意味するところは、保険診療ではまずは膣錠のみで治しなさい、ということです。しかし、ここ数年は多くの症例が膣錠と内服錠を併用しなければ治りません。実際、日本産科婦人科学会のガイドラインには「膣剤による局所投与のみでは再発率が高く,膣剤単独投与は推奨できない」と書かれています(注3)。

 メトロニダゾールの内服錠は、妊娠3カ月以内の人には使用できませんが、3カ月たてば使用できるというのは心強い「味方」です。膣錠のみでもある程度は効果がありますから、3カ月が経過するまでは膣錠のみを必要に応じて繰り返し使い、治りきっていなければ3カ月経過時点で内服錠を併用するという手が使えます。これが以前の私が「妊娠中のトリコモナス膣炎は問題ではない」と考えていた二つ目の理由です。

そしてここにも薬剤耐性の影が…

 このメトロニダゾールという抗菌薬(注4)、多くの場面でとても頼りになります。元々はトリコモナスの治療に開発されたものですが、その後アメーバ赤痢やランブル鞭毛(べんもう)虫(ジアルジア)といった他の寄生虫疾患にも使われるようになり、さらに寄生虫のみならず多くの細菌にも有効であることが分かってきています。「クロストリジウム・ディフィシル 病院がその牙城」で紹介した超難治性の感染症クロストリジウム・ディフィシルにも使われますし、「ピロリ菌『全例除菌』を勧めない理由」で紹介したようにピロリ菌2次除菌の切り札としても用いられています。膣錠はトリコモナス膣炎以外に細菌性膣炎にもよく効きます。また、外用薬は褥瘡(じょくそう=床ずれ)に効果があり、ニキビにも有効です。それに、「酒さもじんましんもピロリ菌除菌で改善?」で紹介した難治性の皮膚疾患「酒さ」にも有効なのです(注5)。

 これほど頼もしい抗菌薬は他に見当たりません。しかも値段も安いのです。ところが、この頼もしい薬にも、最近になってこの連載で繰り返し紹介している「薬剤耐性」の問題がクローズアップされてきました。すでにピロリ菌除菌では2次除菌の失敗例が目立ち始め、トリコモナス膣炎も前述のように膣錠だけでは効果が薄くなり、さらに最近は内服錠を用いても治らない例が少しずつ増えてきています。そして、まず間違いなくこの耐性の傾向はさらに増えていきます。

 膣錠だけでは治せないケースが多く、内服錠にも耐性が増えつつあるという現状を考えたときにすべきことは何か。クラミジアのときとまったく同じですが、ここでもう一度その「答え」を確認しておきましょう。それは「妊娠前にパートナーと共に検査を受ける」ということに他なりません。「5分の知識」があれば妊娠中に悩まなくても済むのです。

   ×   ×   ×

注1:こちらの論文で紹介されています。

注2:こちらの論文で紹介されています。

注3:こちらに記載されています。

注4:トリコモナスやアメーバ赤痢は寄生虫(原虫)ですから、これらに効果のある薬としてのメトロニダゾールを「抗菌薬」と表現することは厳密に言うと正しくはなく、正確には「抗微生物薬」となります。しかし、本文で述べた通り、抗菌薬としての多くの作用も見いだされているため、ここでは「抗菌薬」としています。

注5:ニキビと酒さに対するメトロニダゾールの使用は日本では保険適用外です。また、酒さは感染症ではありませんから、メトロニダゾールには抗微生物作用、抗菌作用以外の何らかの薬理学的効果があると考えられています。

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谷口恭

谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト

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