大阪マラソンでフィニッシュする京都大の山中伸弥教授(中央)=大阪市住之江区で2013年10月27日
大阪マラソンでフィニッシュする京都大の山中伸弥教授(中央)=大阪市住之江区で2013年10月27日

医療プレミア無難に生きる方法論

ノーベル賞山中伸弥教授はなぜ走るのか

石蔵文信 / 大阪大学招へい教授

 先日、ある学会で、京都大学iPS細胞研究所長の山中伸弥教授と、理化学研究所プロジェクトリーダーの高橋政代先生の講演を聴く機会があった。山中教授は再生医療のトップランナー。自分の細胞からどんな細胞にも分化できるiPS細胞を作ったことでノーベル医学・生理学賞を受賞した。自分の細胞からできた臓器は拒絶反応がないため、術後免疫抑制剤などを服用する必要がない、夢の治療法と言われている。

 高橋先生は眼科医で、やはり再生医療のトップランナーだ。心臓や肝臓・腎臓などの臓器をiPS細胞から作り出すには多くのハードルがあり、実現してもかなりの時間が必要ではないかと思われる。しかし、実験に使うシャーレ(丸く薄いガラス容器)で薄い一層の細胞シートは作ることができる。

 ちょうど、玉ねぎの薄皮のようなものを想像していただければわかると思う。昔、学校の理科の実験の時に玉ねぎの薄皮を顕微鏡で観察したものだが、細胞がぎっしりと並んでいるのが細胞シート。その細胞が心筋なら心筋シートと呼ばれる。

 高橋先生のグループは網膜色素上皮細胞のシートをiPS細胞から作ることに成功し、2014年9月、世界で初めて加齢黄斑変性症の患者さんへの移植手術を実施した。

他人由来のiPS細胞移植手術をした高橋政代・理化学研究所プロジェクトリーダー(中央)=神戸市中央区で2017年2月6日、川平愛撮影
他人由来のiPS細胞移植手術をした高橋政代・理化学研究所プロジェクトリーダー(中央)=神戸市中央区で2017年2月6日、川平愛撮影

 加齢黄斑変性は、50歳以上の1%以上が罹患(りかん)していると言われる目の病気で、失明の原因の一つ。説明するとややこしいので少しはしょるが、光を感じる網膜にある「網膜色素上皮細胞」には網膜を守る役割があり、高齢になってその機能が衰えて、極端に視力が落ちる病気だ。

 高橋先生らのグループはすでに、受精卵を用いた多能性幹細胞であるES細胞(胚性幹細胞)を、網膜色素上皮細胞へと分化させる技術を確立していたが、倫理的な問題から実用化が難しかった。ところが山中先生がiPS細胞を作られたことで突破口が開けた。まさに今度の臨床研究に参加した患者さんと同様に“光明がさした“のである。

iPS細胞の論文発表からの10年を振り返る山中伸弥・京都大iPS細胞研究所所長=京都市左京区で2016年7月14日、小松雄介撮影
iPS細胞の論文発表からの10年を振り返る山中伸弥・京都大iPS細胞研究所所長=京都市左京区で2016年7月14日、小松雄介撮影

 今後は、iPS細胞を用いた臨床研究が進み、難病の患者さんをはじめ、多くの患者さんを救えるようになるだろう。しかし問題はその費用。1例で数千万円、ひょっとすると1億円くらいかかるのではないか?と推定されている。もちろん、技術が進歩すればもっと安くできるだろうが、それでもかなりの費用が必要だ。

両手を挙げてフィニッシュする京都大iPS細胞研究所の山中伸弥所長=京都市左京区で2017年2月19日、小松雄介撮影
両手を挙げてフィニッシュする京都大iPS細胞研究所の山中伸弥所長=京都市左京区で2017年2月19日、小松雄介撮影

 前回の原稿(1瓶932万円!高価新薬で迫られる「命の選択」)でお話ししたように、日本では高額な治療薬が次々と承認されている。患者さんには朗報だが、医療費をどうするかという問題が心配されている。医療プレミアの末盛亮氏の記事「オプジーボを使えなかった英保健制度への怒り」で指摘されているように、先進国であっても経済的理由から、最新の薬を必ず使えるわけではない。

 山中教授はまれな病気の治療に関しては大学のような専門施設に限り、その費用を募金や基金でまかなおうと提案し、自らマラソン大会に出場して寄付を募っている。1回の大会で1000万円程度の寄付が集まるようだが、必要な金額を考えると、山中教授は毎週マラソン大会に出場しなければならなくなる。

 医師から見ると、マラソンはあまりお勧めできるスポーツではない。ある統計では数万人に1人は死亡するような、少し危険なスポーツだ。趣味程度で走るのは良いとしても、数多くの大会に出場して、“日本の頭脳”に何かあっては大変だ。

 マラソン以外にも常時寄付のできる「iPS細胞研究基金」が設立され、税金などの控除対象にもなっている。インターネットで申し込むことができるほか、専用フリーダイヤル(0120・80・8748)で資料を請求することもできる。番号を覚えにくい人は、「80(はしれ)8748(やまなかしんや)」と覚えると良いそうだ。

山中教授は毎日新聞にコラム「走り続けて」を連載している=2017年10月29日付朝刊から
山中教授は毎日新聞にコラム「走り続けて」を連載している=2017年10月29日付朝刊から

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石蔵文信

石蔵文信

大阪大学招へい教授

いしくら・ふみのぶ 1955年京都生まれ。三重大学医学部卒業後、国立循環器病センター医師、大阪厚生年金病院内科医長、大阪警察病院循環器科医長、米国メイヨー・クリニック・リサーチフェロー、大阪大学大学院医学系研究科保健学専攻准教授などを経て、2013年4月から17年3月まで大阪樟蔭女子大学教授、17年4月から大阪大学人間科学研究科未来共創センター招へい教授。循環器内科が専門だが、早くから心療内科の領域も手がけ、特に中高年のメンタルケア、うつ病治療に積極的に取り組む。01年には全国でも先駆けとなる「男性更年期外来」を大阪市内で開設、性機能障害の治療も専門的に行う(眼科イシクラクリニック)。夫の言動への不平や不満がストレスとなって妻の体に不調が生じる状態を「夫源病」と命名し、話題を呼ぶ。また60歳を過ぎて初めて包丁を持つ男性のための「男のええ加減料理」の提唱、自転車をこいで発電しエネルギー源とする可能性を探る「日本原始力発電所協会」の設立など、ジャンルを超えたユニークな活動で知られる。「妻の病気の9割は夫がつくる」「なぜ妻は、夫のやることなすこと気に食わないのか エイリアン妻と共生するための15の戦略」など著書多数。

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