高齢者が生き生きと暮らす街として知られる東京・巣鴨
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医療プレミア医をめぐる情景

「男たちの旅路」が問うた老いへの敬意

上田諭 / 東京医療学院大学教授

NHKドラマ「男たちの旅路 シルバー・シート」(1977年)

 高齢者は、若いころに比べれば弱くもろい。活動は緩慢になり、思考力も能率が低下する。それは誰にも訪れる加齢の現象である。しかし当然だが、高齢者はもとから高齢者だったわけではない。

 若年から長い間の会社勤めをし、または自営で店を切り盛りしていた。あるいは家事を一手に引き受け、また育児をこなしていた。さらには、書や舞踊や三味線にたけ、弟子を育てたかもしれない。スポーツの仲間と競技会で活躍していた人もいただろう。高齢者はそれら長い間の道のりを背負って、高齢者になったのである。

お団子を楽しむ高齢のご婦人=東京・巣鴨のとげ抜き地蔵で
お団子を楽しむ高齢のご婦人=東京・巣鴨のとげ抜き地蔵で

 人は高齢者を見たとき、そのことをなかなか思い起こせない。動作が鈍く、認知能力が心配な年老いた人だ、とだけ思ってしまう。とくに医療者は病にだけ注目してしまい、人生には思いが及ばない。

作家の脳梗塞症状を「認知症」と決めつけた医師

 ある総合病院の内科に、下肢の静脈が詰まる血栓症で入院した80歳代の女性がいた。その彼女は入院3日目の夜、眠らずに部屋を歩き回り、床に排尿もしてしまった。翌朝、内科主治医から「言動がおかしい。精神科的問題を疑う」と診察依頼があり、精神科医が診察した。女性は自分がいる場所や日付がわからず、コップに水を注いだり歯を磨いたりもうまくできなくなっていた。

 ベッドサイドにいた受け持ち看護師は「認知症のおばあちゃんだからしょうがないですよ」と言った。

高齢者施設の交流イベントで、入居者とマージャンを楽しむ学生たち
高齢者施設の交流イベントで、入居者とマージャンを楽しむ学生たち

 しかし、女性の症状は突然出現したものだった。簡単な日常動作もできなくなる神経症状(失行症状)が出ており、認知症など精神科的問題とは考えられなかった。さらにはその名前から、女性が多くの有名な著作を書いてきた作家だとわかった。最近も新たな本を出版したばかりだった。若い看護師はそのことを知らなかった。

 女性は緊急の頭部画像検査(MRI)の結果、脳血管が急に詰まる脳梗塞(こうそく)を起こしていたことがわかった。その結果、一時的に脳機能に障害が出て、言動に異常が生じていたのだ。すぐに脳梗塞に対する治療が開始された。

 なぜ、内科主治医は「精神科的問題」だと思い、看護師は「認知症のおばあちゃん」と思い込んだのか。医学的知識を持つ者が、放尿や失行という、見かけ上は重度認知症と似た症状をみて、素人のように決めつけてしまった。それは認知症という病気の知識の問題だけではない。高齢だからそうに違いないと、安直に考えてしまったせいだ。

人は必ず年をとる。中学生のハンドマッサージを受ける高齢者施設の入所者
人は必ず年をとる。中学生のハンドマッサージを受ける高齢者施設の入所者

 大事なことは、高齢者が若いときから歩んだ人生も考えず、現在の目前の状態でしか判断できないことである。病前の健康なときの状態を考えつつ接する。医療者が高齢者を診るとき不可欠なその想像力が欠けてしまっていた。

過去が大切にされないのなら何のための人生か

「男たちの旅路」吉岡司令補を演じていたころの鶴田浩二さん=1977年撮影
「男たちの旅路」吉岡司令補を演じていたころの鶴田浩二さん=1977年撮影

 NHKのテレビドラマ「男たちの旅路 シルバー・シート」の冒頭に登場する高齢の男性は、空港で誰彼となく相手を探して昔話をし、空港警備員から「困ったじいさん」と迷惑がられていた。男性は12年間ロンドンで通信社の記者をしていて、空港は外国を感じられる場所として通っていた。

 高齢男性は若い警備員に「なぜ年寄りが懐かしさを少しばかり口にするのを毛嫌いするのか」と嘆く。「年寄りには、君たちにない知恵も知識もある」。やがて、男性は空港内で倒れ、亡くなる。

杉本陽平を演じた水谷豊さん=2012年撮影
杉本陽平を演じた水谷豊さん=2012年撮影

 男性と同じ老人ホームに暮らす身寄りのない4人の高齢男性は、ある行動を起こす。路面電車を乗っ取り、車庫で車内に立てこもったのだ。行動の理由はわからず、具体的な要求も出さない。投降を説得しに来た鶴田浩二演じる主人公の警備員、吉岡晋太郎に、男性たちは「老人は捨てられた人間」「世間の重荷」と現状を嘆く。

 男性の一人が訴える。「(私たちに)誰も敬意を表する者はない……右手の不自由な、役立たずのじいさんに誰が敬意を表するかと言われるかもしれない。しかし人間は、してきたことで敬意を表されちゃいけないのかね。いまはもうろくばあさんでも、立派に何人も子供を育ててきたことで敬意を表されちゃいけないのかね」

 「(何かをしてきた)過去を大切にしなきゃ人間の一生ってなんだい」「次々に使い捨てられるだけじゃないの」。それを聞いて吉岡は言う。「みなさんは甘えている。通じなくても、みなさんの思いを表へ出て言いなさい」。男性らは答える。「通じないことは百も承知」「これは老人の要領を得ん悪あがきです」

島津悦子を演じた桃井かおりさん=1980年撮影
島津悦子を演じた桃井かおりさん=1980年撮影

 男性たちを警察に引き渡した後も、吉岡は考え込む。答えは出ない。

 40年前のドラマは、高齢者の尊厳の問題を鋭く社会に突き付けた。誰にも訪れる老い。その人が人生でしてきたことに対し、なぜ私たちは敬意を表すことができないのか。ドラマは超高齢社会の現代にも、まったく同じ問いを投げかけている。

(敬称略)

メモ:山田太一脚本。戦中派で特攻崩れの主人公吉岡と若者たちの交流を軸に、社会の問題を描いたNHKのテレビドラマシリーズ(1976~82年)の一つ。中でも本作は、1977年度の芸術祭大賞を受けるなど高い評価を得た。若い警備員役で若き水谷豊、桃井かおりが出演していた。音楽担当はミッキー吉野。

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上田諭

上田諭

東京医療学院大学教授

うえだ・さとし 京都府生まれ。関西学院大学社会学部では福祉専攻で精神医学のゼミで学ぶ。卒後、朝日新聞に記者で入社したが、途中から内勤の編集部門に移され「うつうつとした」日々。「人生このままでは終われない」と、もともと胸にくすぶっていた医学への志向から1990年、9年勤めた新聞社を退社し北海道大学医学部に入学(一般入試による選抜)。96年に卒業、東京医科歯科大学精神神経科の研修医に。以後、都立の高齢者専門病院を中心に勤務し、「適切でない高齢者医療」の現状を目の当たりにする。2007年、高齢者のうつ病治療に欠かせない電気けいれん療法の手法を学ぶため、米国デューク大学メディカルセンターで研修し修了。同年から日本医科大学(東京都文京区)精神神経科助教、11年から講師、17年4月より東京医療学院大学保健医療学部教授。北辰病院(埼玉県越谷市)では、「高齢者専門外来」を行っている。著書に、「治さなくてよい認知症」(日本評論社、2014)、「不幸な認知症 幸せな認知症」(マガジンハウス、2014)、訳書に「精神病性うつ病―病態の見立てと治療」(星和書店、2013)、「パルス波ECTハンドブック」(医学書院、2012)など。

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