病気を知る実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

犬をベッドにあげてはいけない二つの理由

谷口恭 / 太融寺町谷口医院院長

知っていますか? 意外に多い動物からうつる病気【5】

 カンピロバクターの感染を避けるために、飼い犬に顔をなめられてはいけないという米疾病対策センター(CDC)の助言前回紹介しました。犬は本能からなのか、飼い主に強い愛着を持てば持つほど顔をなめようとします。私が小学生の頃、学校から帰ると当時実家の庭で飼っていた「ポチ」はうれしそうにしっぽをふり、早くこちらに来て、と言わんばかりにかわいい声を出して私を見つめます。駆け寄って腰をおろし、頭をなでてあげると愛らしく私の顔をなめようとします。ペットを飼ったことのある人には、この瞬間の「至高の喜び」を分かってもらえると思います。

 それからおよそ20年後、医学を学びだした私は、こういった行為がとても危険であることを知るようになりました。おそらく、きちんと医学を学ばなければこの危険性は認識できないと思います。いえ、きちんと学んだとしても、認識できないかもしれません。「私の愛犬(愛猫)だけは違う……」と考えてしまう医療者もいるのです。以前私が診察した、看護師をしている患者さんは、「ペットと一緒にベッドで寝ている」と話していて驚かされました。

 ペットと一緒にベッドで眠りたい、という気持ちはわからなくはないのですが、やはりこれはやめるべきです。今回は二つの観点からその理由を述べたいと思います。

口の中は病原体がいっぱい

 一つめは感染症です。CDCは、前述の助言のページで、犬に口や顔をなめさせてはいけないと記載していますが、注意すべき感染症はカンピロバクター以外にも多数あります。日本では狂犬病の心配は(まず)ありませんが、犬の口腔(こうくう)内は病原体だらけと考えなければなりません。

 以前、ある患者さんにこの話をすると「でも、人間の口の中もバイ菌だらけですよね」と返されたことがあります。この指摘は確かに間違ってはおらず、キスをすると相手の口腔内から、虫歯の原因のミュータンス菌や歯周病の原因菌をもらうことになります。ですから口が臭く歯周病の可能性がある人とキスしたくないのは、医学的な観点からも合理的です。それに、頻度は高くないとはいえ、過去の連載(「抗菌薬が引き起こす危険な副作用と、『キス病』」)で紹介したキス病のような感染症もあります。B型肝炎や梅毒もキスでうつることがあります(参照:「誤解だらけのB型肝炎ウイルス(1)」「梅毒の感染を防ぐただ一つの方法」)。

軽視される“死に至る病”パスツレラ

 しかし、ヒトと動物は違います。ヒトからはうつらず動物からのみ感染する疾患があることは認識しておかねばなりません。犬の75%、猫のほぼ100%が口腔内に持っている病原性の細菌があることをご存じでしょうか。この細菌の名は「パスツレラ」。一般的にはあまり知られていませんが、時に「死に至る病」となる感染症です。

 この感染症は内科系の医師よりも、皮膚疾患を多く診ている医師の方になじみがあります。パスツレラによる呼吸器感染(せきやたん)や消化器感染(下痢)の報告もありますが、最も多いのはイヌやネコに引っかかれたりかまれたりしたときにできる傷口から感染するケースだからです。ですが、これは私の印象ですが、皮膚を診る多くの医師もパスツレラをそれほど重要視していないと思います。傷口から発症する皮膚感染で絶対に見逃してはいけないのが狂犬病と破傷風で、パスツレラやネコひっかき病(近いうちに紹介します)については、多くの例でさほど治療に苦労しないからです。

 では、なぜパスツレラは「死に至る病」でありながらそのように“軽視”されるのでしょうか。最大の理由は「簡単に治る」からです。「死に至る」と言っておきながら、一方で「簡単に治る」……いったいどっち?と思われるでしょう。

 パスツレラに限らず、一般に感染症は免疫が低下している人に発症すると重症化します。免疫が低下している人とは、例えば、高齢者、悪性腫瘍を患っている人、抗がん剤を使っている人、リウマチなどで生物学的製剤を使っている人、糖尿病のある人、腎不全のある人、HIV陽性の人--などです。ですから免疫が低下している(可能性のある)患者さんを診察するときには、傷口が軽度であったとしても原因菌を特定しなければなりませんし、単なる風邪症状であったとしても動物との接触を確認しなければならないのです。ここで適切な診断がなされないと、大切な患者さんを重症化させてしまいかねないというわけです。

 パスツレラが“軽視”されている理由は他にもあります。それは、複数種の抗菌薬が奏功するということです。抗菌薬は適当に投与してはいけませんが、効果のある薬が複数あるのはありがたいものです。つまり、粗っぽい言い方をすれば「どんな抗菌薬でも治る」のです。しかし、将来はどうなるかは分かりません。抗菌薬を簡単に使いすぎると耐性菌が出現する可能性があるからです。

 パスツレラの診断には培養が最も確実な検査ですが、確実に正確な結果がでるわけではなく(感染していても陰性となることがあります)、また結果が出るまでに時間がかかります。それよりも、うみを綿棒でぬぐってグラム染色をおこなうのが有用です。グラム染色だけで確定できるわけではありませんが、グラム陰性(ピンクに染まる)の小さな桿菌(かんきん=細長い菌)が見つかれば可能性が出てきます。パスツレラは桿菌といってもあまり長くなく、球菌に近い形状をしているのが特徴です。また、この細菌が皮膚に感染すると異臭(悪臭)を放つことがあり、これが診断に役立つこともあります。

 こういった感染症のリスクがあることを考えれば、ベッドにペットをあげて一緒に寝ることの危険性を理解しやすいと思います。

犬の“勘違い”を誘発することも

 犬をベッドにあげてはいけない理由は、感染症だけではありません。二つ目の理由は、犬を溺愛しすぎて人間と同じような扱いをすると、犬がヒトを主人ではなく友達、あるいは服従する手下のように“勘違い”することがあるということです。「権勢症候群」と呼ばれることもあるこの犬の“勘違い”により、犬が飼い主に反抗したりかみついたりするようになるのです。ときに取り返しのつかない「悲劇」が起こることもあります。

 2017年3月、東京都八王子市の民家で生後10カ月の女児が飼い犬のゴールデンレトリバーにかまれて死亡するという痛ましい事故が起こりました。これも権勢症候群の可能性があります。原則として飼い犬は就寝時にはケージやクレートに入るようにしつけるべきですし、乳幼児は短時間であっても保護者の目の届かないところで犬と一緒に過ごさせてはいけません。

 このゴールデンレトリバーが飼い主のベッドにあがっていたかどうかはわかりませんし、こういう大きな犬と一緒に寝る人は多くないかもしれません。ですが、トイドッグのような小型犬であれば、ベッドに入れているという人もいるのではないでしょうか。トイドッグであったとしても権勢症候群は起こり得ることは知っておいた方がいいでしょう。もちろんパスツレラを含む感染症のリスクもお忘れなく。

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谷口恭

谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト

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