與那覇潤さん=東京都豊島区の南池袋公園で関眞砂子撮影
與那覇潤さん=東京都豊島区の南池袋公園で関眞砂子撮影

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双極性障害になって学んだ「能力を共有する生き方」

双極性障害から学んだこと-與那覇潤さんインタビュー(3)

 「気分が高揚する躁(そう)状態」と、「気分が落ち込むうつ状態」を繰り返すとされる「双極性障害」を発症した歴史学者の與那覇潤さん(38)。さまざまな症状の人たちと闘病生活を共にして、「能力」に対する自己過信に気づいたとふり返ります。一度は挫折を感じた研究者が病気をきっかけに何を発見したのか、交流のある筆者によるインタビュー最終回です。【ライター・本多カツヒロ】

 --退院後2年近く、リワークデイケアに通われました。そこはどんな場所で、何をして過ごしたのですか?

 ◆與那覇潤さん 民間のメンタルクリニックが開設している、病気で休職・休業中の人を対象にした支援施設「リワークデイケア」に入りました。2カ月間入院して、日常会話ならこなせるようになり、少しは自信がついて退院しただけに、最初は「ふりだし」に戻されたようなショックでした。うつ病の休職者が通う施設なのに、みなさんよくしゃべっていて、会話に入っていけるのか不安だったからです。

 デイケアでは毎朝のミーティングで、小話を披露する機会があります。でも最初の2カ月間は何も話せなかった。「相手にとって聞く意味のあること」を、自分の頭の中で組み立てられなかったからです。

 文章を書くことについても、文字通り「本を開いて書き写す」課題から始めますが、その後「本の内容を要約する」課題が出たときには、今の自分にできるのかと不安を覚えました。

 しかしそうやって過ごすうちに、入院中に感じた問題の答えが見えてきました。「今の自分に、この課題をこなす能力があるのか」というふうに悩む、つまり能力を個人に帰属するものだと捉えてしまうと、自分は結局、以前より劣っていると考えるしかなくなる。大学教員をしていたころには戻れないと。しかし、そのような考え方自体が違うような気がしてきました。

リワークデイケアで起こった発想の転換

 --考え直すきっかけが、プログラムの中にあったのでしょうか。

 ◆大きかったのは、ソーシャル・スキル・トレーニング(SST)という心理プログラムです。単純にいうと、職場でつらかった状況を患者さん本人が脚本として書き、お互いに演じながら対処法を出し合うものです。

 私は、普段と違うキャラを演じるのが嫌いではないので、パワハラ、セクハラ上司の役でも手を上げて演じていましたが、どう考えても、「被害者ではなく、追い込んだ上司の方が病気だろう」としか思えない事例が多いわけです。臨床心理士さんにそう言ってみたところ、目からうろこが落ちる答えが返ってきました。

 「そもそも精神的な疾患は、生きづらさを抱えてクリニックの門をたたくことで、『病気だ』とみなされるに過ぎないのです。加害者の上司の言動が明らかに病的でも、本人がそれで平然と暮らしていて、受診する必要がない間は、『病気』と見なされないだけですよ」

うつ状態に入ると、「自分は病気で能力が下がった。だから人より劣った存在だ」と考えがちですが、そもそも「病気か、そうでないか」の境界はあいまいです。病的なものを抱えていても、不自由を感じない状況にいるかどうか、つまりは周囲の環境に依存している。

 --そうした思索の成果をまとめたのが、今年4月に刊行された「知性は死なない 平成の鬱をこえて」(文芸春秋)ですね。以前とは、何が変わりましたか。

 ◆病気になる前の私は、まず能力を「個人のもの」だと思ったうえで、次いで自分にそれがあると考えていた。しかし、どちらも正しい見方ではなかったと思います。たとえば初めて一般向けに書いた本「中国化する日本」(2011年)が話題になった時、ネット上で「話がごちゃごちゃしてわかりにくい」という感想を見ると、「これ以上わかりやすく書けるか、バカ!」と内心憤っていました。でも病気の最中に自分で読むと、実際わかりにくかった(苦笑)。

 大学に限らず教育に携わっていると、「全員の能力を『上げて』、高いレベルでそろえなくては!」と考えがちです。でも人によっては、そのように扱われることが苦痛かもしれない。病気になって自分の能力が下がることで、初めてその視点を持てたと思います。

「知性は死なない」(文芸春秋)
「知性は死なない」(文芸春秋)

 たとえば病院やデイケアでゲームをしていると、どうしてもルールをのみこめない「下手」な人が出てきます。私も最初はイラッとしましたが、そこでハッと気づいた。

 「能力には個人差があることを織り込みつつ、全員が楽しめるようにゲームの場を回すことこそ、本当にやりがいのあるゲームではないのか」と。それが、病気で能力を失い、悩んだ私のたどり着いた答えだと思います。

 --最後に、精神疾患で闘病する人たちにメッセージをお願いします。

 ◆精神疾患の症状は、病名が同じでも人それぞれです。あえてアドバイスするなら、私が入院中に他の患者さんから言われたように、「焦らないこと」。そして、「自分一人で回復しよう、元に戻ろうと思わないこと」ではないかと思います。

「日本人はなぜ存在するか」(集英社文庫)
「日本人はなぜ存在するか」(集英社文庫)

 落ちたと感じる「能力」を、むしろ自分の所有物ではなく、周囲の人たちと一緒に動かす共有物だと考えてみればどうでしょう。それなら付き合う人や付き合い方を変えることで、病前とはまた違う能力を発揮できるはず。私はそう考えられるまでに3年近くかかりましたが、こうした発想の転換が、少しでも回復への追い風になればと思います。(おわり)

<「双極性障害から学んだこと-與那覇潤さんインタビュー」は今回で終わります>

與那覇潤(よなは・じゅん):1979年生まれ。東京大大学院で博士号取得。東アジアとの関係を軸に日本近現代史を研究し、2007~15年に地方公立大の准教授として教壇に立つ。著書に「日本人はなぜ存在するか」(集英社文庫)、「知性は死なない 平成の鬱をこえて」(文藝春秋)など。

双極性障害:以前は「躁うつ病」と呼ばれていた。うつの時はやる気がでない、興味を持てない、眠れない、食欲がない、生きていくのが嫌になるなどのうつ症状が表れ、一方、躁の時は活力にあふれ、次々とやりたいことが頭に浮かび、寝る間を惜しんで動き回ったりする。双極性障害とうつ病の違いは、躁の状態があるかどうかで判断する。躁の程度によって双極1型と双極2型に分かれる。躁が比較的はっきりしている場合は1型、躁の程度が軽い場合は2型。

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