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鼻風邪の薬「効く証拠」があるのはごくわずか

谷口恭・谷口医院院長
 
 

知っているようで、ほとんど知らない風邪の秘密【20】

 「風邪をひいたときには水分をしっかりとって、部屋を乾かさないようにしましょう。ハチミツをなめ、ニンニクやビタミンC、それから朝鮮ニンジンもとりましょう。漢方薬も有効ですよ」。こう言われたとき、これらすべてに反対する人はどれだけいるでしょうか。実はいずれもが、最近発表された論文で「有効性の証明がない」とされた風邪の対処法です。このほか、従来はある程度、有効性が信じられ、実際に世界中の医師が処方しているような薬剤もことごとく「証明なし」とされました。

 それにしても、「水分摂取」までが「効くとはいえない」だとは……。この論文は「成人と子供の風邪に有効な治療法は?」という題で、著名な医学誌「British Medical Journal」2018年10月10日号に掲載されています。では、どのような治療なら効果があるのでしょうか。

大半の風邪治療は「効くとはいえない」

 
 

 論文は、オーストラリア・クイーンズランド大やベルギー・ゲント大の専門家4人が、従来使われてきたさまざまな治療法について、「鼻づまり」「鼻水」「くしゃみ」への効果と、副作用を調べた結果です。それぞれの治療法について、多くの研究をまとめて考察した論文や、その治療法を使った患者と使わない患者で症状の重さや治るまでの期間を比べた論文などを、世界の医学論文をまとめたデータベースで探し、総合評価をしました。

 その結果、論文が「多少は効果があるかもしれない」と位置づけたのは、小児の場合は「生理食塩水を用いた鼻うがい(鼻腔=びくう=に水を入れるうがい)」だけでした。

 成人では「鼻づまり薬」「点鼻イプラトロピウム臭化物(注:おそらく日本未発売)」、「非ステロイド系解熱鎮痛薬」、「眠くなるタイプの抗ヒスタミン薬」の4種類でした。

 一方、「効果がない」「有効性が不明」「有害性がある」などとされた、小児、成人共通の治療法は、抗菌薬(これは当然)、抗ウイルス薬、漢方薬、エキナセア(米国原産のハーブ)、ユーカリオイル、水分摂取、ニンニク、朝鮮ニンジン、(患者がいる部屋の)加湿、ハチミツ、点鼻ステロイド、ヴェポラッブ(塗るかぜ薬)、ビタミンC、亜鉛、ペラルゴニウム・シドイデス(赤紫の花が咲く植物)、プロバイオティクス(整腸剤)、アセトアミノフェン(解熱鎮痛剤)、眠くならない抗ヒスタミン薬、でした。

 医療機関で処方される薬、薬局で買える薬、民間療法も含まれているこれらの治療すべてが「有効性が示されていない」というのです。ただし、風邪の「鼻症状」に対してです。まとめると「いわゆる風邪の鼻症状については、効くとはっきり言える治療法がほとんどない」ということです。

 なお、日本には「点滴神話」があり、ブドウ糖やビタミンなどを点滴してもらうと風邪が早く治ると思う人がいます。でもそんな効果はなく、口から食べ物や薬を入れても同じことです。

 ですから海外では風邪で点滴をすることはまずなく、論文は検討さえしていません。風邪に点滴が必要なのは「吐き気やだるさが強く水を飲むのも難しい」「重症の細菌感染で抗菌薬を直接、静脈に入れる」など、わずかな例外だけです。

子どもの鼻風邪には「鼻うがい」

 
 

 さて、これが現状ではあるのですが、それでも当面、風邪の治療はどうすればよいのでしょうか。今回は症状ごとの対処法を考えます。なお、風邪の対処法は過去の記事(医師が勧める風邪のセルフケア6カ条)もご覧ください。

 まずはこの論文が焦点をあてた「鼻症状」です。子供の場合は「生理食塩水による鼻うがい」のみが有効かもしれない、とされています。(鼻うがいのことは「うがいの“常識”ウソ・ホント」の注釈に書きました。)「鼻うがい」はある程度の年齢にならないとできませんし、生理食塩水(500mlの水に塩約4.6g=小さじ1杯弱=を溶かした濃さ)の準備は大変ですが、有害性はほとんどありませんから、可能なら試していいと思います。ただ残念ながらこの論文によれば、成人では有効性が認められていません。

大人の鼻風邪に薬はあるが……

 成人の場合、論文が「多少の効果があるかも」とした四つの治療を実践すべきかどうかは注意せねばなりません。そもそも、いずれも効果が高いとは言えず「効くかもしれない」という程度です。

 挙げられた一つである「鼻づまり薬」の代表が、過去の記事(「知らぬ間に依存も」子どもに禁止のせき止め薬で述べた、せき止めにも使われる薬の「エフェドリン」(及びその類似物)です。これらは数日間なら使用してもいいでしょうが、使用期間が長くなれば副作用や依存症のリスクに注意が必要です。

 次に「非ステロイド系解熱鎮痛薬」は「アスピリン」や「イブプロフェン」のことで、市販の風邪薬に含まれているものです。「眠くなるタイプの抗ヒスタミン薬」は眠くなるわけですから、夜寝る前だけならOKでしょう。

「薬なし」をまず考えて

 しかし、より重要なことは、非感染性の鼻炎と違って、「風邪の鼻症状は放っておいても治る」ということです。有効性がはっきりせず副作用のリスクがあるなら、「何も使わない」という選択肢をまずは考えるべきです。

 
 

 では風邪の鼻症状はどれくらい続くのでしょうか。オンライン上で閲覧できる英文の医学教科書「ハーバード メディカル スチューデント レビュー」によると、鼻症状は、のどの痛みの後に出現し、その後でせきに変わります。

 健康な成人なら、放っておいても風邪症状は7~10日で消失します。この程度なら「何も使わない」、あるいは「寝る前だけ市販の風邪薬を(短期間限定で)飲む」という方法で十分でしょう。

せき止めは数日まで、解熱剤は「苦しければ」

 他の症状もみていきましょう。せきの場合、せき止め薬は、過去の記事で述べたように内服は数日間にしておくべきで、自然治癒に期待するようにします。ただし、目安として2週間以上続く場合は、せきの原因を明らかにするためにかかりつけ医に相談すべきです。

 熱はどうでしょうか。熱に苦しめられると一気に体力を消耗しますから、場合によっては解熱剤使用を検討すべきです。紹介した論文は、解熱剤は(成人に対する非ステロイド系解熱鎮痛薬以外は)有効でないとしていますが、これは「鼻症状」に対してで、解熱目的に使用するのはOKです。

 ただし、発熱があっても、さほどしんどくないなら飲む必要はありません。よく「何度になれば解熱薬を飲めば(飲ませれば)いいですか」と質問されますが、特に決まりはありません。微熱程度でもしんどければ短期間なら飲んでもいいですし、38度以上の高熱でも元気なら飲まなくてかまいません。

 小さなお子さんの場合、私は保護者に「熱は参考にすぎません。一番大事なのはお母さん(お父さん)からみたときに普段とどれだけ様子が違うかです」と伝えています。また、過去の記事(解熱鎮痛剤 安易に使うべからず)でも述べたように、インフルエンザの可能性があるときは「アセトアミノフェン」以外の解熱薬は避けるべきです。

水分摂取と部屋の加湿を

 では総合的にみて、実際に風邪を引いたら何をすればいいのでしょうか。

 紹介した論文では「効くとはいえない」とされているとはいえ、私は水分摂取と、部屋の加湿は実施すべきだと考えています。発熱で脱水傾向になりますし、加湿によって、せきが軽減することがあるからです。

 
 

 なお、論文が「効くとはいえない」という理由は「これらを実施した患者としない患者を比較した研究がない」ということで、「効かない」とまでは言っていません。

初期の風邪なら漢方も

鼻づまりや鼻水など鼻症状に対しては、確かに有効性の高いものはありませんが、引き始めた直後であれば「麻黄湯」を検討すべきだと思います。

 麻黄湯は(インフルエンザや細菌性咽頭<いんとう>炎など重症例も含めて)風邪の引き始めにはよく効く場合が多いのです。

 紹介した論文では漢方薬の有効性が否定されていますが、これは論文が中国の漢方薬を用いた中国での研究「Chinese medicinal herbs for the common cold.」を参照しているからです。日本製の麻黄湯はきちんと検討されていないのです。そして、麻黄湯の有効性を示した研究は複数あります(参照リンク)。ただし、論文がこれらを参照していないのは、これらのエビデンス(医学的証拠)が評価されていないからと言えるかもしれません。

 麻黄湯が風邪の引き始めによい理由の一つが、麻黄がエフェドリンを含んでいるからです。いわば天然のエフェドリンが麻黄です。ですから鼻づまりにも効くわけです。なお麻黄湯など漢方薬の場合、合成されたエフェドリンと異なり、動悸(どうき)や吐き気などの副作用のリスクは高くありません。

 
 

 麻黄を含む風邪の初期に有効な漢方薬は、麻黄湯の他に「葛根湯(かっこんとう)」「麻黄附子細辛湯(まおうぶしさいしんとう)」などがあります。私の場合、患者さんの年齢や基礎疾患、症状に応じて、これら3つを使い分けています。

私の風邪予防は「鼻うがい」

 最後に鼻うがいについて述べます。論文では「小児については多少有効かもしれないが成人では無効」という結果になっていますが、これは「鼻症状」に対してです。過去の記事(うがいの“常識”ウソ・ホント)で述べたように、私自身は「風邪の予防」として鼻うがいを続けています。

 しかも、私は論文お勧めの生理食塩水さえ使わず、水道の水でやっています。1日2回シャワーを浴びるときに、普通の水道水をシリンジ(注射筒)で吸い取って、鼻に噴出するだけの簡単な方法です。これを実践しだしてから5年間、毎日のように風邪の患者さんを診察していますが、一度も風邪をひいていません。

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谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。