レギュラー 「異端児為公」山本幸三

物価目標2%の深い意味! 未達でも喜ぶべき理由とは

    山本幸三氏=宮本明登撮影
    山本幸三氏=宮本明登撮影

     最近「アベノミクスは失敗した」とか「限界に達した」などとアベノミクスを批判する論調が目立つようになってきた。その最大の根拠とされるのが、「5年半もたつのに、物価(消費者物価指数=CPI)上昇率が目標の2%に達していない」ということだ。

     確かに物価上昇率は直近の7月の消費者物価指数総合で0.9%、生鮮食品を除いた指数で0.8%と2%に達しておらず、「2年程度で2%目標」という当初の目標からは大きくズレ込んでいる。問題は、そのズレ込みが何で生じたのか、また、そのことによって日本経済に何が起こっているのかを冷静に分析することなしにやみくもに批判だけしても、物事の本質は分からないということだ。そこで本稿では2%目標のそもそもの根拠、達成が遅れている原因、また、そのことが何を意味しているのかなどについて考察してみることとしたい。

    物価目標2%の根拠

     まず、物価目標をCPI上昇率で2%とする根拠をよく理解していない人が多い。エコノミストやマスコミでも「2%は到底無理だから1%に下げろ」とか「2%という数値に何の根拠もない」などといった論調が目立つ。黒田東彦日銀総裁もダボス会議で「国際標準だから」とか、「上方バイアスにのりしろをつけたもの」とかいう説明をして、疑問符をつけられてしまった。

     実は、物価目標を2%とするのは、理論的にちゃんとした理由があるのだ。一言でいうと「NAIRUを達成するため」ということである。NAIRUとは、「Non-Accelerating Inflation Rate of Unemployment」の略で、要するに、物価上昇(インフレ)を加速させないような限界の失業率という意味である。

     歴史的に、物価上昇率と失業率の間には、トレードオフの関係があり、これをフィリップス曲線といい、日本でも下図のような形状をしている。日本では、失業率が2~2.5%ぐらいまで下がると、CPIが2%から急速に上昇するということが知られている。過去の例では、失業率が2.5%を切るようになると、物価上昇率2%程度に達していたが、当時と現在では労働市場の状況に違いが出てきている。過去は非正規雇用者の割合が20%程度だったのに対し、現在は40%程度まで増えており、その意味で最近のNAIRUは失業率で2%近くまで下がっているのではないかと推測される。直近の失業率は2.4%なので、もう少し下がり2%にまで近付けば、2%の物価上昇も見えてくるものと思われる。

     いずれにしても、2%の物価上昇目標というのは、2%近くのNAIRUを達成するためにどうしても必要な数値なのだということをきちんと理解しておく必要があるのだ。

    批判派が無視する消費増税

     さて、アベノミクスがなぜ2%の物価目標を掲げているかということを理解したとしても、それではなぜ2%が実現できなかったのだろうか。アベノミクスの原点の構想は、まず、大胆な金融緩和政策を取ることによってレジームチェンジを起こし、人々の期待をデフレからインフレに一気に転換することを狙ったものだった。レジームチェンジとは、政策枠組み全体の変化という意味で、要するに、人々に社会の仕組み自体が根本的に変わったのでこれからは物価上昇の時代が来るぞと信じ込ませようというものである。

     2013年初めから本格的に始まったアベノミクスは、当初見事な成果を収め、14年初頭には物価上昇率も1.5%まで達し、この分では2年程度で2%という目標は十分達成できると期待された。ところが、これを打ち砕いたのが、14年4月の消費税率引き上げ(5%→8%)である。デフレ脱却前のこの早過ぎる消費税率引き上げは、アベノミクス最大の失策であり、これよってレジームチェンジそのものが壊され、期待の変化による早急なデフレ脱却が困難となった。

     一度崩壊したレジームチェンジを再構築するのはなかなか難しく、唯一のチャンスは日銀総裁の交代期にあったが、黒田総裁が留任することとなり、これも望めなくなった。期待の大きな変化なくしてデフレ脱却を目指すとなると、実体経済の改善を一つ一つ積み重ねるしかなく、結果が出るのに時間がかかってしまう。これが、現在起きている現象といえよう。

     アベノミクスを批判する人たちの最大の問題は、この消費税率引き上げがもたらした悪影響について何も言及しないことである。それでいて、アベノミクスは失敗とだけ言い張るのだから、理論的にも実証的にも、とても公平だとはいえない。実際のところは、アベノミクスがあったからこそ、消費税率引き上げの悪影響があっても、何とかデフレに逆戻りしなくて済んだというのが客観的な事実だろう。

    2%未達は日本経済の強さを表す

     2%未達が直接的には消費税増税によるものとはいえ、雇用の状況がこれだけよくなってもなかなか達成されないのは一体なぜだろうか。私は、以下のように考える。

     当初私は、アベノミクスによって雇用状況が改善し、新規就業者が200万人も増えれば、失業率はすぐに2.5%を切り、物価も上昇するのではないかと考えていた。ところが、実際は全く違う結果となった。新規就業者が350万人を超えても、失業率はなかなか下がらず、物価も上がらないのだ。よく分析してみると、不況期に就職を諦めていた高齢者や女性がどんどん労働市場に戻ってきたのだ。そして、それを受け入れる十分な供給能力があることも明らかとなった。

     このことは、日本経済の底が浅いものではなく、極めて底深いものであることを意味している。即ち、日本の潜在能力はまだまだ捨てたものではなく、相当高いものだということだ。2%未達の現実は、我々に日本経済の底力がかなり強いものだということを明らかにしてくれたのだ。これは、実に喜ぶべきことではないか。

    日本の財政はどんどん健全化している

     日銀が金融緩和を続けても物価が2%に上昇しないということは、財政の面からみたら何を意味するか。実は、どんどん財政が健全化していることを意味するのだ。このロジックが分からない人も多いので簡単に説明しておこう。

     まず、日銀は金融を緩和するために、市中から国債を買い、市中金融機関に資金を供給する。現在、政府の国債発行残高は1050兆円程度、そのうち実に480兆円程度を日銀が保有している。日銀が国債を保有したら国民の負担はどうなるか。消えてしまうのである。なぜなら、日銀が保有している国債に対する利子分を政府が日銀に対して支払ったとしても、日銀納付金として政府に戻ってくるだけだからである。元本についても同じである。これは、日銀が持つ通貨発行益で国債を償還しているということで、打ち出の小づちのようなものである。これが永久にできるなら、いわゆる無税国家が出現できることになる。通常は、市中にあまりに大量の資金を供給するとインフレになってストップがかかるので、永久にはできないとされる。金融政策でデフレ脱却が必ずできるという根拠が、このロジックである。

     しかし、幸か不幸か日本ではいくら金融緩和しても物価が上がらないのだから、どんどん国債を買い増せばよい。国と日銀は親会社と子会社の関係にあり、企業と同じように連結で決算をみれば、日銀が買った分については、将来増税して償還しなければならないという国民の負担は消えるのである。これを「(国と日銀の)統合政府でみれば」という言い方もある。

     このことは、財務省にとっては将来の増税の議論とぶつかることになるので、決して口に出すことはしない。しかし、現実は、1050兆円のうち480兆円はもう消えてしまったのであり、日本の財政はどんどん健全化しているといえるのだ。

     物価目標2%が意味するものは実に深いものがあるということを、ご理解いただけただろうか。

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    プロフィール

    山本幸三

    山本幸三

    元地方創生担当相

    山本幸三(やまもと・こうぞう)元地方創生担当相  1948年生まれ。71年大蔵省入省。93年衆院初当選。副経済産業相、衆院法務委員長などを歴任した。衆院福岡10区、当選8回。大蔵省時代には宮沢喜一蔵相の秘書官を務めた。「アベノミクスの指南役」を自任する。