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「不当な逮捕だ」香港警察に憤る少年の思い

福岡静哉・ソウル支局長
血で染まったTシャツを手にする李さん=香港で2020年9月3日、福岡静哉撮影
血で染まったTシャツを手にする李さん=香港で2020年9月3日、福岡静哉撮影

 香港で捕まった容疑者を中国本土で裁けるようにする逃亡犯条例改正案への抗議デモが本格化した2019年6月以降、香港では20年9月上旬までに1万人以上が逮捕された。だが起訴されたのは2200人あまりにとどまり、不当逮捕や冤罪(えんざい)が多いとの批判は絶えない。電車内にいただけで警察官に頭を殴られて重傷を負った上、逮捕された男性(18)が毎日新聞の取材に応じ、今の思いを語った。

血まみれのTシャツ

 「先週、警察から返却されました」。9月上旬、香港の公園で取材に応じた李さん(18)は、そう言って血まみれの白いTシャツを私の目の前に広げた。乾き切って茶色っぽく変色した血のりが首もとから広がり、激しい暴行を受けたことを生々しく物語っていた。

 19年8月31日夜。高校2年の李さんは九竜地区の繁華街で買い物をした後、電車で自宅に戻る途中だった。午後10時半ごろ、車内でデモ参加者と政府支持者の男たちによる口論が始まった。この日は香港中心部で大規模な抗議デモがあり、デモ帰りの市民も帰宅途中だった。しばらくすると殴り合いになり、電車は九竜地区の繁華街に位置する太子駅で緊急停車した。男たちはプラットホームに出て、殴り合いを続けた。

 李さんは反射的にプラットホームに出た後、反対側に停車していた電車内に逃げ込み、身をかがめた。その時だ。「ズーン」。頭に強い衝撃が走った。振り返ると、サングラスに黒ずくめの大勢の警察官が、警棒を振り上げていた。新聞報道で見た特殊部隊「速竜小隊」と同じ格好だ。そう思った瞬間、さらに2度、頭頂部を強打された。頭から血が噴き出し、白いTシャツはみるみる赤く染まった。警官たちは車両内で倒れ込む李さんを放置し、走り去った。

 この日は、太子駅の隣の旺角駅やその周辺でも抗議活動が行われていた。警察当局は、旺角駅の施設などを破壊したデモ隊を制圧するとの理由で警官隊を一帯に配備。さらに「太子駅でけんかが起き、列車から煙が出ている」との通報を受け、太子駅に約200人を派遣した。現場を撮影した香港メディアの映像によると、警官隊は、電車の乗客やデモ参加者らに次々と暴力をふるって組み伏せ、大勢の市民が負傷した。李さんもこの事件に巻き込まれたのだ。警察は少なくとも45人を違法集会容疑などで逮捕した。

 「助けてえ!」。李さんは、プラットホームの方向から悲鳴が聞こえるのを聞いた。しかし体がふらつき、起き上がることができない。ボランティアの救急隊員が駆けつけ、李さんの傷口の手当てをしてくれた。意識はあった。他にも乗客2人が負傷し、手当を受けているのが見えた。しばらくして電車が走り始め、太子駅から南に2駅目の油麻地駅で停車した。油麻地駅にもたくさんの武装警察がいた。

 救急隊員の助けを借りながら油麻地駅で降り、救急車に向かった。すると後をつけてきた警察官が救急車に乗り込んできた。警察官は…

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ソウル支局長

2001年入社。久留米支局、鹿児島支局、政治部、台北支局などをへて、24年からソウル支局長。