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「日本のファッション産業に未来はない?」 愛知県尾州産地から国内ファッション産業の未来に挑戦する

平澤良樹・stitch_代表
平澤良樹さん=一枚の服・モノの価値をつくるコラボレーション展 渋谷QWSにて 撮影者:Keigo Mochizuki/Ryota Nagashima
平澤良樹さん=一枚の服・モノの価値をつくるコラボレーション展 渋谷QWSにて 撮影者:Keigo Mochizuki/Ryota Nagashima

 「ファッションの道には進まない方がいいよ」

 1960~70年代、世界でも注目を集めた日本のファッションの最前線で日本中の工場を回っていた叔父が、私にそう言った時の寂しそうな目が強く印象に残っています。

 ファッションに対する思い入れは強く、洋服を私に譲り渡す時はいつもその衣服が誰によってどのように作られたのか、どんな意味が込められているのか、そういった背景を教えてくれた叔父は、必ず最後に、「ファッションは面白くなくなってしまった、ファッションには進まない方がいい」と私に伝えてきました。

 ファッションに心を込めて向き合ってきて、大好きなことの話をしているはずなのに、なぜ最後に必ずネガティブな言葉が出てきてしまうのか。私はそこに違和感を抱き、ファッション業界について詳しく知るために本や記事を読み、現役のデザイナーや服飾学生、業界の人に話を聞いて、現状を調べるようになりました。

四葉織房有限会社にて 撮影者:Keigo Mochizuki/Ryota Nagashima
四葉織房有限会社にて 撮影者:Keigo Mochizuki/Ryota Nagashima

 その後、衰退している日本のファッション産業を復活させたいという思いで立ち上げたstitch_では、国内産地の魅力を発信する取材活動をはじめとして、世界レベルの技術を持つ職人の方々やクリエーティブ力を持つ若手デザイナーとチームを組み共同での商品開発を行い、産地の内側から新たな市場を開拓していく取り組みを行っています。

 ここでは、国内のファッション産業と繊維産業に何が起きているのか、私が実際に目で見て考えてきた国内産地の課題と未来につないでいくためにすべきことについて愛知県尾州産地の事例を基につづらせていただきます。

尾泉染色株式会社にて 撮影者:Keigo Mochizuki/Ryota Nagashima
尾泉染色株式会社にて 撮影者:Keigo Mochizuki/Ryota Nagashima

「服が売れない時代」

 高度経済成長から国内産業を潤したファッション産業は、90年代のバブル崩壊とともに衰退の一途をたどってきました。アパレル市場が成長拡大する世界とは裏腹に縮小を続ける国内市場。少子高齢化をはじめとして世界的にも課題先進国と呼ばれる日本の繊維業界は、ファストファッションをはじめとした大量生産・大量消費が生み出す多くの課題の裏側で衰退してきました。

「日々増す産地工場の廃業報告」

 91年から2017年にかけて4分の1まで減少した国内事業所は、他産業と比べた生産性の低さと衣料品単価の下落による国際競争力の低迷により、今後もさらに減少していくと予想されています。

 私が取材活動を続ける中で、糸を織り合わせ生地にする製織工程の工場を営む社長さんは、「仕事の受注量は何とか保てていても、付加価値を上げ市場を創出することができておらずもうからないイメージがつくことで、若い人たちを産地に呼び入れることが難しくなってきてしまっている」とおっしゃっていました。競争力のあるはずの生地の生産工程においても、需要減少と市場縮小に派生する後継者不足により、やむなく廃業を余儀なくされる事業所が日を増すごとに増加していることを実感しました。

宮田毛織工業株式会社にて 撮影者:Keita Suzuki
宮田毛織工業株式会社にて 撮影者:Keita Suzuki

「市場の変化に対応できない産地の現状」

 尾州産地は日本最大の毛織物産地として知られる一方で、事業所数、従業員数、製品出荷額は減少傾向にあります。

 取材活動から見えてきた尾州産地の課題は、

 ①分業工程間の事業者協力関係の不足

 ②工場が自主的に市場や流行を捉えて需要を創出していくクリエイティブ力の不足

 ③生産性の低さと需要減少に派生する後継者不足

の三つが挙げられました。

濱谷さんと筆者 三河紡毛株式会社にて 撮影者:筆者
濱谷さんと筆者 三河紡毛株式会社にて 撮影者:筆者

 国内でも数軒しか残っていない、羊毛を糸に変える紡毛工程の工場を営む三河紡毛の濱谷さまは「紡毛工程の事業者自体が、すでに尾州地域では三河紡毛のみで国内でも数軒になってしまった。どんな繊維でも糸に変えられる紡毛設備は昨今のサステイナブル素材等の循環型社会にも対応できる優位性を持っている一方で、設備投資にコストもかかり市場の変化に合わせて柔軟に対応していくことが難しく、川上工程であることから市場の変化をくみ取り専門性を生かして付加価値を創出して新たな市場を開拓していくことが難しくなってしまっている」とおっしゃりました。

三河紡毛株式会社 ミュール精紡機 撮影者:筆者
三河紡毛株式会社 ミュール精紡機 撮影者:筆者

 他にも、糸を染める染色工程や染めた糸を加工して強度の強い糸や特殊な糸を作る撚糸工程、糸を織り合わせて生地にする製織工程の事業所の方々と話を進めていく中でも、生地を作るという点においては長い歴史の中で培ってきた経験と技術を用いて世界トップレベルの品質の生地が生み出せる優位点を持っている一方で、その産地の独自性や専門性を生かした市場創出の点において課題を感じている事業者の方々が多いことが分かりました。産地全体の付加価値を上げ、市場を拡大していくためには、産地の工場同士で連携して専門性を生かした市場創出を自立して行っていく必要があります。

四葉織房有限会社にて 撮影者:Keigo Mochizuki/Ryota Nagashima
四葉織房有限会社にて 撮影者:Keigo Mochizuki/Ryota Nagashima

 産地の工場の方々は、これまでのあり方のように最終製品を扱うアパレル側から指示を受けて安く買いたたかれるような構造のままでは生き残っていけないと感じていても、分業制の産業構造の中で、市場とは一線を置いて生地作りのみに特化してきた職人の方々は、うまく市場に対応できない現実があると、口をそろえておっしゃりました。

四葉織房有限会社にて 撮影者:Keigo Mochizuki/Ryota Nagashima
四葉織房有限会社にて 撮影者:Keigo Mochizuki/Ryota Nagashima

「産地と若手デザイナーのかけ橋となり、日本のファッション産業を牽引する」

 産地の工場が、新たな市場を創出していくクリエーティブ力に課題を感じている一方で、クリエーティブ力を有する若手のデザイナーが国内産地とのつながりを持てずに素材調達の面で課題を抱えている現状を見て、この間をつなぐコーディネーター的存在が必要なのではないかと考えるようになりました。

 そこで、stitch_では、産地の工程間の相互協力関係の構築と産地全体の付加価値生産性を高め需要を創出するクリエーティブ面の調整機能を担うための活動を開始しました。国内ファッション産業の次世代を担っていく若手がリーダー的存在となり、尾州産地内から需要創出と市場開拓を行う後継者が増えていくことが産地の活性化につながるだけでなく、日本のファッション産業を世界に広げけん引していくことができると考えています。

 国内ファッション産業のものづくりをつないできてくれた叔父をはじめとした多くの人たちの思いを引き継ぎ、私は全力で個性やこだわりを追求する若手デザイナーや産地の職人の挑戦を支え、日本のものづくりの未来を育てていくことに人生を注いでいきます。

渋谷QWSにて 撮影者:Takumi Kuroda
渋谷QWSにて 撮影者:Takumi Kuroda

 【Social Good Opinionの連載は今回で終了します】

stitch_代表

 1998年生まれ。早稲田大学社会科学部休学中。国内ファッション産業の課題解決を目的として、若手デザイナーのものづくりサポート、国内産地への取材活動、服の産直サービスの構築等を行うプロジェクトstitch_代表。大学1年時に化粧品D2C事業を行う(株)Waqooにて1年間海外事業部のCRMを担当し、同時にバーの店舗経営を始める。過去に中卒で就職した後に高卒認定資格を取り、独学で早稲田大学に合格した経験から、受験生向けの支援やメディアへのコンテンツ提供などを行う。