勝間和代のクロストーク

行政・議会に透明性と説明責任を

2009年7月12日
25 Commented by 谷仲 俊 さん 2009年7月14日 12:43
 

 「数値目標」に関しては、非情に議論があると思います。そもそも企業においても「成果主義」の「成果」の解釈にもレベルの差があります。
 
 私は非情に好意的に「数値目標」を解釈しました。つまり、「達成したか/しなかったか」が明確になる目標であるという意味で解釈しました。
 
 具体例で説明します。
「株価を13000円にします」というのは、“数値目標”としてふさわしいとは考えません。
「株価を13000円」を目指すために、「内需拡大策として○○をします」「輸出強化のために○○をします」「安定雇用のために○○をします」「競争力強化のために○○をします」というのが目標であり、それぞれを「達成したか/しなかったか」が明確になります。
 
 結果的に13000円に到達しなくても、「なぜ到達しなかったか?」を最後の段階で責め立てるのでは、意味がありません。すでに最悪な事態になっている可能性があります。
途中段階の諸政策の遂行状況について、継続的監視と方向修正をすべきであって、それが満足できれば結果として13000円に到達しなくても国民は幸福なのです。
 
 企業でも、「売り上げ50%増」を“目標”として掲げて、これだけを評価基準にしては、組織に問題が起こります。日本企業の“成果主義”にいびつさを感じるのは、まさにこの点です。「売り上げ50%増」のために、何をするか?・・・それぞれのプロセスを明確に定義して、それぞれを「達成したか/しなかったか」を評価すべきだと考えます。
 
 国民に、“将来あるべき姿を具体的に見せるための数値”は重要です。しかし、それのみが評価基準であってはなりません。その“数値を実現するための政策プロセス”について、明確な評価ができるようにする。これが重要だと考えます。
 
 例えば、(魅力的ではありますが)「最低賃金を時給1000円にする」では不十分なのです。これでは、インフレ政策をとれば簡単にできます。しかし、国民の幸福には繋がりません。どのようなプロセスで実施するのか、を明確にしてもらわなければなりません。
 
 繰り返しますが、「このプロセスを遂行しているのか、完了したのか」を評価し続けることで、継続的な監視ができると考えます。「継続的に監視・評価できる目標を掲げましょう」という提案であれば、もろ手を挙げて賛成です。

24 Commented by 榎本義美 さん 2009年7月14日 12:04
 

 政治家が国の有り方を決めていくということを、有権者が強く意識しなければならないと強く感じています。
 
 現在、日本のリーダーシップを取れる人間がいないことに、非常に危機感を感じます。原因として、選挙制度に 問題があると考えます。2世や3世の苦労をしない人間が、近親の地盤を引き継ぎ政治家になれるというシステ ムは、理屈に抜きで即刻やめるべきと思います。
 
 洋の東西を問わず、事業家でも何でも「3代で潰す」と言う事が、実証されている訳で、例外がある訳がない。
 
 明治維新を創出した人物は、全て、20~30歳台の人々であつた。日本の政治かも、本当に心がある者がその熱意 で選出されるシステムに変更すべきと思います。それは、その地域の人々が責任を持って選出するべきで、その 住民は一連托生の責を負う必要があるということです。選ばれた人間が貧乏であれば、皆がカンパを行う、助け 合いの心を中央に届けたい。
 
 政治家の数が多すぎます。半分の2院生として首相は国民投票を行っての、その要因も加味すべきと考えます。
 
 政治家(人間)は、地域や国になり代わり活動すべきで、それ以外の何者でもないと思います。

23 Commented by 阿部雅樹 さん 2009年7月14日 11:07
 

 基本的に賛成です。
 
 ただし、他の方も述べられている通り、マニュフェストを掲げその達成度のみを評価する仕組みだけでは、有効に機能しないでしょう。企業における数値目標と同一に論じることはできないと思います。
 
 評価を補強する方法として、議会における全ての法案の賛成・反対結果・理由(議員の場合)を一覧化することと、インターネットで投票可能とし、その際にこれらの情報を閲覧できるようにこと、個人の寄付をネット上からも可能とし、企業・団体からの献金を制限かつネット上で開示すること などが必要だと考えます。
 
 与党のみならず、野党議員への評価基準が必要ですし、議員・首長への評価は当選させることだけでなく、寄付を通じた経済的援助も行うべきです。これからは、有権者も考え成長する仕組みが求められているのではありませんか。

22 Commented by 丸山高弘 さん 2009年7月14日 8:17
 

 数値目標や行動計画は、あくまでも[手段]であって[目的]ではないと考えています。
義務づけることで、[手段の目的化]になりはしないかと危惧してしまいます。(目標とする数値さえ達成できれば、本来の目的からはずれていてもいい……とか)
 
 それよりも僕が重要だと思うことは、[常にマニフェストをウォッチする仕組み]づくりです。
 
 政策がどの程度実現されているかを、国民が知るためには何よりもまず「マスコミの役割」が大切なはずなのですが、現在のマスコミはその義務を忘れてしまい、視聴率至上主義的な存在になっています。既存のマスメディアに期待できないのであれば、なんらかの市民団体/NPO等による、インターネット放送による番組・市民メディアとして『マニフェスト・ウォッチャー』としての番組づくりを行うことで、第三者としての客観的な視点によるマニフェストの監視体制がつくられるのではないか……と、考えます。
 
・政治家さんご自身が自分の掲げたマニフェストを忘れないためにも
・国民のマニフェストに対する関心が薄れないためにも
・マニフェストの[見える化]はその市民メディアが、理解のためのグラフィックス等を駆使し(そこではじめて第三者による《マニフェストの達成状況》として数値化するのであれば意味がある)
 
などが考えられます。
 
 財源などの《資金調達=ファンドレイジング》の課題はありますが、政治家自身にマニフェストの数値目標や行動計画を義務づけるよりも、『マニフェスト・ウォッチャー』のような番組が存在することで、結果として政治家自身が数値目標や行動計画をつくらざるをえない状況を生み出すことの方が、効果的ではないだろうかと考えているのです。

21 Commented by 林 弘志 さん 2009年7月14日 7:13
 

 提案通りにそうあって欲しいと思う。ただ、有権者はそれほど暇でもないし、政治に関心は必ずしも高くない。勝間さんの提案が仮に実現したとしても、目的としたいように関心が高まるとは思いません。
 
 そんなチェックが効くほど今の政治の仕組みは簡単ではありません。法律、制度全てを照らしてそう思います。
 
 私は、マニフェストは大いに結構、それで関心を高めるのは非常に有効であり、政治家はもっと関心を持つべきと思います。但し、その有効性を論議する以前に、投票率を高める工夫、すなわち一人一人が参加したという実感をどのように持たすべきかをもっと考えるべきでしょう。マニフェストを守ったか否かは一つのツールであって、提案の仕組みを作っても、良い政治に直結するとは思いません。投票行動は今の生活実感を映したものであり、有権者自らの責任を反映したものです。
 
 特定少数による純粋培養された仕組みを作るのではなく、不特定多数が参加出来る、色んな声が反映された投票結果をどう具体的に集めるか。目的を明確にした制度の改革を求めます。

20 Commented by Satoshi Hayashi さん 2009年7月14日 4:27
 

 今の世の中の風潮でしょうか、問題の解決を、すぐに、制度とか、仕組み、といった枠決めから入ろうとする傾向が多くみられますね。一般の企業の中でなら、ある程度機能するかもしれませんが(社命、または、自身の立場や生活が掛かっているから)、しかしながら、企業内でも、やはり、それを実行する“人”に掛かっているとおもいますよ。現在の日本の政治家や官僚(いわゆる公務員)を見ていると、もし、こういった制度の改革や新たな仕組みが出来たとしても、それを真摯に遵守し、実行してくれるでしょうか?自分たちに都合のいいように曲解して、結局は都合のいいように運営してゆくような気がするのは私だけでしょうか?
 
 私は、“政治はその国民を映す鏡だ”といつも思っています。まず我々が変わらなければ、最初に。周りを見渡してください。自分に都合の良いように生きたい、したい、と思っている人たちでいっぱいではありませんか? まさに政治家と官僚連中と同じではないですか? まずここから変えていかないと。制度や仕組みはその後のような気がしますが。
 
 また、もし、制度、法律を変えることができるのなら、政治改革として提案したいのは、

1)首相の公選。
2)企業献金の一切禁止。
3)天下りの一切禁止。〈民主党もこの点では曖昧)
4)天下り実績のある公益法人のすべての廃止。
 殆どの公益法人はなくたって殆ど何も社会に影響しないのは、周知の事実。どうしても必要があるものだけ民間にやらせれば良い。
5)官公庁の(地方も含めて)多くの部署の事業や仕事を民間に切り離す。
 これによって公務員数削減、経費の“大幅な”削減、権限の切り離し、等メリットは大。
 
 以上、要するに、政治の不透明性や、不実行性に対する障害となるものをすべて取り去るわけです。政治家や官僚に都合の良い職場や環境を与えないことです。いかがでしょう。

19 Commented by 木村幸雄 さん 2009年7月14日 0:50
 

 マニフェストは数値化する事らしいから反対です。そんなに細分化しても数字のマジックに騙されるのが落ちだと思います。数値化して点数評価するとします。何点が及第点ですか? 60点位か、100点はどうですか。
 
 マニフェストで細かく細分して、3つの項目を挙げたとします。その候補者に投票した1万人が全て3項目に賛成だと言えるのでしょうか。言えるなら100点満点は勿論優等賞でしょうが、あの項目には賛成だけどこの項目は「反対だけどどうせ出来っこないからいいか」なんて思う人も居るはずです。そんな人が多く投票してたら事務的評価で100点満点でも民意から言えばやり過ぎ政策で落第点です。過ぎたるは猶及ばざるが如しです。
 
 有権者は1票しか有りません。その1票を多数の項目の賛意と見なして良いものでしょうか? 細かく数値化するのは間違いではないでしょうか。
 
 選挙というものは勝負事なのでしょうか? 勝った負けたと言う声が煽ってる。でも選挙は有権者の信託を得るものではないでしょうか。低投票率でも誰かが当選するなら、有権者の意見を聞くことは必須ではない。対立者に勝つ事が必須だから争う政治をするようになるだろう。その為にはマニフェストも差違の無いものより少し誇張気味にメリハリ有る様に書くだろう。
 
 選挙に臨んで、政策の差違を強調するマニフェストを作ろうという声が聞こえて来ます。それは格差を無くすと言うより格差の助長を招き、100点満点は落第点に近付くだろう。
 
 今の選挙の欠点は主権者の意志の明示が無くても当選し政治が出来ると言うことだ。
無投票当選がその最たるもの、候補者一人でも選挙を行い過半数の投票率で賛意が明瞭化して当選するなら主権者の意志を当選者が施行すると言えるだろうけれど、有権者の意志を黙認と見なして政治が進むなら、それを民主主義と言えるだろうか。黙することが承認なのか否認なのかが、明らかなのでしょうか? 後であれ違ったこれ違うとオンブズマンとやらが後出しジャンケン宜しく口出ししてそれは選挙が信託儀礼じゃないことの証明ではないか。
 
 選挙は投票率に連動して当選し、主権者の意志が明示された分だけ政治を行えばよい。その不都合は主権者の責に帰するもの。主権者の意向を二の次にして候補者の誰かが当選するのが明らかならば、候補同士が啀み合うことしか出来ないだろう。
それが今の政治だとは見えませんでしょうか? 投票率が半数に満たない時は誰も当選しないとなったら、候補者同士が反目する事は二の次になって有権者の意向を汲むのが候補者の役目だと認識するだろう。逆に衆愚政治の恐れも多分増すが、民主主義が主権者の意志を尊重するものならそれも仕方ない事だろう。
 
 今の政治は有権者が政治家を選んでるのでしょうか、それとも政治家が有権者に選ばせてるのでしょうか? 主役は誰? 主権者は誰?

18 Commented by 森岡 慶信 さん 2009年7月13日 21:22
 

9番の方の意見には納得させられました。

「企業の経営」といいますが、米国流の成果主義を見習った企業こそ「数字・数字」で社員を苦しめている代表選手のようなものです。

それから根本的に無理があるのは、政治家がいくら頑張ってもお役所が「数字」を隠していては話になりませんし、「透明性」「説明責任」と言いながら「数値測定」と「結果責任」にはなりませんか?

重要なのは例えば「透明性」を確保するため国会と同じように議会の議事録を公開すること、予算が許せばネットで中継したり録画の再生ができるようにすることで、それにより行政と議会が真剣に国民のために働いているかどうか確認できるのではないでしょうか。

数値を示さなくても、いや数値で示すことのできない生活に密着した「暖かい」政治こそが重要です。

17 Commented by 軸丸 智裕 さん 2009年7月13日 19:54
 

 賛成としました。
 
 今まで、選挙で選ばれた人は、選挙で選ばれた後、なかなか地元でマニュフェストに対する自己評価をしてきませんでした。いや、してきたのかもしれませんが、そのほとんどは、有権者というよりも支援者だったのではないでしょうか?
 
 ただ、説明を行う方法にして、講演会を設けるだけというよりも、基本的にはネットで流す、もしくは公表する必要があると私は思います。 無論、その中には、数値目標に対する評価も含まれるべきだと考えます。
 
 ただ、予算編成討論の公開ですが、これは、会議の内容を公開しても、その討論前に写らない場所で事前協議が行われてしまえばあまり意味はありません。討論すべき内容も事前協議で決まってしまい、本当の意味で市民が予算編成を知ることもできなくなってしまうのではないでしょうか?
 
 それを防ぐためには、まず、各省庁等でとりまとめた予算編成の資料を公開してもらう必要があると思います。どういう根拠でどういう風にこういう予算を組んだかを出させて、それに対して討議させるべきです。資料があれば、市民は予算編成に関してより多くの事を学ぶことになると思います。
 
 あと、最後に、こういうトークや質問をする場合において、知っている知識の差というのが、議論の厚みに非常に大きく関わってくると思います。それを埋めるためには、ネットで公開する資料の配置や整理の他、公務員になって研修を行うような感覚での国民向けの国の仕組みの紹介をするホームページの設置、問い合わせに対して、公務員が知識に応じてなるべく適切に話をする能力の育成などが必要になってくるでしょう。
 
 透明性や説明責任は、専門家にのみあるわけではないのです。国政に真剣な多くの市民のために、そういうことも求めていく必要があると考えます。多くの市民は、マスコミや勝間さんのような専門家が難しい話を良くかみ砕いて話す内容を聞き、実生活の感じたことをもとに様々な意見を述べています。しかし、本当に行政や議会がそういうことを行おうとするならば、国の内容をある程度理解できるような資料を作っておくおく必要があると感じます。でなければ、透明性や説明責任もあまり意味の無い話となるのです。

16 Commented by 明瀬 吉央 さん 2009年7月13日 19:22
 

今回の提言には、基本的に賛成です。

しかしながら、他の方の投稿にもあるように、数値目標を評価することは、慎重に行わなければならないと思います。企業と政府はその存在意義がまったく違うため、表面上の数値よりも重視しなければならない事柄が多々あるでしょう。

◎政府は「富(果実)を公平に再配分」するために存在する
 企業を対極に例えるならば、企業は「富(果実)を効率よく形成する」ために存在するといえるでしょう。企業であれば合理性・効率性が(やや語弊はありますが)最重視されるのに対し、政府(行政)の場合はプロセスや公平性が重視されるべきであり、成績表で表すならば平均点に対する得点評価よりも、標準偏差や分散値をより評価すべき性質があると思います。100点満点で0点の人もいて平均70点の評価よりも、最低点数30点で平均60点の方を「政治としては評価すべき」であると考えます。これまでのクロストークでも、「最低点数を引き上げるための方策」が多数あり、勝間さんご自身はその点を十分に踏まえていらっしゃるだろうと思っています。

◎数値目標よりもプロセスをより重視する
 数値目標はあくまでも客観的な評価の基準を呈示するだけであって、マニフェストの評価はそこへ至るプロセスをより重視すべきだと考えます。プロセスを呈示し、数値目標を達成してもしなくても、プロセスを如何に実行できたかでその政党あるいは候補者の行動力や企画実行力を評価するべきでしょう。

 また、プロセスを評価すれば、限定的ながら同時に予算と決算を評価することも可能になります。政策の実行規模やそのプロセスの活動内容を民間のプロジェクトマネージャー等が評価すれば、予算が妥当であったか、十分な決算となっているかも評価することができるでしょう。

◎大事なのは達成度の評価
 もっとも大事なのはやはり達成度の評価であり、第3者による達成度の評価が行われることによって、「初めて」政党または政治家に点数をつけることができます。これまでは、表面的な実行政策のみによって(特に大臣の)評価が行われてきました。小泉政権の各種構造改革は表面的な部分は一定の評価を得ているかもしれませんが、その副作用が近年じわりじわりと出ています。麻生総理や自民党政権はそれを理解し得ないため、日本は米国発金融不安による景気低迷からいまだに全く脱却できずにいるとも考えられます。

 達成度の評価は、単年度・単任期に終わらせてはいけないでしょう。社会資本投資やセーフティネットの構築に関する事柄は、効力(副作用も含めて)が表面化するのに数年はかかり、こと教育や少子化対策であれば最低20年程度はかかるかもしれない代物です。どのような形態を用いるかは思案する必要がありますが、「継続的な達成度評価・副作用評価」が必要だと思っています。

 マニフェストの数値目標は、そこに至るプロセスを政治家にも国民にも考えさせ、予算取りから結果の統計まで、「官僚任せ」にせずに政治家自身や国民がチェックできるようにするためにこそ、必要であると考えます。

15 Commented by 小山絵里 さん 2009年7月13日 15:47
 

 賛成です。
 
 今の政治は不透明すぎます。一言で言うなら市民から遠いのです。選挙の時だけ良い事を言い、当選したら知らん顔。これでは若者をはじめとする選挙権を持った大人が、選挙に行かなくても当然です。
 
 あえて厳しい条件をつけさせてもらえば、自分の掲げたマニフェスト&数値目標に対しての結果があまりにもお粗末な場合は、辞任していただく。
 
 これくらいのつもりでやっていただかなければ、何も変わらないと思います。

14 Commented by 熊野 則子 さん 2009年7月13日 14:36
 

 マニフェストって言葉が出てきたとき、これって今までの公約とはまったく違うモンだろなって思ってました。だけど結局は実現したのかしなかったのか、ウヤムヤになっちゃうってことでは、選挙公約と50歩100歩。数値目標と、実現割合を数値化して、今後も推進するのか、方向を変えるのかハッキリ分かるとうれしいですね。

13 Commented by 城内 達也 さん 2009年7月13日 13:04
 

 他の方も指摘されておられましたが、政党のマニフェストとして数値目標を出すのであれば、条件付き賛成です。国民総幸福というような定性的目標には嘘が多い。「美しい国」「安心/安全」ただのキャンペーン用語に過ぎません。
 
 ただ、数値目標を出すにしても、そもそも議論の前提が異常な事が多い今の政党には、あまり期待は出来ません。それすらをも指摘出来るのであれば、多少は期待出来ます。果たして大臣クラスの政治家でも、数値の意味を知っているかは大いに疑問ですが。
 
 例えばCO2削減政策ですが、これは世界的に一律削減を求めても非効率であり、
エネルギー効率の悪いであろう新興国に技術移転して、ボトルネックを解消するという政策性が本来必要です。排出権取引やセクター別目標など、市場で解決すべき問題ではない。CO2は中期的に見ると拡散するので、何処の国を減らしたって構わないし、何なら活火山を非活性化させればCO2排出は減少します(不可能でしょうが)。
 
 そうしないのは、単に新興国を締め上げたい意地悪な政治的判断、技術移転すると、技術が新興国に対して流出/定着してしまうから。これはよくある陰謀論のように、地球の破綻に対して、権力者だけがノアの箱舟に乗るという話ではありません。実際はそれだけの価値しかないので、国家はそのような行動を取るのではないでしょうか。
 
 環境省の宣伝、報道に於いても、CO2増加が地球環境の最大のボトルネックであるかのような喧伝ぶりです。この件に関しては、私見ですが、科学的事実以前に、統計の嘘が多い。
 
 また、身近な例では、ポイントセールやクーポン券、割引率など、販売手法を組み合わせる事で、数字の印象を良くするという小売店の販売戦略が挙げられるでしょう。簡単なテストで満点を取り、親に誉められようとする、これは僕でも経験のあるところです。
 
 つまり、数値目標を政党の目標にしたところで、いずれ誰かが見破るでしょうが、統計の嘘で塗り固める事は現実として有り得るでしょう。それは政治が政治である以上、必ず発生すると思います。数値を出したところで嘘はつける、という意識が国民に共有されるなら賛成です。その共有/認知が不可能であれば、従前通り、定性的な目標のままで構わないと思います。
 
 数字の嘘を見破れないのだとすれば、逆に国民は、数字を人質に取られて、政策に反対する事すら出来なくなる「空気の醸成」を、僕は危惧します。CO2削減キャンペーンがその嚆矢だとしたら、ますますヒステリックな社会になってゆくでしょう。「数字を出しているじゃないか!」「何故数字を守らないんだ!」誤った前提のまま、数値目標だけが独り歩きする。恐怖です。
 
 営業目標に到達しないでブチ切れ、経営責任には頬かむりの何処ぞのワンマン社長のような首相が、このアイディアと共に登場しない事を祈ります。いや、既にここ数年、舞台に上がっているかも知れませんね。次は別の劇団クラブが演じるようですが、どんな演技を見せてくれるでしょうか。

12 Commented by 津野 隆夫 さん 2009年7月13日 12:28
 

 先ほど反対の意見を投稿しましたが「それを実行するための予算編成討議の公開」について書き忘れたので、追加で投稿させて頂きます。
 
 実効性はともかく現状でも、国会や県議会の審議を直接・間接(放送・録画など)にかなり傍聴できます。勝間さんが、具体的にどのような新しい仕組みを考えておられるか全く提示されていないので、議論になりにくいと思います。
 
 ただし現実的には自分が投票した議員の行動を追跡するような人は、ごくわずかと思われます。マニフェストの数値目標の達成の検証は、権力を与えられた政権政党や知事のものが中心になるのではないでしょうか。

11 Commented by 橋本 正浩 さん 2009年7月13日 12:25
 

 企業で数値目標を立ててPDCA(Plan、Do、Check、Act)をまわしてゆくのと国政はやはり異なります。
 
 企業はその組織の成果を最大にする目標を立てて、全資源を効率的に配分して、その結果を構成員の社員等に還元してゆくものでしょう。国政は最初にその構成員の国民の安全、生活、福祉、喜び、希望を適えようとビジョンを示し、政策を立ててゆくものです。日本国の置かれる環境の変化や、国民の価値観の多様性を考えると、数値の選択すらままならないと思います。国民総生産世界一が決して目標とは思いません。
 
 むしろ議会のあり方を変えるべきではないでしょうか。勝間さんの言われる行政・議会の透明性と説明責任のためにも、今の国会・委員会の討論のあり方に問題があると思います。現在の国会・委員会の討論は、それを通して政策をより良いものにするという流れが見えません。特に議長が単なる進行係で、与党は政策の完全性を縷々(るる)説明するだけです。有権者として意思を継続的に表明し続けるためには、このやり取りに対して評点をつける機関を作ったらいかがでしょうか。質問が適切であったか、答弁が明快で妥当であったか、やり取りの中で、政策の改善が見られたか等々です。この結果を公開して広く国民に意見を求めて、国会に対して勧告を行うのです。

 もちろん、衆愚に落ちる危険は避けねばなりません。この機関のメンバーは、従来のような学者や、企業人、官僚上がりである必要はありません。むしろ各種NPO法人の方のほうが良いかもしれませんね。

10 Commented by 石田彬 さん 2009年7月13日 10:27
 

数値目標と行動計画をマニフェストに提示することの義務化と、達成できなかった場合の説明の義務化に関しては反対です。
 
 確かに数値で示されればわかりやすいですが、数値やそれを用いたグラフなどで可視化されたものは、いかようにも受けて側の印象を操作することが可能だからです。また、例えば相対的貧困率は世帯年収を基に算出されますが、物価は全く勘案されていませんし、行政からの援助も勘案されてないほか、課税所得がほぼ100%補足されているのは給与所得者だけですから、相対的貧困率ひとつ取り上げても、いろんな問題が出てきます。
 
 また、外交や国防については、国家機密事項もあることから、数値で表せるものではありません。
 
 それよりも、大きな宗教団体から組織的な支持を受けている政党が、政局のキャスティング・ボードを握っていることは、政教分離の観点から非常に大きな問題だと思います。

9 Commented by 津野 隆夫 さん 2009年7月13日 6:37
 

 この提案には正直いって,びっくりしました。

 常識的にはこれは政党のマニフェストについてであり、評価対象は政権政党のマニュフェスですよね。まさか野党や候補者単位のマニフェストを数値目標で評価するなどという暴論ではないですよね。しかし文脈ではすべての候補者のマニフェストとも読み取れます。

 ほとんどの数値目標は、国政でも地方政治でも政権を取って権限を得てはじめて達成できる可能性が生まれるのであり、マニフェストの数値目標の実現の義務が生じると思うのですが、違いますか?そうでない場合には、その目標のためにどれだけ努力したかが評価の対象になっても、数値で評価するのはナンセンスではないでしょうか。
 
 このあたりが全く明確ではないので反対とさせて頂きました。以下のような提案なら,賛成できる可能性があります。
 
 政党のマニュフェストの目標には必ず数値目標を付記して、政権をとった場合にその達成度を評価できるようにする。
 
 ただし耳障りの良い数値目標がたくさんでてきても,それを保証する財源措置(消費税○%アップ)なんて、どの政党も明記しないでしょうね。本提案はきれいごとの典型ですね。

8 Commented by 岡田宜倫 さん 2009年7月13日 1:00
 

 私は、賛成させてもらいます。私は選挙とか政治とかに対して詳しく知らない素人ですが、あいまいな表現では、はっきりとした考え、方針がわからないわけですし、選挙の時だけ良いように言い、できなかったから、言い訳する口実を与えるかと思います。
 
 たしかにマニフェストを出す時と後の経済情勢などは変わっていくと思いますし完全に実行できなかった場合もあるかと思いますが、それならば、説明責任というのは必要だと思います。

7 Commented by 渡辺 禎 さん 2009年7月12日 22:24
 

 勝間さんのおしゃっておられることは、私が思っていることと同じです。
 
 政治の透明性の低さには、マスコミの報道にも問題があると思います。補正予算の話題ではNHKのニュースで、増額総額の約半分についてしか説明されず、がっかりしました。我々がもっと政治に関心を持ち、政治に関する番組の視聴率を上げることで、マスコミの報道を変えていくことも必要ではないかと思います。

6 Commented by 佐藤信二 さん 2009年7月12日 21:56
 

文書の前段、
 
> 従って、投票も重要ですが、より重要なのは、政治家と行政に対し、選挙前に約束した政策課題をきちんと実行させる仕組みをどう作るかということになります。
 
 には、同意します。民主主義では当然あってしかるべき仕組みだと思います。
 
 しかし、後半の
 
> このような数値目標は、企業の経営ではごくごく一般的なことです。政治でも一部では行われていますが、私たちが最も望んでいる格差の是正や教育の充実、子育て環境の整備などの分野においては、分かりやすく納得できるような数値目標はまだ、十分には掲げられていないと考えています。
 
 にあるように、企業で一般的だからといって、政治でも行うべきであるという論旨には賛成できません。政治が企業にように振る舞うのならば、企業でよいのです。政治や行政は企業と異なる行動理念があるから、企業ではないのです。
 
 また、数値目標に至ったからといって、納得できるかどうかは別です。企業の売り上げ目標が達成されたからといって、常に社員がハッピーであることはないように、政治の数値目標が達成できたからといって、納得できるかどうかは異なるのです。数字はあくまで量的目標であり、質的目標を十分に表すことはできません。
 
 たとえば、保育園が足りないから保育所を増やす目標を立て、実現した。結果、劣悪な環境で子供が育てられるという可能性もでてきます。
 
 また、仮定の話ですが、貧困率が下がったけれど、それでも貧困として取り残されてしまう家庭は、貧困率の低下に納得するのでしょうか?また、その場合は、政治や行政の方法に問題がありうるのではないでしょうか。
 
 私は、政治というのは大きな意味で調整作業だと思います。あちらをたてればこちらがたたず、という状況を調整することで、社会全体を良い方向に持って行くことだと思っています。数値目標は、あくまで目安にとどめておくべきです。
 
 そして予算をチェックするならば、予算だけではなくその実現方法にまで目を向けるべきです。

 
 

「行政・議会に透明性と説明責任を」 に対する皆さんのご意見、ご感想は…
賛成
34.7%
だいたい賛成
20.8%
どちらかといえば反対
20.8%
反対
23.6%
コメントを送ってクロストークに参加しませんか。

ベストアンサーについて

  • 勝間さんが投げかける提言について 皆さんからご意見を募集し、ウェブに掲載します。
  • 賛成・反対問わず最も説得力を感じた投稿を 勝間さんが「ベストアンサー」として選びます。
  • これまでのベストアンサー

おすすめ情報