今回の提案は「根本病からの脱出を図ろう」です。具体的には、問題解決にあたって、「構造改革」「内需拡大」「財政再建」などのビッグワードをなるべく避け、解決可能な狭い範囲で政策議論、実行をしよう、というものです。
2・26事件のあと、石橋湛山は「日本人は根本問題に執着しすぎて、その根本問題が解決しなければ何をやっても解決しない、あるいは、根本問題の改革のためには機構の打破や変改がすべてだと考えがちである」と指摘し、これを「根本病」と名付けました。この根本病は2・26事件後も続き、軍部の独走や開戦に至った大きな理由の一つであると私は考えています。
根本病は今も完治していません。例えば、デフレ問題や少子化対策、若年層の雇用対策などを議論する際、構造改革できなければ、あるいは内需拡大が実現しなければ、何もかも意味がないというような反論にしばしば直面します。
ビジネスの場において、コンサルタントは問題を定義し、これらをもれなく、重なりなく、分析することで、本当に解決すべき場所を狭く狭く絞り込んでいきます。そして、その部分に重要な資金や人的資源を集中することをしつこく訓練されます。なぜなら、「全体的な大幅なコストダウンを」といったあいまいな改善提言では、顧客企業が具体策に取り組むのは困難で、対価をもらえないからです。
そのため、売り上げアップであれば「他の商品に比べ、A商品の利益率が高いにもかかわらず、営業トークのクロージング(契約・購入決定)の確率が低い。そこで、クロージングのトークをこのように改善し、全営業マンに3日間の演習を施し、成果をその後2カ月、点検、管理しよう」というような提案でなくてはなりません。
同じように、日本の改革についても、個別具体的な小さな政策の塊、例えば、デフレ脱却についても「どうやって構造改革するのか」ではなく、「インフレ・ターゲット(目標)を1%にすべきか、3%にすべきか」「通貨量を増やすために日銀が買い取るのは、3カ月までのCP(コマーシャルぺーパー)にすべきか、長期国債まで入れるのか」といったことを議論すべきではないでしょうか。
また、内需拡大や構造改革でも、本当に必要なことは大規模な産業政策や公的融資の拡充ではありません。既得権益を排除し、新陳代謝が進むよう市場をきちんと機能させることです。時代の変化に応じて生産性が下がり、ビジネスモデルが合わなくなってきた分野から、新規の分野に人が移っていける仕組みを考え抜くべきで、その障害になっている規制を取り除き、不合理的な既得権益には逆に新たな規制を課していくのです。
私たちは少しずつしか変われません。できない理想を掲げることは、かえって変化から逃げることになります。そうではなく、実現可能な分野を狭く定め、実行スピードを上げることを望みます。根本病についてどのように考えているのか、そして、日本社会の新陳代謝を促すにはどのようなやり方が有効なのか。ご意見、お待ちしています。(経済評論家)
*投稿の受付は終了しました。ありがとうございました。
勝間さんが引用されている石橋湛山の社説は「根本的問題を目がけながら、国民は漸進的努力をたえず払わねばならぬことこれだ」という言葉で結ばれています。
これを踏まえると、石橋湛山の主張は「根本的問題と言う総論を実行可能な各論に分解し、その中で出来る事から(最終的には根本問題の解決を目指して)始めよう」と言うものではないかと感じます。
翻って勝間さんの提案
「問題解決にあたって、「構造改革」「内需拡大」「財政再建」などのビッグワードをなるべく避け、解決可能な狭い範囲で政策議論、実行をしよう」
「できない理想を掲げることは、かえって変化から逃げることになります。そうではなく、実現可能な分野を狭く定め、実行スピードを上げることを望みます」
を読むと、根本問題の議論が蔑ろにされているようで、(あくまでも根本問題を最終ゴールとする)石橋湛山の趣旨とは少し異なるのではないか、と言う印象を持ちました。
私の思う日本の根本病は「貧困対策で国民は覚悟を」の回でコメントしたように、日本独特の雇用慣行のために発生した格差が、非流動的な労働市場の中で半ば固定化されるために固定化されてしまう事にあるのではないかと思います(しかも、それが徐々に広がっていつかは自分の身に降りかかるかもしれないと言う漠然とした不安が、病を更に進行させている)。
これを打破する対策として
1.雇用の流動化の促進
2.規制緩和による新規起業の促進
3.セーフティーネットの充実
を挙げましたが、(コメントでも述べた通り)「覚悟を国民に納得してもらうためには、覚悟の結果として整備されるはずのセーフティネットが事前に必要と言うスパイラルに陥る」ため、短期的な解決は難しいのではないか、と思います。
まず、(母子家庭や主たる生計者でありながら非正規労働に従事せざるを得ない状況に陥った者と言った)最も弱いところからセーフティネットを張り、それを既成事実として徐々に範囲を広げながら国民の将来への不安感を拭っていく事が、日本の根本病を(完治とは行かないまでも)徐々にでも回復させていくための方策ではないか、と考えます。
勝間さんの思いは理解できますが「根本病からの脱出を図ろう」は理解できません。
「昭和11年の石橋湛山全集10巻」の中の言葉だと思いますが、稀有な書籍ですから本来の意味を原典で確認できません。勝間さんの言われている意味なのか疑問です。
私は、大局を踏まえなければ詳細は決められない、決めるのは危険だと思います。石橋湛山の言葉の意味は、違うところにあるように想像します。
勝間さんは、大局は別にして、詳細を決めて行こうと、言われていると思います。
「解決可能な狭い範囲で政策議論、実行をしよう」は極めて危険な行為だと思います。そのような議論や、その結果の行動は、極めて危険なので止めるべきだと思います。
「根本病」についての提案は、例えが悪いかもしれませんが「急いては事を仕損じる」と「先手必勝」とどちらが正しいかを問うような話のような気がしています。答えはどちらも正しく、間違いでもなく、状況に応じて正しく使えば良いということではないでしょうか。逆にどちらかが「良い」「悪い」と判断を促がすような誤った誘導や議論の導入は好ましいと思えません。
日本の患っている病気の本質は、全体像とか将来像を見極め、適切な対処を促がすことができるリーダーシップの欠落と、その為に対立している利害を調整し、全体の利益に繋がるような対処を施せる人材、仕組みとその意識の欠如だと思います。昨今の症状として物事を細分化し、全体像を見え難くして、ある側面だけの妥当性を真理のように吹聴する事象が多いし、世論の見えない部分は深く考えない、与えられた情報を鵜呑みしがちな状況が症状を悪化させているように思います。
マニュフェストを見ても国全体の課題解決や複雑な利害関係の調整よりも、事象の一側面であったり、取り組みやすく分かりやすい狭い範囲の利益や論理的整合性の追及ばかりで、結果として全体像や将来像は後回しとなり矛盾や不具合が拡大しています。予算編成などは象徴的で、全体像は考慮せず枝葉末節の事業仕分けと国民に媚を売る政策で財政赤字を拡大させ末期的症状です。財政赤字が拡大することを単純に批判はしませんが、全体像の中での必要性や将来に対する必然性の前提が本来あるべきだと思います。よって今問題なのは「根本病」と言うより「全体像欠損症」「将来像欠落症」であり、実行の為の「調整力欠乏症」「協調性疾患」「配慮不全症」と言うべきだと思います。勝間さんの言う対処療法の実行は為されていますが、上記の理由からその効果が上がっていないか、そもそもの診立てが間違っているのだと私は感じます。
太平洋戦争も全体像や将来像を描けないまま、根本問題としての「原油(資源)の確保」と軍事侵攻という具体策に邁進した結果泥沼化してしまいました。日露戦争のように国家のリーダー達が危機感を持って(国際世論を含む)全体像と終結の将来像を見据え、状況を正しく理解し具体的な対策を連携することが出来ていれば、戦争も回避できたかもしれないし、歴史は変わっていたのかもしれません。現在の国難も同様ではないでしょうか。
無難に物事を前にすすめていこうという意見として、総論的に賛成できる各論だと思います。2.26事件と現在とでは、情報化という点で非常に社会が変化していて、根本病からの脱出には時代に即した形が必要だと思います。
「今そこにある危機」は実は個々人のもつ時間軸から見ると大変わかりにくい変化で、これからの2000年先まで見通せるような達観した方からの意見発信がもっとも大切に思えます。実際、今の日本は、勝間さんがどこかの雑誌でお話しされていたように、世代毎の自身のもつ余命というものが一つのハードルになっています。余命少ない方々のうちどれほどの人が覚悟を持って日本の将来を案じた発言をなさっているのか。寿命が延び世代間の価値観が多様になりすぎるほどに、日本はアンビバレンツになってしまいます。日本で、国民が情報を共有するしその情報にお互いに共感し実行することはもはや大変難しい課題に思えます。
現時点で政治的思惑や営利的な思惑なしに日本国民に正しくそして等しく影響し発言できるのは非常に限られた立場の方だけです。そういった方が、政治的ではない真に純粋な形でのご活動を明治憲法以来の真に民主的な立場で展開頂ければ、国民はその活動の先を見て学ぶに違いありません。これだけ不景気なのにどんな昔の時代よりも豊かに生活できているという今の日本で、国民ひとり一人に世界でなにが起こっているか、日本でなにが起きているかを自己学習することはもはや難しいのかもしれません。
失業率の問題もありますが、仕事を選びすぎる甘えた人も少なくありません。生活保護費の月額が途上国の年収に相当するようなこの豊かな国にいてわれわれが行うべきことは、実は、「清貧」と「節度」、そして「道理」でしかありません。小さな目標であってもあるいは大きな改革であっても平和であり平準化した生活がまだまだ可能な日本は、バランスをとろうとするために不公平を生み出すという技術論的な稚拙さからのつねに拘泥した結論しか導き出せなかったのは自民党時代もそして現在も変わらないように思います。
情報化社会にふさわしい形で展開された「温暖化ガス25%削減」の声に残念ながらメディアも国民の真正面から目を向けていません。「欲しがりません。いつまでも。(*メタンハイドレートか水素スタンドのインフラ整備までは)」というメッセージは首相のかけ声ではいまのところ十分ではなさそうです。その意味で国民が政権交代で見たかったのは、自民党の無様な姿だけだったのかもしれません。
日本人の心根は世界に対してどう発信されるべきか、国内での隣人との関係はどうあるべきかを今一度新しい形で最もふさわしい方から発信いただくそういった時期に来ているのでしょう。そうあってはじめて勝間さんの正論が活きてくるように思います。「今一度日本を洗濯したく候」そういった場面で日本はいつも上手に担ぐべき方を引っ張り出して危機を乗り越えてきました。
日本の改革に関してですが、日本は技術立国なのでやはり、科学技術を伸ばしていくしかないような気がします。
現在文部科学省が科学技術政策に関する意見を募集しているようです。
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/22/03/1291303.htm
より引用
『科学技術政策に関するご意見募集について
平成22年3月10日
社会・国民とともに推進する科学技術政策の実現に向けて、皆様からのご意見を募集します。本意見募集の結果は科学技術週間中の4月17日に行われるシンポジウムにおいて活用させていただくとともに、その成果とあわせて、今後、文部科学省として、より良い科学技術政策を推進していくために参考とさせていただきたいと考えております。科学技術の力による輝きのある日本の実現に向けて皆様のご意見をお寄せ下さい』
勝間さんのような見識がある方々がこういうチャンスを逃さずに提言していくことが、
ひいては技術立国の復活→日本の改革につながっていくのだと信じます。
希望も夢も語るのも私も大事だと思うが、しかしだ!そうこうしている間に問題がもっと大きくなり、現実として起こっている問題の解決を希望論で語っている内にも何一つ解決出来ないで手が付けられないままここまで来てしまった我国の実態を勝間さんを始め皆さんはどう見ているのか?
ここで色んな意見を言うのは私も含めて意味が無いなどと言ったら自己矛盾になりますが、私は今この国に必要なのは国民が現実を見て過去の歴史を振り返って今まで通り行かないと先ず悟った上で(殆どの人は今まで通り行かないのは分かっていると思いますが)私達のライフスタイルのあり方を見つめ直して、そして今大きな問題を抱え込んでいるこの我国の現状をしっかり見つめて物事を考えないと本当に根本的な解決なんて出来ないと思うし、問題が益々肥大化して行き相当な混乱を招く世の中が来ると私は思ってます。
さすがにここで投稿されている人の中では自分達が痛みを受けないで現状の世の中の問題も解決出来るなどと思っている人は少ないと思いますが、そうじゃなく痛みを受けたくないが為に現実問題をしっかり把握しようとせず常に希望論を語る意見ほど愚かなものは無いと自分は思っています(だから私はそういう姿勢が垣間見える評論家やコメンテーターを非難してきたのです)
とにかく私としては消費税引き上げでも何でも国民に支持を得られるようにしてから早くして見て欲しいです。その時に本当に財政も健全化しいく目処が立ち、内需も拡大していけるような景気回復をして行くようなら早くしてみれば良いんです。
でも私はそうはならないと思っているし、いくら増税しても財政が健全化される為には早急じゃなくても長期的にもインフレ傾向にしないと解決出来ないと思っているので見守るしかないですね。
私も預言者じゃないので消費税引き上げを含めた増税を行ったら(消費税の数値にもよりますが)絶対景気が悪化するとは言い切れませんが、とにかく我国はこの先増税しないとやっていけないのは明らかな事です。
先ずそうして見てからでしょうね。そこで私が言っておきたい事は、またその時にもし景気が悪くなった時に結果論で、消費税を引き上げた時の野党とか評論家やメディア、そして国民が消費税を引き上げたからだ!増税したからだ!と非難するのはまたおかしな話だと思いますけどね。
結局、またそんな事を言い出す者が溢れたら結局この国は常に現実逃避の希望論ばかり言い覚悟も持てない卑怯な国民ばかりだったって事です。
私はこれだけ自分の自論をここで説いています。私はたかが一般人ですが実名も出ていますから私は自分の意見に責任と覚悟も持っています(世の中が悪くなったとしてもです)
私は言うだけ言って責任も覚悟も持てない国民がいる事が結局大きな改革を出来ない原因だと思うし、政治家も評論家もメディアも口だけは何とでも言うがデメリットまで言及せずに無責任発言を繰り返しているのが今の世の中の実態だと思ってます。
私は前からここで常に世の中を、そしてこの先の我国を悲観的に捉えている者です。そしてそう言う考えが一番現実的なものの見方だと私は思っています。
バブル以降の90年代にあれだけ国がお金を使って来たから我国はこれだけ借金が増えて来たのです。
で、結局 不良債権問題も重い足かせになり景気回復までの効果も無く、使わないよりも使った方がある意味効果はあったし地方の景気を支える効果はあったかもしれないが、それでも良くて現状維持、そして結局は借金が莫大に増えてしまった。
そして90年代後半に金融と大企業を中心に金融危機が襲い、それでまた小渕内閣、森内閣の時に景気建て直しの為に金を使ったが、やはりさほどの効果も無くまたまた借金を増やしたので、もうこのままじゃいかんということで小泉内閣の時に予算を切り詰めて地方は疲弊した。
そして偶々歴史的に中国の発展の時期と(中国も実態成長は確かだがバブルも含む)アメリカのバブル経済のお陰で日本の外需が延びて外需産業を中心に景気が上向いたが、結局、外需産業を中心とした企業のあり方が変わり企業も当然のようにアジアの中進国と競争する為に雇用のあり方も変えて行かなければいかなくなった為に予算削減により地方が疲弊した事と相まって個人と地方の格差問題が新たな問題としてまた生まれてきた。
それでも景気が上向いていくのなら未だ何とか我慢も出来たが結局アメリカ経済は投資バブルによる虚構の経済で化けの皮がはがれたらこの通りの有様だ。
さて皆さんどうします?(純粋に私は国民に向かって問いたいです)
もう本当に気付いた方が良い。この国は金を使わないと内需拡大も地方発展も出来ないです。そして外需頼みの経済も結局は中進国、そしてマーケットも縮小している従来の先進国と競争して行かないと伸びて行かないんですよ その為には皆さんが最後のよりどころのように言う技術力で勝負だと言っていますが、結局 技術力を付け始めた中国やインドと賃金コストや語学を始めとした能力の勝負にもなって来ているのですよ。
本当に他社には無い、そして世界に一つしか無いような技術を持っているような企業はどんな状況でも勝ち残っていけると思いますが、我々が戦後に輸出で延びて行ったような安くて良い物を作り、それらの全てをアメリカが買ってくれた時代と全然違うんです。
そんな状況も認識出来ないで、これだけここまで手を付けずにより膨らませてきた大問題を抱え込んだ我国にそんな技術力だ、内需だ、と叫んでいて解決なんて出来ませんよ。
そうやって現実も把握しないで、そして90年以降の我国のあり方も分析しないで相変わらず希望論で良いのですか?
なぜ我国が今こうなっているのか?そして今後も大きな問題を抱えこの国はどうなって行くのか?と考えて行かないと結局は私はここで過去の投稿からも何度も言ってますが、気づいた時はもっと酷い世の中になっていると思います。
基本的に政治家の力量の問題です。大学などの学識ではなく、実学がない人が多すぎる。という仮定から、根本病ではなく、枕病だと思います。寝て思っているだけ。現実はかけ離れたところにあります。
私はもっと根本を追及するべきと言いたい。勝間さんの言われていることは、死亡率の高い広域伝染病にウィルスを特定せずに、手当たり次第に応急処置をするようなものです。熱が下がれば何でもいいというのは如何なものか?
私は規制緩和をすれば好転するような考え自体おかしいと思います。この考えには、企業者民間が疲弊していることが前提となっています。疲弊していなければ、規制など押しのけて行けるのではないでしょうか。経済成長には規制はというガイドがあり、その成長を適正化しています。成長と規制は比例関係にあります。規制を無くせは成長するでしょうか?今後、その路線は続くでしょう。そして国家的疲弊は増大する筈です。
次に財政破綻は、増税では何の解決にもなりません。税徴収の基本は何か?根本的にです。徴収権は国が国民に対して持っています。国は税収を挙げるためには、国民に収益先を確保しなければなりません。民益あっての税収なのです。したがって国は民益の収束化を目論見ます。これが国益です。どこにこれを見出すか?戦前も戦後も変わりません。このような政治家がいないのが問題だといっているのです。根本が全く出来ていないのです。
私も、根本問題については賛成です。1か0のように考えてしまいがちです。この金融問題が解決しないから、デフレも終わらない。といったように。しかし、今回のデフレも複合的な原因によって発生した結果であれば、これを解決するためには複合的な手段が必要なのではないでしょうか?
よって、金融問題が解決するまで待ってから、ほかの問題へということはできないとうことです。すべてを同時進行で行い、これが問題だという原因を1つに決めないことです。そういうことを勝間さんは提言したいのではないでしょうか?
医療問題・少子高齢化・長時間労働・年金問題等々ありますが、そのなかでも
私が提案したいのは、労働問題についてです。
「企業家支援サービス」
社会が必要とするサービスや製品などに対して起業する方々を応援するシステムを作るのはいかがですか?最終的に起業家を増やそうということです。それによって雇用も増加します。(その際国民から現在あればいいなというサービスがあればアンケートをとって調べておくこともできますよね?)
事業の失敗を恐れず、もっと前向きに雇用を促進させるため、20代から30代、40代、50代の方々へ融資する金融機関を増やし、3~5年の返済を免除(利益が出たら返済開始)、各業界からベンチャー経営者とその仲間を募るための人材紹介サービスを併設し、会社を動かしていく。失敗しても何度も這い上がれる仕組みを作ってほしいです。(ちょっと甘いですかね?)
最後に、
69.佐藤さんの下記コメントが心に響きました。
創造的な精神の自由、これが一番大事だと思いました。
一人一人、想像力を働かせて自分と社会のよりよい未来を創造するために起業する方を応援します。また、現状に不満を言うのではなくこれからどういう未来がやってきてほしいのか?そのためにはどうやって未来を作り出すのか?という議論をする場を各世代間やコミュニティ(地域)の中でつくり、実現していくそんな日本であってほしいと思います。(希望的意見です。)
皆さん考えてください。車を運転するときにどこを見ながら運転しますか?フロントガラスのある前を見てますよね?誰も後ろを見ながら運転する人はいないのです。これを人生にたとえさせていただくと、後ろ(過去)を見ながら運転すると事故にあう確率が高くなるので、前(未来)を向いてハンドルを切りましょう。過去の偉人たちが作ってきたように、未来は作るものです。そう思います。(このたとえについては賛否両論あるとは思いますが。)
69に続く投稿です。
問題解決型の発想しかできない人は、問題の根本原因の追究の名のもとに、悪者探しをしがちです。そして、悪者をやっつければ問題が解決するのだとばかりに、革命やテロや戦争に走る人もいれば、もっと穏健に、規制をたくさん設けて国民の自由を制限する方向、大きな政府を志向する方向の場合もあります。毎年ルールが増えて、六法全書も年々分厚くなっていく現代日本も、勝間さんがおっしゃる通り、根本病の人が多いのかなあと思いますね。
対して、勝間さんは、課題達成型の発想をしています。「ビジネスモデルが合わなくなってきた分野から、新規の分野に人が移っていける仕組みを考え抜く」とおっしゃるのがそれです。
小乗仏教的な問題解決型は、問題(「果」)をシステムとしてとらえ、そのシステムの構成要素(「因」)を壊すことでシステムを壊そうとします。他方、大乗仏教的な課題達成型は、現実(「因」)に対して、その課題を埋める構成要素(「縁」)を持ってくることで、「因」と「縁」から成るシステムとしての理想(「果」)に近づけようとします。悪を押し止めるだけなら問題解決型が有効ですが、善を推し進めるため、あるいは、新たな価値を生み出すためには課題達成型の発想が必須です。
そして、課題達成型の特徴は「逆問題」であることです。「逆問題」とは、たとえば太鼓の形からそれを敲いた時の音を求める問題を「順問題」と言うのに対し、太鼓の音から太鼓の形を求めようというのが「逆問題」です。「逆問題」は、答が無数にある場合もあれば、一つもない場合もあります。すなわち、理想とする音を実現する太鼓の形はない場合もあるのです。「逆問題」は、解が一つもない場合もあるからこそ、勝間さんがおっしゃる通り、できない理想を掲げることは、かえって変化から逃げることになります。実現可能な分野を見定め、実行スピードを上げることを私も望みます。
ということで、今回は勝間さんのおっしゃることにだいたい賛成です。自由で創造的な精神にあふれた、豊かな日本のために。
50番の五十嵐日出志さんへ
ご返事ありがとうございます。この様に言うのは、いただいた質問が私の考えを深めるのに非常に役にたったからです。これはさておき、矛盾についてのご質問ですが私が思うなりにお答えしたいと思います。
>「矛盾した提言」とは具体的に何を指しているのでしょうか?
> 今回提言においてでしょうか、それとも以前の提言においてでしょうか?
わたしが明らかだと認識しているのは今回の提言と、新政権と有権者、実り豊かな「ハネムーン」をの回です。
「根本病から脱出をはかろう」はその説明として「ビックワードをなるべく避け、解決可能な狭い範囲で政策議論、実行をしよう」となっています。
私は「根本病からの脱出をはかる」はこれ自身が「ビックワード」になっており、提言自体がビックワードを避けていないと考えます。「ビックワードを避ける」と「ビックワードを避けていない」が同時に含まれているため矛盾であると考えます。また、付随する「なるべく」は提言のなかにどうしても「根本病というビックワード」入れなければならなかった理由が書かれていないので評価しませんでした。
「ハネムーン」の回では、投稿の中で情報公開に関する矛盾があると指摘しましたのでご覧下さい。
しかし、数えあげるとこれしか明示できませんでした。これでは、論を成り立たせるには弱いことは私にでも分かります。
そこで、矛盾以外の要因はないか考えてみました。出てきたのは空論と言われるものです。
まとめます。
勝間さんの今回の提言とそれ以前の提言にも共通する部分があります。それは「問題抜きの解決策」を提示することです。わたしも途中からの参加なので全てを検討したわけではありませんが、勝間さんの提言には具体的問題そのものを語らないまま解決策のみを語るという特徴があります。もうすこし形式的にいうと、結論のみが述べられここの結びつく論拠の部分がないのです。
私の認識では、問題解決プロセスにはまず問題の把握があって次に妥当な解決策が導かれるのが順当な順序です。解決策の評価にも問題は必要です。問題に対してよい影響を与えるのかそれとも悪化させるのか、それとも無効なのかなど問題との対比で評価されますし、されるべきです。しかし、このサイトでは問題なしに解決策が提示されるのです。私は「無いことは証明できない」ということを知っています。このサイトの混乱の原因は「論拠がないことは証明できない」ことを勝間さんが応用していることです。これもまた、毎日JPにて承認され繰り返されていると認識しています。
最後に一つ質問があります。
50番の投稿に「勝間さんの著書を何冊も読んでおり、共感している部分も多々あります。」とありますが、具体的には何を読んでどのように共感したのでしょうか?この話しは私にとっては新鮮な驚きです。お手間でなければ教えてください。
勝間さんの提言の中に矛盾が有りますね。勝間さんがこうすべきとしている解決策にしても「根本」である原因が判明しているから打出せる解決策です。まさか「根本」原因追及もせず解決策を実行する訳ではないでしょう?
この提言で賛成としている方はもう一度勝間さんの提言を読み直してみましょう。
この矛盾が読み取れない方の意見はそもそも読む気がおきません。提言を無視しての「持論表明」はこの議論のマナー違反です。自分勝手な「持論表明」にどんなに有益な情報が有ってもです。
会社の小集団活動に用いられるQCストーリーには、問題解決型と課題達成型があります。
伝統的なQCストーリーは、問題解決型です。この問題解決型ストーリーでは、「当たり前品質」を保てない状態を「問題」と捉え、特性要因図(魚の骨)などで、問題の要因の要因のまた要因というように、問題を要素に分けたり、「なぜ」を何度も繰り返して原因を追究したりして、問題の真因を探っていきます。その理由は、真因を見つけたら、それを無くす対策を講ずることで、問題そのものを無くしていくことができるからです。すなわち、問題解決型は、問題をシステムとしてとらえて分析し、システムを構成する要素を無くすことで問題を解決しようとするのです。
しかし、この問題解決型QCストーリーは万能ではありません。後ろ向きだからです。たとえば、企業は成長するために「魅力的品質」の商品を開発しなければなりませんが、自社の弱みをいくら分析して無くしても、その営みから新たな商品は生まれません。
そこで使われるのが、前向きの課題達成型QCストーリーです。すなわち、現状とあるべき姿のギャップを「課題」と捉え、課題を埋める方策を創造的に立案し、その中から最適策を選択して実行するのです。引き算ではなく、足し算の発想です。課題達成型の普及は、20年前ぐらいからではないでしょうか。
しかし、課題達成型QCストーリーでも限界はあります。「課題」によっては、方策が無限にあることもあるし、方策が無いこともあるのです。たとえば、花の種が見事な花を咲かせ、また豊かな実りも結ばせるには、光や肥料や水やりなどに無限の方策が考えられるでしょう。しかし、現状がタンポポの種なら、そこからヒマワリの花を咲かせる方策は考えられません。
仏教では因果すなわち原因結果の法則を説きますが、小乗の時代は、苦集滅道の四諦の教えを見ればわかるように、「この世に生まれるという苦しみの原因を無くすことによって、この世に生まれてくるという結果を無くそう」という後ろ向きの考え方をしています。それに対して、大乗の時代は、因縁果のように「縁」を因果の間にはさんで原因結果の法則を説きます。すなわち、現実という「因」を菩薩行の実践という「縁」によって現実的な仏国土という「果」に変えていこうとします。
おそらく、「根本病」と言われる人は、小乗的というか問題解決型の考え方をしておられるか、タンポポに向かって「ヒマワリになれなければ意味が無い」というような無理難題をふっかけているのでしょう。
必要なものは、個人であれ企業であれ国家であれ、創造的なビジョンです。「あなたは何をしているのですか?」と問われたときに、「生活のために石を積んでるんだ。」と答える人よりは、目を輝かせて「教会を作っているんだ。」と答える人のほうが、社会の価値の創造に参加しています。
創造的な精神の自由、これが一番大事だと思いました。
世の中全体でみれば、勝間さんのいう根本病患者は少ないとは思います。
しかし、メディアも含め結論の出ない現象のみの意見や具体的な危険性は伝えるが、改善策がない人間があたかも『持論』という勘違いをし、人に共感を求める・・・そんな人は多いと思います。
根本的な問題の背景や状況、環境を理解していないのに、解決策はでませんよね。リアリティーが足らないだけでしょうが・・ 根本的なことさえ理解していないのに『できない理由を言い訳』にしている人は多いと思います。
根本問題をどうのこうの言っているコメンテイターや評論家より、勝間さんの言っている事の方がシンプルでわかりやすいですね。
今の現状の打開策や改善策を考え、将来のビジョンを掲げ、モチベーションを上げていく! その上で過去の根本的な問題は理解した上で、今後、その方向から脱却していく今を含めた行動を取る! ってことかなと私は私なりに考えましたが、あっていますかね??
プレーヤーが評論家になっては何事も進まない。
評論家なら誘導的な意見や挑発的意見ではなく、具体的な問題抽出と現状を知らせる。その後は聞いてる方が判断する。
勝間さんは自分でも何を言っているのか分かってないのではないか。
提案名:「根本病」からの脱出
問題解決にあたって、解決可能な狭い範囲で政策議論、実行をしよう。
さて、
>『内需拡大や構造改革でも、本当に必要なことは(中略)既得権益を排除し、
>新陳代謝が進むよう市場 をきちんと機能させることです。時代の変化に応じて
>生産性が下がり、ビジネスモデルが合わなくなってきた分野から、新規の分野に
>人が移っていける仕組みを 考え抜くべき』
この現状分析は正しい。そして、これこそが勝間さんのいう「根本病」そのもの。これが容易に「解決可能」でなく「狭」くもない議論だったので、20年実行できなかった。
提案と提案内容が矛盾している。(私は「内容」が正しく、「提案」が間違っていると思うが) お忙しいのは分かるが、すぐに自己矛盾が見つかる提案はそもそもどうか。
ご指摘の「根本病」と言われる意味が良く分かりません。全ての問題が片付く単一解(unique solution)ということであれば、確かにそのようなものはないでしょう。しかし、経済学や経営学の基本教科書にもあるように、例として挙げられた「構造改革」「財政再建」は中期の、「内需拡大」は短期の経済政策目標です。政治家は自分の支持者の利害を根拠に声を大にして叫び、マスコミもそれに殺到します。しかし、それですべてが解決すると考える人は少ないはずです。いずれも「根本病」というには程遠いと思います。
ただ、そのいずれも部分解が必要なことには間違いありません。財政改革の道筋を見い出せなければ、日本の国民生活は大打撃を受けるでしょう。内需拡大の道を探らなければ、膨大な失業者の発生を覚悟しなければなりません。構造改革を意識しない企業は、市場から淘汰されます。
必要なことは、まず国民が現実を知ること、分かっている人は知らせること、そして部分解を積み上げて行くことだと思います。国民所得の倍以上の債務を抱える国の選択は、支出減か、増税か、放置して破たんを待つか、いずれかの選択だと思います。この問題について、どういう選択をするか、でしょう。
ただ、「根本病」に思い当たるものがあるとすれば、「得している人はそのままに、損している人にはもう少し余計に損してもらう」というこの国の政策運営ではないでしょうか。解決にはなりませんが、処方があるとすれば、国民が「この国をどのような国にしたいのか」、を真剣に考えること、考えるために知ること、そして一人ひとりが行動することだと思います。
本件、「朝青龍や白鵬に勝てる日本人力士をどう育てていくのか?」という問題に似ているかもしれませんね。
なんせ人間のやることですから、ラセン階段を上って少しずつ上に上るように問題にあたる方がよいのでしょうね。ヘーゲル哲学的に言えば、「人間の英知は"aufheben"を無限に繰り返すことで無限に高まる」と。
ところが、現代人はバカの壁やストコーマを多く持つゆえなのか、ラセン階段を使いたがらない。
力士におけるaufhebenは日々のトレーニングと試合。つまり、日本人力士は少しづつ強化していってモンゴル人力士と相対峙しつづえけるしかないでしょう。
ラセン階段に昇る様子というのを上から観れば、まるでハムスターがクルクル回る車を一生懸命走っているようにしか見えません。バカの壁の中からラセン階段をみるとちょうどそれと同じく見えてしまうため現代人は昇る気が失せてしまう。そこで、一足飛びに解決できる「何か」を見つける旅に出かけ、旅先で安住を求めてしまう、と。
それはさながら、その旅の途中で「モンゴル人に勝てればいいんだから日本人力士はドーピングOKにしよう」
「いやいや、日本の相撲がモンゴル人相撲に勝てればいいんだから、絶対押し出されない日本製のH鋼にマワシ巻いて土俵に打ち込んでおけばいい」
などなど、
「要件は満たすけれども事態の解決には資さない」というような考えを実行してしまうようなものでしょう。
そりゃ石橋氏も「これは病理である」とみなすことでしょう…
・根本原因を探す旅に出るよりも、
ある程度の方向にアタリをつけてラセン階段をグルグル回る方が期待値も高まると思います。
☆ ★ ☆
社会の新陳代謝、というのも随分広範囲な話になりますね。
「金は天下の回りもの」を実感できるような社会と制度であったなら、
・銀行はよりリスクを取ってこれからの成長分野へ積極的に融資したり
・企業はこれからの成長分野への設備投資を考えたり、技術者の流出を防止する給与体系を考えたり
・労働組合は正社員を過度に保護しなくなったり
・家庭は子供手当てを貯めこまず何か有意義なことに使ったり(子供の能力に付加価値つけるとか)
・高齢者はお墓にお金を持って行けやしないことを悟ったり
と、あらゆる存在がもっとリスクを取ってお金を積極的に動かすのではないかなと。
でも実際にはグローバル経済の下にあるにもかかわらず、何故かお金も人も血行不良。安全サイドにアグラかいてたら大損するような仕組みを考えればよいのでしょうか…?
あと、正社員と派遣・バイトの真ん中に収まるような雇用形態があれば… たとえば看護士に対する准看護士みたいな位置づけのものだとか。正社員よりも低コストだけど能力はそれなりにある、という人材市場があったら企業も労働者をより雇いやすくなって労働市場も新陳代謝できるのかな、とも思います。
僕は量子情報(数学)の研究をしている博士課程の院生ですが、勝間さんの提言には大賛成です。
科学の問題にはいくら時間をかけて研究しても決して解決できない問題があります。多くの研究者が解決不可能な問題にこだわり、時間を無駄にしてしまいます。僕も多くのモンスターに出会い、たくさんの時間を無駄にしました。そんな僕が最近思うことは、解決可能なことからやっていこうということです。そして一つの問題にこだわらず多くの問題を同時並行で取り組むことです。
その結果、去年教授が与えなかった研究テーマで成果をあげることができました。やっぱり出来ないことはいくら考えてもできないんです。そのことを早く見極めて素早く方針を変更することも大切だと思います。人は今生きている人間のほんの少し上にしか行けませんから。ニュートンの時代に相対性理論は作れないのです。
「根本病からの脱出を図ろう」という趣旨にほぼ賛成です。
問題解決には、SMART(Specific, Measurable, Attainable, Realistic, Timely)で表現される、実現可能なアクションを期日を決めて実施することが重要で、また、それがすべてです。ただし、問題解決の方向性を決める「コンセプト」「ミッション」「目的」を設定、確認することは必要です。この設定に時間をかけてしまい、アクションにつながる問題解決策に到着しない、アクションを行わないことが「根本病」と考えます。
「コンセプト」や「ミッション」が必要な理由の例を挙げます。
勝間さんの提案されている「万能利益の方程式」では、利益は「利益=(単価-獲得コスト-原価)x顧客数」となります。利益を上げるには、(1)単価を上げる、(2)獲得コストを下げる、(3)原価を下げる、(4)顧客数を上げる、の4方法があります。利益を上げる方法は、その会社が直面する状況や環境に基づいて決められますが、方法が複数考えられる場合、「コンセプト」「ミッション」「目的」が、どの方法を選択するかの最終決定指針となります。
あるコーヒーショップAでは(3)と(4)を選択し、別のショップBでは、(1)を選択することがあります。その理由として、例えば、Bはコーヒーのみを売るのではなく、コーヒーを飲む雰囲気も含めて商品と考えている、というコンセプトに基づいているから、というケースも考えられます。
ミッションや目的が必要となると、「そもそも論」が始まりますが、これは必要なステップです。しかし、それに終始して、アクション立案と実施につながらないという「根本病」を蔓延させる「根本」原因は、「重要な決定には時間をかけなければならない」という誤った認識ではないでしょうか。
この原因には、さらに、3つのサブ原因が考えられます。
1.失敗を恐れる社会環境
リスクテイクして問題解決を実施する社会環境の欠如、敗者復活を支援する仕組みの欠如、失敗しないことを第1に考える社会風潮。
2.決定者の準備不足
勝間さんが金スマで紹介された自動掃除機購入の際の「単位時間コストの評価基準」といった基準を決定者が持っていない。決定者が会社のミッションを自分の価値基準に落とし込んでいない。
3.問題解決思考の欠如
勝間さんが提起されている「問題を定義し、これらをもれなく、重なりなく分析し、本当に解決すべき場所を絞り込む」という思考・知見が欠如している。
「自動掃除機を買うべきか」といった身近な問題解決でも、程度の差はあれ、上記の3要因を克服する必要に迫られます。身近な問題で問題解決手法を試し、その思考手法を大きな問題解決に少しずつ試してみることも実践的な根本病克服策ではないでしょうか。
根本病と「構造改革」を同じものとして否定し短期的な経済効果を求めることに反対です。
2.26事件の原因とされたのが「根本病」なのであって、今の「構造改革」等のビッグワードを振りかざすことは同義ではないと思います。根本を変えるために戦争をも辞さないような状態が「根本病」なのだと思います。今の言葉で言うところの「ナショナリズム」が「根本病」に相当するのではないでしょうか?
確かにリーマンショック後の政府から打ち出されている、経済対策に目に見える成果が出てこない状態が続いているので、もう少し出来るところからコツコツとやれば良いのにと感じなくもないですが、効果のある策には必ずデメリットが存在します。昭和の時代に戦争というものが経済活性化に莫大な効果のある方法だと政府が宣伝した歴史が有ることを省みると、短期的な経済的効果を追い求める事にこそ危険だと私は感じるのです。昭和の戦争がもたらした恐ろしいデメリットを2度と忘れてはならないと思います。
大きすぎる理想を振りかざすだけでは何も変わりませんが、理想を見失ってメリットだけを追うと一番大事なものを無くすということです。
私は継続的な効果が期待できる人道的に問題の無い対策を、小さなことからコツコツやっていくのが良いと思います。
政府についての課題は、法案を国会に提出するまでの時間、および可決された法律に基づいて具体的に動くまでの時間が、かかり過ぎていることだと思います。
誰からも文句の言われない御立派な行政から、行動を起こす中で国民からの声を迅速にフィードバックできる腰が低くかつ軽い行政に根本的に変わる「構造改革」をコツコツと行う必要があると思うのです。
また経済対策についてはメーカーに働いている私としては、モノづくりの現場をもっとよく見て、エネルギー政策や環境政策等による経済対策の検討をすることも必要だと思います。
新陳代謝は行政の施策によるところでしょうか?これは民間のモラルの問題だと思います。規制や罰則によって市場をコントロールするというのは行政による過剰な市場・情報支配を招き、民主主義という観点から見て健全な方向に進まないと思います。
69、72に続く3度目の投稿です。
多細胞生物の正常な体細胞は、あたかも生体としての全体像・未来像を共有しつつ、各臓器や体液中で自分の役割を果たそうとしているかのように見えます。対して、癌細胞は、私益を追求し、その勢力を拡張しながら、生体全体の利益に貢献しません。
経済主体も、公益と言うビジョンのない癌細胞のような経済行動しか取らないものもあるので、それに対する規制は正しいです。問題が大きくなる前に、手術と言う痛みを伴う改革で根本から治療すること、それは間違いではありません。雑草は、また生えてこないように根本から抜くのが正しいのです。問題解決型QCストーリーでも、「歯止め」で問題が再発しないようにします。
しかし、勝間さんや石橋湛山が言われるのは、そういう、問題解決型QCストーリーがすべてではないということでしょう。
人は、癌を殺すことはできます。手術で体を作りかえることもできます。しかし、生命そのものは創れません。そして、経済も生命のようなものであり、健康になるには、新陳代謝が進むようにするしかありません。各体細胞が全体のビジョンの中で持ち分を果たすようにするしかありません。
だからこそ、新たな成長のためには、未来ビジョンが、個人も企業も国家も必要です。宇宙でもいい、海洋でもいい、ロボットでもリニアでも、国難から日本を救う防衛産業でもいい、描いて、仲間と語って、政治家も動かして、実現していきましょう。