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発信箱:ごく普通の国=藤原章生(ローマ支局)

 イタリア暮らしも1年半が過ぎた。一言で言えば、普通の国という印象だ。数日前、こんな場面を目にした。

 ローマをたち、南部のレッジョカラブリア空港に着いた機内で、前にいた20代後半の女性が、「カメラを無くした」と左後方の知人に慌てて訴えた。彼女は右隣の母親らしき女性と何か話し、次に左隣の40代のフィリピン女性の声が聞こえてきた。「私、眠ってましたから……」

 何だろうと思っていたら、通路を挟んで座っていた50代の男性が立ち、きつい口調でこう言った。「なぜ、人のバッグを断りもなしに開けてるんですか。警官でも裁判官でもそんなことはできないよ」

 カメラを無くした女性は、フィリピン女性に盗まれたと勘違いし、彼女のバッグを探ったのだ。「彼女に断りました」「断っても人の持ち物を検査などするもんじゃない」

 人だかりができ、みなで辺りを捜したが、結局カメラは見つからなかった。

 女性には「相手が外国人だから」という偏見、傲慢(ごうまん)さがあったのかもしれない。差別は常にあり、悪人は常にいる。だが大事なのは、良識を語り、社会的弱者の側に立つ人がいることだ。早く降りようとすり抜けていく人もいない。みな目撃者としてその場を離れなかった。騒ぎが大きくなるわけでもない。誰かが怒鳴るわけでもない。

 「痴漢」と中学生が声を上げても見て見ぬふりをする。その痴漢を捕まえても誰も協力しない。われ先にと、ベビーカーをまたいで降りていくサラリーマン。東京の私鉄でそんな場面に出くわしたことがある。

 それと比べればイタリアは、ごく当たり前のことが起こる、筋の通る社会と言える。

毎日新聞 2009年10月25日 0時24分

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