<社会の中へ>
米国では、科学技術は「誰のものでもない」という位置付けだろう。学術界、産業界、研究者、技術者、特定のどの個人や機関も、単独では科学技術の方向を左右できない。
ただ、影響力が大きいのは、研究資金を提供している政府だ。ブッシュ大統領は個人的な信条から、ヒトの受精卵を使った幹細胞研究を規制しようとした。それでも「政府はこの研究に資金を出さない」というところまでで、政府が単独で研究を全面禁止することはできなかった。
大統領は地球温暖化にも否定的だったが、最近は姿勢を変えつつある。それは世論による。05年のハリケーン「カトリーナ」は国民の関心を呼び覚ました。さらに、温暖化現象の実態と脅威を訴えた映画「不都合な真実」の影響もある。これを見た人の意見が「世論」として政治に影響を与えているのだろう。
他国と比べて米国が幸運なのは、単一の役所や機関が科学技術を握っていないことだ。財源も多様で、国立衛生研究所、航空宇宙局(NASA)、エネルギー省、国防省、国土安全保障省、民間企業や財団もある。研究者は自分の専門分野で研究費の申請先を限定されないし、どの機関も特定の領域を支配できない。
この多様性が米国の科学を支えている。生物も、一種類だけだと一つの病気で全滅するかもしれない。多様性は、科学が健全であるための強いシステムだ。
資金と並んで重要なのは国民の信頼だ。例えば遺伝子組み換え作物に関して、米国の科学者は75年、是非や規制を話し合う会議を開いた。科学者自身がその危険性が科学への信頼を永久に損ねるかもしれないと考えたからだ。こうした手続きそのものが国民の信頼を得た。
もちろん、手痛い教訓となった例もある。原子力とスペースシャトルだ。
米国はかなり前に原子力振興を断念した。きっかけとなった79年のスリーマイル島原発事故まで、原子力産業界は「原発は世界一安全だ、事故は起きっこない」と口をそろえた。
スペースシャトル「チャレンジャー」の事故(86年)では、初の民間人乗組員が亡くなった。NASAは「シャトルは民間人を乗せるぐらい安全だ」と説明した。「わくわくして挑戦的だが、危険で、時には犠牲も伴う」と説明しなかったために国民は怒り、再開までに時間を要した。
一方、欧州や日本では、こうした先端技術について科学者コミュニティーが、初期から社会に対して丁寧に説明してきただろうか。BSE(牛海綿状脳症)対策や遺伝子組み換え食品をめぐる不信が強いのを見ると、そんな疑問を感じる。
そもそも、科学者や技術者は、科学が持つ不確実性やリスクについて、社会に「話さない」選択をしがちだ。確かに科学の手続きはまどろっこしい。大発見だと思ったらごく一部だったり、大きな進歩だと思ったら間違いだったりする。こうした手続きをそのまま伝えるべきだ。科学ジャーナリズムにも責任がある。
政府も、物事を穏便に収めようとする。これは最悪で、科学技術は未来まで信頼を損ねる。公開と議論の姿勢が重要だ。【聞き手・元村有希子】
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■人物略歴
カリフォルニア大バークレー校卒。科学系雑誌の記者を経て93年から2002年まで「サイエンス」編集長。02年11月からニューヨーク科学アカデミーの最高責任者。
毎日新聞 2007年7月18日 東京朝刊