JR東京駅に新幹線開業を記念した碑があると聞き、訪ねてみた。その名も「新幹線記念碑」と「鉄道建設記念碑」。3800億円を費やし5年余の歳月をかけて開業した東海道新幹線だ。どっしりと重々しく建つ碑を想像したものの、さて、東京駅にあるモニュメントといえば、「銀の鈴」や「動輪広場」が思い浮かぶのみ。44年前、華々しくスタートした東海道新幹線の記念碑はどこにあるのだろうか。
まずは「新幹線記念碑」。「第18、19番線ホームから改札に向かう階段を降りたところ」(JR東海)と聞いたものの、なかなかか見つかない。ホームから改札へ階段を何度も上り下りしやっと発見したそれは、新幹線改札を抜けた突き当たりの壁に埋め込まれていた。具体的には、第18、19番線ホームへの上がり口で、「1~10号車」「11~16号車」と左右に掲示板がかかげられた壁の上方にある。改札を抜けた正面とはいえ、みやげ物屋や観光ポスター、それに番線案内に気をとられ、まず目が行くことはない。新幹線の乗降客も、全くといっていいほど碑には気づかず、ホームや改札をめざしそれぞれの目的地に消えていった。
やっと見つけた「新幹線記念碑」。ブロンズ製のそれには「この鉄道は日本国民の叡智と努力によって完成された」と刻まれている。建立のいきさつを鉄道博物館に尋ねると、「新幹線ハンドブック(編集・日本国有鉄道新幹線総局、1977年発行)」を紹介してくれた。ひもとくと「1967(昭和42)年10月14日、東海道新幹線の開業3周年を記念して設置された」とある。建立には「国鉄の力だけでなく、沿線の方々、工事、車両製作関係者など、あらゆる部門にわたる国民の皆さまのご支援により完成されたものであることを、永く記念するため設けられたもの」と記されていた。
「新幹線記念碑」を発見したその足で第18、19番線ホームに上がると、大阪方面の端に鎮座するのが「鉄道建設記念碑」だ。ホームの一番隅にあるため、車両の写真を撮る人か、よほど乗車待ちの長蛇の列ができない限り気づくことはなさそうだ。新幹線ハンドブックによると「1973(昭和48)年4月20日、鉄道100年と新幹線の発展を記念して設けられた」とある。レンガ造りの碑は、向かって左上に十河(そごう)信二国鉄元総裁の顔のレリーフ、右下に十河氏の揮毫による「一花開天下春」が刻まれ、裏面には「『新幹線の開業』『東京-新大阪 1964・10 515.4km』『新大阪-岡山 1972・3 160.9km』『岡山-博多 1975・3 402km』と、鉄道100年にあたる「1972年10月14日」が記されていた。
1日に約40万人近い乗降客でにぎわう東京駅にあって、これらの碑の存在を知っている人はどれほどいるのだろう。記念碑に気づき、足を止める人もほとんどいない。それでも碑は静かに人々を見守っている。「新幹線記念碑」と「鉄道建設記念碑」、ともに東京駅にある知る人ぞ知る“お宝”だ。
◇鴨宮基地には「発祥の碑」
一方、東京駅を離れ、神奈川県の鴨宮車両基地(小田原市)に足を伸ばすと、「新幹線発祥之地記念碑」がある。新幹線ハンドブックには「1974(昭和49)年10月1日、新幹線開業10周年を記念して、旧鴨宮モデル線基地跡に建立した」とあり、「日本列島をかたどった白い御影石に、鴨宮の位置には新幹線マークをはめこみ、横壁には『新幹線発祥之地』と書かれた銘板がはめ込まれている」。1962(昭和37)年6月に完成したこのモデル線(37キロ)で、0系新幹線は各種の試験が繰り返され、ハンドブックには「1963(昭和38)年3月30日には時速256キロを記録した」とある。管轄のJR東海によると、現在は残念ながら一般の見学はできないという。
「夢の超特急」0系がその役割を終え、姿を消した。新幹線の存在が当たり前になった現代、記念碑を眺めながら、たまには開業時に思いをはせるのはいかがだろう。【江刺弘子】
2008年12月22日