<福岡賢正>
福岡 沖縄の祭祀(さいし)は女性中心に行われますね。
安里 はい。そのまつりの核心部分では、命のリレーが行われています。死んだおばあちゃんの魂が孫娘に乗り移る形で現世に戻ってくる。つまり再生の儀式なんです。
福岡 祖霊神が自分を守ってくれているという感覚は、おばあちゃんが生前、自分をとても可愛がってくれたという記憶に由来すると考えられているようですね。あんなに可愛がってくれたんだから、死後も自分を守ってくれているに違いないと。その気持ちが「神」という概念が生まれた原点ではないかと。
安里 それがポイントだと思います。
福岡 沖縄には、本名とは別に子供の時だけの呼び名を付ける童名(わらびな)という習慣もあったそうですね。
安里 これも再生の思想の一つでしょう。おじいちゃん、おばあちゃんの名前をもらうんです。法則があって、長女は母方のおばあちゃんの名前、二女は父方のおばあちゃんの名前。長男は母方のおじいちゃんの名前って。
福岡 存命でもその人の名前をつけるの?
安里 はい。今はそういう習慣はなくなりましたが、少なくとも私の母にはありましたね。そうすると母のおばあちゃんの名前が聞かなくても分かるわけです。
福岡 そうなりますね。いいなあ。そんな習慣があれば、生きるのも死ぬのも随分楽になるような気がします。
安里 生身の人間だから、生に対する執着はありますよ。ただ生と死がすごく近いところに存在するという感覚はあると思いますね。
福岡 そういう生命観って、やっぱり産み育てる性である女性の優しさを感じますね。支配とか権威とか攻撃性といった男性的なものとは対極の。最近、男社会にちょっと疲れ気味だからそう感じるのかな。
安里 ハハハハ……。でも女性の思考ってあると思う。沖縄には女性に特殊な霊力が備わっているという信仰があるの。柳田国男の言う妹信仰、「妹(いも)の力」。ここではウナイと言ってますけど。
福岡 をなり神の。
安里 そう、ウナイ神が男の兄弟を守る。そして琉球国王に力を与えるのが、妹の聞得大君(きこえおおきみ)。
福岡 政治は男がやって、霊的な守護の部分は女が担うというのは、卑弥呼の時代のヒメヒコ制がそうでした。だから日本もかつてはそうだったんです。そして多分その前はもっと女性中心だったろうと。
安里 それが沖縄では琉球王国の時代まで連綿と続いていたわけ。島々のまつりにはそれが今も生きています。
福岡 つまり天皇制以前の日本がここにあるわけでしょ。岡本太郎が「沖縄文化論」の中で書いていましたが、沖縄では天然痘のことを「美(ちゅ)ら瘡(かさ)」と呼んだそうですね。醜い天然痘の瘡蓋(かさぶた)を。災いに見舞われた時にそうやって柔らかく受け止めて送り出してしまう伝統が沖縄にはあると。
安里 言葉は生きていて、実体を変える力を持っていますから。醜いことを醜いとは言わない。つらいことを逆に笑い飛ばす。逆説的なんです。
福岡 岡本はその本の結論のところでこんなことを言っています。文化のポイントにおいては、本土がむしろ「沖縄なみ」になるべきだ、と。=次回は29日掲載予定
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■人物略歴
1948年、那覇市生まれ。沖縄の村落や島々を訪ね歩き、草の根の自治や相互扶助の仕組み、伝統的な信仰の世界などを紹介する一方、女性の視点で基地や平和問題に対し発言を続けている。著書に「沖縄・共同体の夢」「揺れる聖域」「琉球弧の精神世界」「陵辱されるいのち」など
毎日新聞 2009年7月15日 西部朝刊