格好つけなのです

「ショウリン流今野塾」 自宅地下に空手道場

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 東京23区内の、とある商店街。長さ900メートルの通りに180の店が並ぶ。昭和20年代に誕生し、最近は若者にも人気のエリアだ。今野敏さんの自宅は、この商店街から脇に入った静かな住宅街にある。2階の仕事場は、さまざまな蔵書が整然と本棚に並ぶ一方で、「フルスクラッチビルド」製作の作業机がアクセントとして存在感を放っていた。

 今野さんといえば多趣味の人として知られています。まず空手との出会いを教えてください。

 「きっかけは、子どものころによく見たテレビの『グリーンホーネット』という米国製ドラマでした。無名時代のブルース・リーが出ていたんですよ。カンフーの達人の日本人カトーとしてね。その姿にあこがれました。カンフーは空手とは違うことを、その当時は知らなかったんです」

 「ところが、ふるさと北海道の田舎町には空手道場なんてない。仕方なく中学校では剣道をやっていました。その後、大学に入ってようやく空手を始めたんです。同好会でしたがね。だいたい、そこで終わってしまうんですよ。試合でも活躍しませんでしたからね。でも東芝EMIに入っても続きましたね」

 試合で活躍しなかったというのは、あまり練習しなかったという意味ですか?

 「いえ練習はきちんとやりましたよ。ただ自分は試合向きではなかったんですね。途中から別の流派の門をたたいて、1999年に独立し自らの道場を構えました。『ショウリン流今野塾』といいます。ショウリンはカタカナ、漢字で書くのは当て字です。ロシアのモスクワとサンクトペテルブルクにも支部があり、弟子は100人くらいです。道場はこの下、自宅の地下にあります」

 ショウリン流にはどんな特徴があるのですか?

 「空手はもともと琉球王国で生まれた武道です。しかし、スポーツとして、競技として広まっていく中で変質し、オリジナルの姿はどんどん失われていきました。ショウリン流は源流というべき流派で、オリジナルの姿を強く残しています。たとえば、現代の空手の型は見せることを意識して、手足の大きな動きをしますが、もともとは最短距離を素早く動きます。合理的で地味な動きなのです。しかし、そこに美しさがあります」

 「沖縄でも、何がオリジナルなのかはわからなくなっています。沖縄で空手をやろうと思っても、試合をしたり、全国大会に出るには、源流へのこだわりも捨てなくてはいけません。そして琉球空手について書かれた文献はほとんどなく、明治、大正、昭和初期の空手の古老たちに話を聞くしかありませんが、存命される人は少なくなるばかりです」

 何が源流かを突き止め、それを伝える作業はとても大変になりますね。

 「沖縄に残る古老たちを映した8ミリ映像などをもとに、共通した動作や型を探すのです。異なる流派の間でも同じような動きがあれば、それはコアな部分、つまりオリジナルなんだろうと推測できるからです。ミステリー的な手法を駆使して、オリジナルの姿を再構築しているわけですよ。それでも、謎の型が山ほどあるし、わからないことだらけです」

 「武道というよりも、これはもう文化なんですね。沖縄の風土や歴史が生んで、育てたものです。だから沖縄の酒と食べ物に囲まれ、沖縄の言葉で語り、沖縄の民謡を聞きながらでないとわからないことが多いですね」

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