大人であること

「早く大人になりたかった」

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 上下黒のスーツ、よく見れば薄く花柄の入った白シャツ。色付きの眼鏡をかけ、顎(あご)と口周りにひげを生やした柳さんは、約束の場所に時間ぴったりに現れた。

 待ち合わせ時間にうるさい方だとお聞きしました。

「お互い仕事ですからね。打ち合わせの時間に遅れた編集者を待たずに帰ったこともあります」

 柳さんにとってのこだわりですか。

「こだわりというわけではありませんが、大人というものは本来そうあるべきじゃないですか。特に小説家や編集者はある意味うその言葉を商売のネタにしているわけですから、約束は順守すべきだと思います」

 柳さんの考える大人とは「約束を守る人」?

「約束順守。それから、たばこと酒……というのは冗談ですが、子供のころからともかく早く大人になりたいと思っていました。何しろ小説の中に出てくる大人たちは、やたらに格好がいい。

 一室に集めた容疑者たちを前にして、探偵が悠揚迫らぬ態度で名推理を披露する。紫煙たなびく中、最後に驚くべき真犯人の名前が明かされる。本格ミステリーのお約束の場面ですが、子供心に一度はやってみたかったものです。

 あるいは某ハードボイルド作品の有名な一場面。数奇な運命を経て再会した友人に一言。『ギムレットにはまだ早すぎるね』。

 大人になったら、きっとこんなせりふを使う機会があるのだろうと思ってワクワクしながら小説を読んでいました。で、『早く大人になりたい』」

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