「かつて読者として自分が憧れた大人が出てくるような作品を書きたい」

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 実際に大人になってどうでしたか?

「当然ですが、単に年齢を重ねることと大人であることはまったく別物でした。ある日その事実に気づいてがくぜんとしましたね。もちろん、容疑者を集めて名推理を披露したことも、気の利いたキザなせりふをバーで口にしたことも、これまで一度もありません。チャンドラーは読んでいる分にはしびれますが、実際に口にするとなるとさすがにちょっと……。『趣味のいいご婦人を蕩(た)らし込めるほどの二枚目で、しかも動力シャベルと殴り合いができるほどのたくましい男が欲しいのさ。酒場の地回りみたいに身がこなせて、フレッド・アレンそこのけの洒落(しゃれ)がたたけて、ビール会社のトラックに頭をぶつけても、かわいいコーラス・ガールに棒パンでぶたれたくらいにしか感じないような男がね』。高校生の頃に一生懸命覚えたせりふですが、いったいどんな状況で使うつもりだったんですかね? だいたいフレッド・アレンが何者なのか、いまだにわからない」

 高校生の頃にそんなせりふを。

「役に立たないせりふなら山ほど覚えました。『夜は若く、彼も若かった。夜の空気は甘いのに彼の気分は苦かった』とか。あとは、たばこの煙の重さを量る方法なんかも。全然役に立たない」

 たばこの煙の重さを量る方法ですか?

「まずたばこの重さを量る。火を付けて、灰皿の上に慎重に灰を落とす。残った吸い殻と灰の重さを量って、もとのたばこの重さから差し引けば煙の重さというわけです。高校生の時に覚えて以来、初めて披露しました。酒の席での与太話にしかなりませんが、当時は酒を飲みながらこんな話ができるのが大人だと思っていたんでしょう。高校生はみんなばかですが、中でもとりわけばかだったみたいですね」

 柳さんがいま考える大人とはどんな人物でしょう?

「うまくは言えませんが『自分だけの狭い世界に閉じこもるのではなく、大きな世界と向き合い、苦闘して、自分なりの落とし前をつけようとする人物』といった感じですかね。

 最近、昔読んだ小説を改めて読み返すと、私が好きだった登場人物はそういう意味でみんな大人です。

 よく『作者は読者の成れの果て』と言われますが、自分がプロの小説家となった以上、かつて読者として自分が憧れた大人が出てくるような作品を書きたいと思っています」

 柳さんの最新刊「ロマンス」の主人公・清彬も、そういう意味で大人でした。

「そう言っていただければ大変うれしいです」

  • JT
  • 日本推理作家協会