虚構作りの快感

「うそをつくのは楽しいし、書くうえでのモチベーションになっている」

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 北海道を生活の拠点にしている佐々木譲さん。小説新潮で連載予定の「天下城2」の取材旅行でスペイン、ポルトガル、オランダに向かうため、上京されたタイミングで取材に応じていただいた。皇居を望むビル上層階のティールームに佐々木さんはにこやかな表情で現れた。

 北海道・夕張に生まれ、今も道内で暮らされています。北海道を舞台にした作品も多い。北海道への愛着、こだわりですか?

「一番知っている場所なんですね、北海道が。だから書きやすい。たとえば、スティーブン・キングも彼の故郷メーン州を舞台に書かれることが多いですね」

 北海道のどういうところがお好きですか?

「4、5年前から道内の講演会で『北海道には冷涼な気候という大きな資産がありますよ』ということを繰り返してきました。多くの人は、それは外に向かって誇れる資産ですか、って受け止め方でした。しかし、今年になって地元紙が冷涼な気候を切り口にしたキャンペーンを展開するようになりました。私はあの冷涼な気候そのものが好きですね」

 今年のように残暑がきつかったり、温暖化の影響で気温が高めになると、確かに冷涼であることは人をひきつける魅力になります。住んでいる人の性格にも、その冷涼な気候は何か影響しますか?

「まあ、雪国の人は誰でもそうなのかもしれないけど、初雪が降り出すと思うんですね。ああ、この懸案、あの問題を早く片づけておかなくてはいけない、と。実際、雪がどんどん積もって身動きができなくなる前に区切りをつけておかなくてはいけません。そんな気にさせる、ああいう季節感、メリハリのある時間感覚が好きですね。解決しなくてはいけないことがあって、しかもタイムリミットがある。決められた時間になしとげなくてはいけない、というのは嫌ではない」

 2009年下半期の直木賞受賞作「廃墟に乞う」は、ある事件で心に傷を負って休職中の道警刑事・仙道が北海道の各地を訪ね、さまざまな事件とめぐり合う異色の短編連作でした。

「北海道の多様性を描きたいという思いで書きました。北海道はアメリカみたいなところで、住んでいる人種もオーストラリア人がいたりして多様だし、階層も多様なんですね。そして、漁業の町があれば酪農の町もあり、かつての石炭の町もある。そこで生活する人の気性や考えもさまざまです。関係の多様性があるんです。それを休職中の刑事が訪ね歩く。公権力を使えない休職中の身なので、警官ものというよりも探偵小説です」

 多様であるということは、どんな生き方も許されるということなのでしょうか。仙道の心の傷も北海道の包容力に癒やされ、復帰へと歩んでいく姿が連作の縦糸になっていました。警察官を描くのはなぜでしょうか?

 「以前は、警察官といえば白か黒か、善か悪かの世界に生きているスーパーヒーローのような存在で、書けるかどうか自信がなかったですね。しかし、横山秀夫さんがリアルな警察官像を描いてみせたり、自分も警察官に取材したりすると、組織の中でも問題や内部の不祥事もあることがわかって、面白く書けそうな気になってきた。実際にわかったのは、警察官は基本的に地方公務員なんですね。捜査員というよりも職業人。地道なかたぎの職業人なのです。そんな職業人の世界を描いているつもりです」

 「廃墟に乞う」もそうですが、警察官が事件にぶつかり、取り組んでも最終的に問題が解決したのかどうか、よくわからない。もしかしたら新たな問題が生まれたのかという気にもさせます。

 「警察官や探偵が事件の犯人を暴いて、それで問題も解決してハッピーだったというのはアガサ・クリスティの時代までかもしれません。現実の社会は事件が解決しても、問題は解決しないばかりか、犯人が誰かわかったことで、より現実の世界の不条理が浮き彫りになることが多いくらいですからね」

 以前、毎日新聞記者とのインタビューで「とことん虚構を作り上げるのが好きだ」と語っておられます。

 「物語を書くというのは『かたり』でもありますよね。うそをつくのは楽しいし、書くうえでのモチベーションになっていますね。虚実の境がわからない小説を書くというのは快感です。

 こんなことがありましたよ。昔、ある雑誌に、東京の原宿交差点で事故死した女性ライダーを題材にした短編を載せたんですよ。すると、読者から『この女性はいったい誰だ?』という疑問が起き、雑誌をあげてのモデル捜しが始まったんです。しばらくして、実際に原宿でバイク事故で亡くなった若い女性を見つけ出して、あの話のモデルはこれだ、ということになったんです」

 実際は佐々木さんのまったくの創作だったのに。

「ええ、まったくのフィクションだったんですが、非常によく似た現実が私の知らないうちに起きていた。驚きましたが、見事にだました、してやったりという思いもありましたね」

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