一階に現実、二階に夢。

「『豊穣な物語』が書きたい」

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 インタビューを控えて直木賞受賞作「下町ロケット」を読んだ。受賞から間もないころ、松原隆一郎・東大教授は毎日新聞の読書欄「今週の本棚」で「息もつかせぬ展開に読者の期待に応える結末。グッとくる決めゼリフをちりばめて、仕事とは何かを読者にも深く問いかける」と高く評価した。確かにその通り。痛快かつ奥深い作品だと思った。元都市銀行員という経歴も興味深い。痛快な話が聞けることを楽しみにして、多忙を極めているという池井戸さんを都心のホテルで待った。

 小説を書くうえで自らに課すものを「新しいもの、僕が書く意味があるもの、豊穣ほうじょうな物語」と語っていますね。「豊穣な物語」とは、どんなイメージなのでしょうか?

「『レ・ミゼラブル』のような、でかい話ですよ。真正面から大きなストーリーを描いていく。そして前向きなテーマ。小説も映画も暗いのは好きじゃない。次はどんな展開になるんだろう、というワクワクするような物語。映画でいえば『インディ・ジョーンズ』シリーズのような内容の作品です」

 とすると、「下町ロケット」はまさに豊穣な物語として会心の出来、自信をもって世に送り出したのではないですか。

「いや、あれはボツにしようかと本気で迷っていたんです。本当はボツにしたかった。書き上げて、これまずいなあ、と思って。編集者に読んでもらって、『そんなことはない』と言われ、結局は出版しましたが…」

 え? どこが、まずかったのでしょうか?

「それは企業秘密です。とにかく自分としては納得がいかなかったんです」

 そうですか、びっくりしました。池井戸さんが考えを改めなかったら、「下町ロケット」は世に出ることもなかったのですね。主人公の佃航平社長が社員を前にして語る「一階に現実、二階に夢、そんな人生を生きたい」も、特別な思い入れがある言葉ではなかったのですか。

「登場人物がどう考えるか、どう動いていくかが大事であって、自分の思いを語らせようということはしません。このキャラクターならばどうするだろうか、ということを考えるだけです。佃なら、この場面でどう言うだろうか、そう思い描いたら、ポンと思い浮かんで出てきたアドリブですよ」

「僕が書いているのはエンターテインメント、文学じゃないんです。自分の主義主張を登場人物に託して書く人もいますが、僕は違います。この言葉は論理的に導き出されたわけでもないし、用意したものでもありません」

 かつて都市銀行に勤務されていました。「下町ロケット」にもメーンバンクから出向してきた経理部長の殿村というキャラクターが登場します。池井戸さん自身は、どんな銀行員でしたか。

「中小企業を中心にお金を貸していました。支店の融資担当です。いろいろな経営者に会って、面白かったですね。サラリーマンと違って中小企業の経営者は個性的ですよ。粉飾決算をやっているところもありましたね。融資先には上場企業もあったけど、そんな会社はどっちかというと退屈でした。つぶれるかどうかわからないくらいの会社に、どうやって貸していくか、それが醍醐味だいごみでしたね」

「数字ではなく人を見て貸せ、ということは入行した直後から言われました。その昔、だれもお金を貸さなかった本田宗一郎さんに銀行が融資し、今のホンダがあるというエピソードを紹介してね。でも実際のところ、『この社長は大丈夫だから』と思って貸した結果、ダメだったという話ばかりです。経営者の性格と業績は連動しないんですよ」

 現実はシビアですね。

「与信の判断は勘なんかじゃなく、計量化しなくてはいけない。いろいろな数字に基づいて格付けし、システマチックに貸し出すというのが理にかなっています。バブル崩壊でそういう方向に進んだのですが、また最近の銀行は質よりも量に走っている傾向にありますね。そもそも銀行は、その会社の過去しか見ない。企業の過去しか見る能力がないんですよ。証券会社はその点、未来を見る力を培っていますけどね」

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