「説明できる『嗜好やこだわり』は、案外ホンモノではないのかも」

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 現在、執筆中の「インドクリスタル」はインドの奥地が舞台の一つになっていますね。どうして、そんなところに関心を持たれたのですか?

「インドの鉱物の話と、その採掘場所の周辺で暮らす先住民に興味があったんです。インドって、そういう先住民がいること自体をご存じない方が多いですが、とてもたくさんの部族が暮らしているんですよ。経済発展著しいインドや神秘の国インドではなく、そういう先住民がいる場所を書きたいと思いました」

 実際に取材に行かれたのですね。

「ええ。ブバネシュバールという都市から車で片道12時間かけて。『相当危ない場所』と言われ、いきなり写真を撮ったりすると殴られるかもしれないと注意されましたが、そんなことは全然なかったです。怖いインド、危ないインドは素通りした感じですね」

「風光明媚めいびな場所でした。住んでいる部族、マリ族というのですが、とても陽気で親切な方々でした。一緒に雨宿りしてトウモロコシをごちそうになったり。家は草ぶきで土間だけの質素なものでした。中は整然としてきれい。私のマンションの方がよっぽど汚い。こちらはものが腐ってもわからないですが、向こうは腐る前にみんな食べてしまうという生活ですよね」

 このインタビューのテーマは「嗜好と文化」「こだわり」なのですが、篠田さんにとって、この言葉から何か思うところはあるでしょうか?

「そうですね。『これは私の嗜好です』『こんなこだわりがあります』と説明できるのは案外ホンモノではないのかもしれない。普段のさまつなことから大きな決断に至るまで、選択する時に無意識のうちに価値感や嗜好性が現れるものですから、むしろ、その人が『これ』と語った時は信用できないのかな、と」

「その人が何を選んで、どういうスタイルで生きてきたのか、その結果の中から浮かび上がってくるものかもしれませんね。無意識の時に現れて、いろいろな選択や決断を左右するもの。明らかにこっちの方が得なのに、なぜそっちに行くのという不思議な選択をすることがありますよね。説明できないけど、そうしたものがなくなってくると、つまらないかな、人生って」

〈次回は6月4日(月)・楡周平氏掲載予定〉

 

篠田 節子(しのだ・せつこ)
1955年東京都生まれ。東京学芸大卒。90年に「絹の変容」で小説すばる新人賞を受賞し作家活動に専念。 97年「ゴサインタン」で第10回山本周五郎賞、同年「女たちのジハード」で第117回直木賞、2009年「仮想儀礼」で第22回柴田錬三郎賞、11年「スターバト・マーテル」で芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。そのほか「薄暮」「廃院のミカエル」「はぐれ猿は熱帯雨林の夢を見るか」など著作多数。最新刊は「銀婚式」。

取材を終えて  毎日新聞社 編集編成局次長 中村秀明
おしゃれでスマート、ちょっと近づきがたい雰囲気を漂わせているが、素顔とその行動は三枚目の要素たっぷり。失礼ながら「意外に『天然』なのだなあ」と思いながら、話を聞いた。
篠田さんの話は心地よい。話す内容も魅力的だが、その穏やかな口調と艶のある声に人をひきつける秘密があるような気がした。ゆったりと丁寧な言葉遣いで語りながら、魚にかまれた話では「よくもやったな、この野郎!」と威勢のいい言葉がポンと飛び出し、最新刊については「わかっていないな、このおやじ」とくだけた口調になった。その緩急とアクセントのつけ方が絶妙だった。意識的ではなく、まさに無意識の、説明できない不思議な部分なのだろう。

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