登場人物が生き生きと動き出した

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 そもそも小説家になろうと思ったのはいつごろからですか。

「10代の頃から、海外のミステリー小説と日本のSF小説をよく読んでいました。高校1年生の時、小説を自分で書きました。なぜかというと、新人賞に選ばれると賞金が出ると知って、ぜひ書いてみようと。その賞金でパソコンを買おうと思ったんです。でも結局、アルバイトをしてパソコンを買いました。やがて創作活動自体が楽しくなり、作家になりたいと考えるようになりました」

 やはり少年時代の読書歴は、創作に生かされていますか。

「そうですね、今の僕の文体は完全に『幻魔大戦』の著者、平井和正さんの影響を受けていますね。それに僕の作風は暗いと言われますが、それも平井さんの影響ですね」

 作家デビュー以来、20年近く。2010年には「乱反射」で第63回日本推理作家協会賞受賞、また今夏には新境地を開いた「新月譚」が3度目の直木賞候補作にノミネートされました。とくに「新月譚」では、ヒロインが小説家で雑誌編集者とのやり取りなど、ご自身の経験も反映されているのではと見ましたが。

「この作品にはどんでん返しがないのかという声もありましたが、今回、僕のつまらない考えを入れずに、勝手に話が膨らんでいったという初めての経験をしました。次第に登場人物が生き生きと動き出して、書いている本人もこれからどうなるのかわからない状態でした。こんなことは小説家になって初めてです。今も自分が書いた気がしません。小説家というのは、監督でも脚本家でもなく、役者だと思っています。8月に出た『微笑む人』を含めた2冊は、僕の中ではツートップです。これ以上のものは書けない、これを超える作品を今後どう書いていくか。今はそんな心境です」

 苦悩する作家が心癒やされるのはいつですか。

 「夜、芋焼酎を飲むときですね。といっても大量に飲むわけでもなく、高いお酒を飲むわけでもありません。自分の気に入った銘柄を、毎晩淡々と飲むのが好きなんです」

〈次回は10月1日(月)・秦建日子氏掲載予定〉

 

貫井徳郎(ぬくい・とくろう)
1968年東京生まれ。早稲田大卒。93年、第4回鮎川哲也賞の最終候補作となった「慟哭」で作家デビュー。2010年「乱反射」で第63回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)、「後悔と真実の色」で第23回山本周五郎賞受賞。その他、「夜想」「明日の空」「灰色の虹」「新月譚」など著書多数。最新刊は「微笑む人」。

取材を終えて  毎日新聞学芸部編集委員 網谷隆司郎
 「僕の作風は暗いですから」と語るご本人はというと、全然暗くなかった。むしろ、愛用のスマートフォンを取り出して、いかに作家活動に便利か、さらに「僕の第二の脳ですよ」とまで言って、喜々として説明する様子は、好きなオモチャを自慢する少年のようでもあった。
 だが、意外な青春もあった。映画を全く見なかったというのだ。高校時代から小説を書き始め、20代半ばで作家デビューした後も、長編・短編・連載と旺盛な執筆量を誇ってきた。その創作の泉が湧き出る源には、10代からのミステリー、SF小説の膨大な読書量が地下水脈として存在していたのだろう。
 「4年前からジャンルを問わず、名画を週3〜4本見ています」と、活字の世界とは異なる映像の感動が加わり、その泉に豊富な栄養を供給し始めたようだ。
今夏の直木賞候補作となった長編小説「新月譚」は、「ヒロインが勝手に動き出して、自分でもどうなるのかわからなかった。作家として初めての体験だった」と、新たな飛躍への手がかりをつかんだ。暗い・明るいを超えた、人間の生の輝きが貫井作品の基調となる日が来たようだ。

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