自分の夢と可能性をあきらめるな

湿り気を保っていれば、柔らかな判断ができる

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 「新宿鮫」シリーズをはじめ、「佐久間公」「アルバイト探偵」「ケン・ヨヨギ」など数多くのシリーズ小説を書き続ける人気作家の大沢在昌さん。中学2年生のとき、「俺はハードボイルド作家になる!」と決めたあと、23歳で「小説推理」新人賞を受賞してデビュー、順風満帆な作家人生を送ってきた、と思ったら大間違い。20歳で大学を放校になり、作家になった後も本は出すものの10年以上売れない不遇な日々が続いた。それゆえか、料理、ゲーム、釣り、ゴルフ、酒と小説家には珍しく行動的で、さまざまな領域の趣味をお手の物にして楽しんでいる。

 ゲームを楽しむ小説家、というのは少ないでしょうね。とくに大沢さんの年代では。

 「珍しいかもしれませんね。ドラゴンクエスト、バイオハザードがぼくにとって大きいです。ドラクエがネットゲームになったのが腹立たしいですけど」

 いつごろからやるようになったのですか。

 「僕は任天堂のファミコンは一切やっていなくて、ソニーのプレイステーション(PS)の1が出て、やりやすくなった時からです。その第1世代ですね。きっかけは、出版社の担当編集者が社内異動で、ゲーム雑誌部門に移ったこと。ゲームソフトを僕のところに送ってきた。そこで、やり始めたら、ものすごくハマった。やり方が詰まると、『ここ、どうするの?』と彼に昼夜なくケイタイで電話したほどです」

 小説家の大沢さんがゲームにハマる、その魅力は何ですか。

 「小説は受動だけど、ゲームをするのは能動。自分が動かすことによって違う世界が広がるのが快感ですし、映像から受ける刺激もすごい。未体験で、とてつもなく大きな驚きでしたから」

 ゲーム好きが高じて、確かゲームの開発に協力されていましたね。

 「会社に大赤字を出させてしまいました。制作費の回収ができなかったので。今はゲームの制作コストが膨れ上がってしまい、むしろ映画制作の方がまだ安いくらい。我々作家が参加するなんて危ないことは、だんだんできなくなりました。機械の性能もよくなり、映像も実写と見紛うほど。でも僕は昔の方が面白かった。行間のようなものが、今のはなくなっているから。それに高額の制作コストを回収するためにも、ネットゲームにして回収せざるを得なくなっている」

 今でもゲームはおやりになっていますか。

 「一応、全機種を持っています。毎日はやってないけど、まあチョコチョコとやっていますよ。時間つぶしの道具です」

 ゲームを遊ぶことが、小説を書くことに何かプラスになっていますか。

 「目に見える形ではわからない。まあ、僕の場合、小説を書くためには、生活のすべてが取材ですから、それはゲームの中にもあるかもしれない。それに、自分の価値観の尺度が固まらないようにするのにいい。僕も作家生活33年で56歳のベテランでしょ。おじさんになると、とかく何か新しい事象と出合った時、○か×かで片づけてしまいがちになる。あるいは一刀両断してしまう。乾いていると○か×で終わるけど、いつも湿り気を保っていれば、そうでない、もっと柔らかな判断ができると思うから」

 さて、料理の腕はかなり年季が入っているそうで。

 「もともと若い頃から料理は好きでした。以前から仕事場では独り暮らしで、朝ごはんは一人で作っていました。それにランチタイムに外に食べに行くと、いい年こいたおじさんが若者に交じって一人食べるのもみすぼらしい、と外に行くのをやめて、ご飯を炊いて、ぬかみそ出して、ちょっとしたおかずを作って食べるようになりました」

 釣りがお好きなので、魚をさばくのも得意なのでは。

 「はい、三枚でも五枚でもさばけます。釣りをやっていると自然に身につきます。千葉県にある別荘では、多い時には30人分の料理を作りますよ。1升炊き、2升炊きの炊飯器があり、業務用の魚焼き器もあります。みんな、うまいと言ってくれます。もっとも、そう言わないと追い出されるからね」

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