こだわりを捨てれば楽になる

「何を使うかより、何に使うかの方が大事」

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 あやかしの世界を書かせれば、当代随一の戯作者といわれる京極夏彦さん。魑魅魍魎ちみもうりょうがうじゃうじゃ登場するというより、いま私たちが生きている現実世界が思っているほど確固としたものではないのではと思わせる作風にヒヤリとした魅力がある。4月、新社会人が一斉に新たな人生をスタートさせる季節。高く硬い壁にぶつかるだろうが、「自分のこだわりを捨てれば仕事は楽しくなりますよ」とアドバイス。さて、そのアヤカシのココロとは?

 京極さんの社会人スタートは、どんな様子でしたか。

 「その頃の僕は大変貧乏で、学費が払えなくなって働き始めました。アルバイト先にそのまま就職し、会社を移り、独立し、流されるように小説家になっちゃった。だから18歳からずっと働いてます。退職した翌日から次の会社に出社して、32年間、隙間すきまなく働いてますね。勤勉を自慢するわけではないですが、他に何一つ誇れるものがありませんから」

 仕事に対する思いが強かった?

 「いや、思い入れはないです。ただ、僕が就職したのはバブルの前で、たとえば接待なんかは仕事のうちという風潮が強かったんですけど、僕はお酒が飲めないんです。飲みたいと思ったこともないし、飲んだこともなかった。ゴルフなんか大嫌いですし。そういう部分で評価されちゃたまらないとは思ってました。オンとオフのけじめを付けろ、求められる以上の仕事をきちんとすることのほうが大事だろと、まあ正論なんですが、そう考えていて、酒は仕事の潤滑油みたいな空気には徹底的に反抗してました。でもお客さんに嫌われたことはなかったですよ。その分、他でカバーしてました」

 若い時のエネルギーを感じますね。

 「当時は今と違ってみんなだばこをすっていて、部屋は煙ってました。僕も二十歳を過ぎてからすうようになったんですが、会社を変わったら、上司がたばこ嫌いだったんです。喫煙者は出世できないといわれて、やめる人も多かったんですが、そういう理由でやめるのはイヤだった。他人に迷惑をかけるようなマナー違反は言語道断ですが、そうでないのなら個人的な嗜好は仕事とは関係ないことです。やめたくなってやめるならいいけど、ゴマするためにやめるなんて絶対にイヤだった。でも、喫煙者なのに副部長にはしてもらえました」

 たばこは今も?

 「はい。ペースは変わらず、今も1日1箱。家族と一緒の時はすいませんし、禁煙スペースでイライラしたりもしません。基本的には執筆中にすいます。30年間、同じ銘柄を一筋にすっています」

 この仕事部屋で執筆をされているんですか。

 「ええ。1日の8割はここで仕事をしています」

 今はパソコンで執筆ですね。当初は万年筆など手書きでしたか。

 「いや、最初はワープロでした。当時のワープロは、ようやく執筆に使えるかなというレベルでしたが。職場にワープロがあったのが運の尽きで、仕事の合間に小説を書き始めて、その結果小説家になっちゃったわけです。もしなかったら、なってなかったでしょう」

 時代はワープロからパソコンに。その進化のスピードは速く、次々とより便利な新製品が登場しますね。京極さんはそういう機器にこだわる方ですか。

 「作家の中には、この機種でないと書けないとか、これを使わなきゃダメだとか、アイテムに執着する人も多いようですが、僕はまったく拘泥しませんね。今より便利になるなら、ちゅうちょなく乗り換えます。ただ、何を使うかより、何に使うかの方が大事です。今、パソコンはOSがどんどん新しくなるでしょ。そのたびに替えていたら、仕事に支障が出ます。効率がよくなり、ストレスが軽減されるなら現行の道具に何の未練もありませんが、新機種を使うことで障害が発生するようではダメですね。道具に使われちゃいけません。道具は所詮、道具でしかありません。本当に必要な人以外は持つ必要はないと思います」

 私も先日、会社からスマートフォンを支給されましたが、まだどう使っていいのかわからず、まごついています。

 「確かに、スマートフォンはいろいろ便利ではありますが、使わなくても構わない生活をしている中高年の方々はストレスをためてまで使う必要はないのではないでしょうか。必要に迫られれば、いやでも使い方を覚えるものです。流行より必要性です。あんなものはただの道具ですから」

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