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「宝蔵院流槍術の免許皆伝」はうそ。ジョークです。

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 東京のご自宅に伺うと、入り口横に立てかけてあるやり3本に目がいった。以前、雑誌の対談記事で「僕は宝蔵院流槍術そうじゅつの免許皆伝」とご本人が話しているのを読んだことがある。「そうとは知りませんでした」とかしこまると、「あれはウソ。ジョークです」とニヤリ。壮大なウソを書いて人間の真実の姿を描くのが小説家の仕事。遊び心いっぱいの小説界の大御所と、虚実皮膜の間に目をこらしながら、楽しい100分インタビューがあっという間に終わった。

 では、あの槍はどうしてここに?

 「先祖代々の槍であることは確かです。父親と母親が死んだあと、長男の私が筒井家のもの全部を引き取ったときに、タンスなどと一緒にあの槍もありました。真ん中の槍は先っぽがかぎになっており、足軽が馬上の侍のかぶとをあれで引っ掛けて落馬させて、そこで首をグサッとやるのに使ったらしい。うちは大和の筒井村の出ですけど、あれを持っているということは、あまり大した身分の侍ではなかったということでしょうね。大阪に出てくる前は禰宜ねぎをしていたという説もあり、寺子屋をやっていた、商いをしていたなど、いろいろな説が残っているようです」

 あの槍を使って健康のために何か運動をなさっているんですか。

 「ヤリません! 第一、危ないですよ。昔、時代劇でね、大河内傳次郎がおじいさん役をしていて、悪いやつが来ると、槍を持ち出して『宝蔵院流免許皆伝!』と言うと、みんな逃げ出して、それを見た孫娘が『またおじいちゃんの宝蔵院流が出た』と苦笑する場面があるんですよ。それ以来、僕もそれをまねて。免許皆伝はうそです」

 宝蔵院流といえば、宮本武蔵と一戦を交えた名門の流派でしょう。「免許皆伝」などと言っていたら、試合を申し込まれるんじゃないですか。

 「それは困っちゃう。以前、テレビ東京の取材がうちに来て、私のお気に入りの相内優香アナウンサーが槍を手にしたので、一戦をという段になりましたけど、やめました。『こりゃダメだ。相打ちになるから』と」

 それでは運動らしい運動はしていない?

 「高校時代は中距離の選手でした。サラリーマン時代から、パチンコもやっていましたけど、熱中するほどはしませんでしたね。作家になってからは、ま、暇な時に、気分転換でやったくらい。年とってからジョギングをやる人もいますけど、僕の友人でやっていた人はあまり効果がなかった気がしますよ。やり過ぎてしまうのかな。12年に87歳で亡くなった丸谷才一さんと同じで、私も何もしないのが唯一の健康法です」

 健康といえば、食べ物も重要な要素ですが、昨年出版された小説「聖痕」(新潮社刊)の中では美食家ぶりがあちこちに感じられますね。ご自身の実生活の食事はいかがでしたか。

 「小さいころは戦争中でしたからロクなものは食べられなかったですね。大学卒業してサラリーマンになった頃も、上司に大阪の料理屋に連れて行ってもらった時も、うまいと思ったことがなかった。ただ、30歳過ぎて結婚して、神戸の垂水にあるカミさんの実家に行くと、イイダコの煮物が出されて、こんなにうまいものがあるのかと。それ以来、よくあちらに行ってはカミさんのお父さんに連れて行ってもらって、フグを食べたり、うまい肉を食べたり」

 私も神戸に4年おりましたが、魚も肉もおいしいですね。

 「この寒い時期はちょうど旬でウリボウが食えるんです。あの辺はイノシシが徘徊はいかいしていて、以前六甲山のハイウエーをクルマで走っていたら、料金所のところにイノシシ親子がいて、親の後ろをウリボウがトコトコ付いて行っていて、こりゃうまそうだと。一番後ろのウリボウを捕まえようかと思いましたけど、親が怒ると怖いからね」

 美食遍歴もなさったようで。

 「カミさんと義理の弟の家族といろいろ回りましたね。ノルウェーにも行きまして、でかいロブスターを食べたり。『聖痕』には僕の経験が入っています。フランス料理全集や日本料理の本も、小説の中に生かしました」

 おいしいものを食べると、自分でも作りたくなる人もいますが、クッキングの方はいかがですか。

 「やっていました。だいぶ前になりますが、垂水に住んでいた頃、あの辺りには当時フランス料理のうまい店がなかった。今はおいしい店がありますけど。そこで、作家になってヒマになった時に、フランス料理の本を見ながら自分で作り、誰にでも食べさせていました。人に食べさせる喜びがありましたね。それから20年くらい凝って作りましたけど、今はもうやめています。十数年前からここ東京・表参道に住んでいますが、この辺はおいしい店がたくさんあって、自分で作らなくても近くの店に行けますから」

 フランス料理を作るとなると、どこかに習いに行ったんですか。

 「いや、別に行きませんでした。料理本に載っているレシピ通りにやればおいしくできましたよ。それに家内が家政学部出身で、昼間の料理教室に行って習ってきたものを、うちでも作ってくれたので」

 今もフレンチをあちこち食べ歩きですか。

 「いや、昔はフランス料理しかなかったから食べていましたけど、今はイタリア料理党に変わりました。うちから歩いて5分の所においしいイタリアンの店があるし、この辺りはおいしい店の名前を挙げたらきりがないほどです」

 では、日ごろの食事はどんなものを召し上がっていますか。

 「だいたい決まっています。朝食は、ご飯に焼きのり、シャケ、辛子メンタイ、これはほんの少し、シラスに大根おろし。オーソドックスな和食です。11時から12時ごろ食べます。カミさんと起きる時間が違いますから。朝食は自分で作ります。昼は抜きです。夜は近くのスーパー紀ノ國屋さんで、そのつどいろんなものを買ってきて食べています。外での会食もありますが、そんなに多くないです」

 ご自宅のここ、いろりのある板場ですと、何人かでいろりを囲みながら楽しい食事もできそうですね。

 「はい、時々みんなでワアワアとにぎやかにやります。詰めればいろり端に最高11人くらいはいけますね。このあいだも、秋田のきりたんぽ鍋を取り寄せて楽しくやりました。でも、私は猫舌であまり熱いものはダメなんです。カミさんが鍋物好きで困っていますよ」

 鍋といえば、全体を仕切りたがる鍋奉行が付きもの。筒井さんもそうですか。

 「いやいや私は。以前、ホリプロで私のマネジャーをやっていた男が鍋奉行だったけどね」

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