リビドーがなかったら人間どうなるのか。そこが始まりです。

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 食事とくれば酒。今も相当お飲みになっていらっしゃるようですね。

 「まだ現役です。時々飲みすぎます。このあいだ、新潮社の人たちとうちの近くのイタリア料理店で午後6時ごろから飲み始めて、それからうちに集まってもらって、またここで飲んで、結局午前2時半まで! みんなを送り出したところまではぼんやり覚えているんだけど、あとから聞くと大変だったらしい」

 大暴れでもしたんですか。

 「いや、暴れはしないけれども、考えたら夜の6時から深夜の2時半まで一度もトイレに立っていなかった。みんなが帰ってからトイレに私が一人で閉じこもってなかなか出て来ないものだから、家族が大騒ぎになったらしい」

 そう言えば、「聖痕」の主人公、貴夫は幼児期に男性生殖器を何者かに切断された男の子。この世にないほどの美少年として描かれ、女性たちの憧れを一身に集めながら、その秘密を隠して成人して、鋭敏な味覚を生かして美食の道に進むという人生が描かれています。なぜ、こうした人物を描こうとしたのですか。

 「もし、リビドー(性衝動の源)がなかったら人間、どうなるか。そこが始まりですね。フロイトらの精神分析学では、すべての行動の源をリビドーのせいにしている。では、それがなかったら、どうかと」

 日本には中国のような宦官かんがんもいなかったですからね。

 「カストラートもいなかった。『聖痕』ではリビドーがないとどうなるかと理論化していくと、話がだんだん面白くなくなっちゃう。つまり主人公はいい子になっていくし、まわりも悪いやつが減って、いい人が増えていく。副主人公に悪いやつを出してみたけど、興味の対象が減っていくから小説としては面白くないという人もいました。私の作品の読者からは、もっとドタバタをという声もありました」

 筒井作品は数多く映像作品化されていますが、この小説は美男子、美女がたくさん出てくるので、簡単ではなさそうですね。

 「できないでしょうね。主人公の貴夫役は子ども、少年期、成人後と役者を3〜4人は代えないといけないし、めったにいないきれいな女性というのがたくさん出てくるので、そろえるのは大変でしょう。こりゃ無理ですよ。アニメなら何とかなるかもしれないね。でもアニメにしたら面白くないね」

 さて、お酒の話に戻りますが、どんな酒をお飲みになりますか。

「こりゃ、いろいろとね。まず、20代の会社員時代はハイボールでしたね。トリスの"トリハイ"というやつ。ジョニ黒なんて最高級品だった時代ですよ。僕は大学を卒業してから乃村工藝社に4年ほど勤めていた頃、深夜、一緒に作業をしていた大工さんと一緒に、大阪・上本町の居酒屋に行ってはよく電気ブランを飲んでいました。あまり飲ますと危ないんですよ。年末で、メリー・クリスマスの飾りつけから謹賀新年の松飾りに変えるとき、大工さんは高いところの作業ですからね」

 それからは?

 「作家になってからは、ウイスキーをずっと飲んでいました。でもある時からは、バーボンがおいしいと思うようになりました。レイモンド・チャンドラーの影響があったかもしれませんね。フィリップ・マーロウが飲んでいましたから。それにもう一段下のライも。アルコール度が35度から45度の強い酒です。ちょうど出回り始めた頃でした。今も置いてくれる店には私のボトルを置いています。だいたいソーダ割りか、水割りで飲んでいます」

 先ほどうかがったフランス料理好きということから、ワインはお飲みになりますか。とくにフレンチといえば、赤ワインでしょ。

 「赤ワイン、僕は苦手ですけど、カミさんは好き。いただいたら妻は大喜びします。僕は白ワインはいけるし、シャンパンもいい。それに焼酎はよく飲みますね。めったに飲めませんけど、森伊蔵。いいですね。ロックですと2杯。以前、菅原文太から芋焼酎なら間違いないと教えてもらってからです。焼酎の後はのどが渇くから途中でビール。だいたいエビスを飲みます、おいしいですわ。酒好きですけど、一晩に何種類もの酒を飲むということはあまりないですね」

 私は赤ワイン好きで、12年秋に仏ボルドー近くのサンテミリオンに1週間取材で行った際、5日間で20ものシャトーを一軒一軒回って、すべてそこの赤ワインを飲み続けていたら、鼻血が出てしまいました。まるで鼻から赤ワインが流れ出てきたようでした。

 「僕は酒を飲んで鼻血が出たことはないなあ。でも一度だけ、クリスマスプレゼントに山下洋輔が七面鳥を送ってきてくれて、皮だけをうまいうまいといっぱい食べた、その翌日に鼻血が出たことがある」

 失礼ながら、お年(79歳)を考えると、酒も少し控えようかという気持ちになりませんか。

 「さあ、今夜も飲んでやろう!という気持ちと、少し抑えようかなという気持ち、両方ありますね」

  • JT
  • 日本推理作家協会